第22話 初めての友達



(一人称視点)



「やってしまったなぁ……」



 戦いが終わって、思わずため息をついてしまった。

 辺りには貴族の取り巻きたちが倒れ伏している。まさに死屍累々といった様相だ。いや死人は出ていないが。



「売られた喧嘩とはいえ、編入初日に少し騒ぎすぎたかもしれん。これでは先生方に顔が立たんな」


「多分先生達も、ティグルの事は信じてくれるよ。この貴族さん達、普段から平民さんに悪いことしてたからね」



 少し憂鬱になっていた俺を、リリがフォローしてくれた。

 あれほどの攻撃を全て捌き斬ったというのに、息一つ上がっていない。やはり彼女、学園内でも相当強いのではないだろうか。



「……ねぇ、ティグル」



 そしてリリは、どこか伺うような表情で問いかけてきた。



「どうしてティグルは、剣士になろうと思ったの?」


「む……?」


「さっきの剣術、すごかった。でも普通の修行じゃきっと、あんな場所・・・・・には辿りつかない」



 ……そうか。リリも俺の剣術を見て違和感に気づいたのか。

 ガリウス先生もそうだが、俺くらいの年齢の子供が、ここまでの実力を有しているのはやはり異常らしい。

 隠すつもりは元々なかったし、これからもないが。

 そしてそれは、俺の原点についても同じ。



「最強の剣士になるためだ」


「さいきょう……」


「この世で一番強い剣士。あらゆる剣豪よりも、【円卓の騎士】よりも強い、文字通り最強の座だ。俺はそこに、名前を刻みたい」


「……ティグルはもう十分強いのに、それでもまだ上に手を伸ばすの?」


「無論だ。俺より強い剣士はいるからな。それに、リリだって同じだろう?」



 リリが翡翠の目を見開く。

 その瞳に俺と同じ、ギラギラとした輝きが宿っているのを知っている。



「リリの剣の道は、憧れから始まったんだろう? ならその憧れの場所に辿り着くまでは、どんなに強くなっても足を止めない。違うか?」



「……うん。そうだね。そうだよね!」



 機嫌を良くしたのか、リリはくるりとその場で回転した。

 羽ばたく妖精の翅から、きらきらと輝く鱗粉が舞い散る。



「決めたよティグル。リリも最強の剣士を目指す!」


「――――」


「今のリリはティグルの剣に憧れたの。それに追いつくことが、新しいリリの目標。だからリリもティグルと同じ夢を追いかけたいの!」



 そう宣言したリリの瞳には、純粋な本気の意思が宿っていた。

 ただの子供の真似事だと笑い飛ばしはしない。彼女がこれまで夢を実現させるために、研鑽を積んできたのは俺にもわかる。

 俺の動機だって、普通の人が聞けば理解不能だろう。他の誰に理解されずとも、己がそれを見失わければそれでいいのだ。




「そうか……わかった。なら俺とリリは、いずれ最強を競い合うライバルということになるな」


「うん! いつか絶対ティグルに勝つよ!」


「――ああ。楽しみにしている」



 俺の剣を見て、誰かが背中を追いかけてくれる。

 そう考えると、初めて俺は自分の剣が誇らしいと思えた。

 ……あの青年が言っていた、“競い高め合う剣”。ようやくその一歩目に辿り着いた気がするよ。






「……あー、ところで、一つリリに確認しておくことがあってな」


「?」



「さっきの戦いで俺、リリを友達だと言っただろう?

その場の勢いで、つい宣言してしまったが……今思えば、リリの返事を貰っていないことに気づいてな」


「へ?」



 勝手に言い出した身分で申し訳ないが、これだけははっきりさせておかなければならない。

 俺の一方的な思い込みを抱いたまま今後リリと過ごす、なんてのは互いに困るだろうからな。



「俺も詳しくはないが、友達とは互いに認め合って初めて成立するものなのだろう?

さっきは返事が貰えなかったからな、俺が一方的な思い込みだと問題だろうから、確認しておきたかったんだ」



 リリの方を見ると、なぜかきょとんとした表情だった。

 かと思えば、くすくすと堪えきれないように笑い出した。一体どうしたのか。



「ティグルって実は変な人だよね」


「え、今の何かまずかったか? すまない、訂正するからどこがダメだったか教えて欲しい」


「ううん、何もダメじゃないよ。リリも同じ気持ちだもん」



 夕暮れの校舎を背景に、リリがこちらに手を差し出す。




「リリとティグルはもう友達だよ! 初めての友達で、初めてのライバル!」



 夕日に負けないくらい明るい笑顔を浮かべるリリに、俺の返事は決まりきっていた。

 そうして俺に、人生初めての友達ができた。





 ――これは後日談になるが。


 俺たちを襲撃した貴族達には、学園から厳しい処罰が下されたらしい。

 最低でも休学、主犯格には退学処分が下されたのだとか。いかに大きな影響力を持つフィレムの派閥といえど、取り巻きにそれほど大した力はなかったということだ。

 切り捨てられた、と言い換えることもできるが。


 一方俺とリリには、特に処罰などは下されなかった。

 幸いなことに一連の事件の目撃者がいて、俺たちの無実を証明してくれたのだ。

 正直壊してしまった校舎の修繕費を要求されるのではないかと、内心気が気でなかった。庇ってくれた生徒には感謝しなければ。



 こうして編入当日の襲撃事件はひとまず幕を閉じたわけだが、一つ気になることが残っている。

 フィレム・ユーウェイン本人の動向についてだ。


 彼女は襲撃時その場にいなかったことから、“明確な証拠なし”として処分は下されなかった。

 取り巻き達はフィレムの指示で俺たちを襲った、と言っていたが、それを証明する証拠が何もなかったらしい。


 正直俺も、彼らの言い分には疑念をいだいている。

 フィレムほどの傑物けつぶつが差し向ける刺客としては、対応も実力もあまりにも杜撰ずさんだったからだ。

 恐らく彼女が本気で敵を潰すとしたら、こんな中途半端な対応はしない。そんな確信を持てるほど彼女の威圧感は圧倒的だった。


 いずれにせよフィレムとは、落ち着いて・・・・・向き合う必要があるだろう。

 そう、近いうちに。





(三人称視点)



 アヴァロン王立騎士養成学校は広い。

 そしてティグルが迷子になるくらいには、校舎も広い。そしてその中には貴族達が放課後に集まって交流を行う、サロンルームと呼ばれる場所が存在する。

 その内の一室にて。



「言い分があるのなら聞こう」



 サロンの主であるフィレム・ユーウェインは、目の前で跪く貴族達にそう告げた。

 彼らの正体は言わずもがな、ティグルとリリを襲撃した取り巻き達である。



「わ、私たちはフィレム様のお役に立つために……」

「そうです! 全てはフィレム様の為なのです!」

「決して叛意はんいを抱いた訳では――」


わめくな」



 フィレムのその一言で、好き勝手に騒いでいた貴族達は静まり返った。

 教室に漂う重い静寂。貴族達の顔は蒼白であった。




「私の為、と言ったが。前提として、私はあの二人を襲え・・・・・・・・・と命じた覚えはない・・・・・・・・・


「――ッ」


「つまり今回の事件は、貴様等が勝手に騒いで、勝手に返り討ちにあったというだけの話だ。

違うか?」


「い、いえ……その通りです……」



 リーダー格の男が滝のような汗を流しながら答える。

 ティグルの疑念は的中していた。

 フィレム本人は、襲撃命令など彼らに出していない。

 調子に乗った平民を懲らしめるために、彼らが勝手に行動を起こした。それが襲撃事件の真相だった。



「フィレム様。彼らも生意気な編入生に思うところがあったのでしょう。

私めの方でフィレム様に被害が及ばぬよう、手回し・・・はしておきましたので、あまり責める必要はないかと……」



 そしておずおずといった様子で告げたその教師・・は、かつてティグルに難癖をつけた教師、ベクターであった。

 彼は教師でありながら、フィレムのしもべとしてこうして暗躍している。

 派閥でなければ入室できないサロンルームに彼がいるのも、派閥の一人として事件の火消しに尽力したからだ。



「……フン。まあいい」



 ベクターの進言を聞いて、頬杖をついたフィレムがつまらなさそうに呟く。

 失態をゆるされたと思ったのか、取り巻き達に弛緩しかんした雰囲気が流れる。



「では――」


「勘違いするなよ? 私が“いい”と言ったのは、貴様等が奴らに敗北した事実についてだ」



 その緩んだ空気が、彼女の冷たい声で一変する。



「貴様等が奴らに敗北するのは自明じめい、それをわざわざ掘り返すほど私は暇ではない。

――私が問題視しているのは、貴様等が“私の名前を勝手に使った”という点だ」


「そ、れは……」


「既に裏付けは取れている。私が襲撃を仕向けたと、あの二人に言ったそうだな。

私の名前を、ユーウェインの名を勝手に使い、挙句無様に敗北し権威をおとしめた。

わかるか? 貴様等は我がユーウェイン家の名に泥を塗ったのだ」



 公爵家、それも【円卓の騎士】を輩出した、王国で有数の力を持つ貴族。

 その名を無断で使用した罪は、フィレムにとって到底看過できるものではなかった。



「わ、我々はフィレム様の威光を愚かな平民に知らしめようと……!」


「愚かなのは貴様等のほうだ。まさかあの平民より愚かな人間が身内に潜んでいたとはな。獅子身中しししんちゅうの虫とはまさにこのことか」


「……ッ! どうかお赦しください!! ユーウェイン家の威光がなければ、我ら弱小貴族の立場は――」


「即刻この学園を去れ。二度と私の前に現れるな」



 無慈悲なフィレムの裁決。

 力を持たない弱小貴族がユーウェイン家という傘を失えば、その将来は絶望的なものとなる。

 問題を起こして派閥を追い出された者など、他の誰も引き取ってくれはしないのだから。



「――――」


「……聞こえなかったのか? 去れと言っている。それ以上不快な顔を私に見せつけるな」


「……ふざけるなよ、フィレム・ユーウェイン」



 だが。フィレムの予想を超えて、想像以上に彼らは愚かであった。

 元リーダー格の男が、歪んだ憎悪の表情でフィレムを睨みつける



「ずっとテメェの事は気に食わなかったんだ。たまたま良い家に生まれたからってふんぞり返ってる生意気な女はなァ!」


「――ほう」


「お前らもそう思わないか!? この女にこれ以上好き勝手されたら俺たちの未来はないんだぞ!? このままでいいのか!?」



 あろうことか、男は周りの貴族達を煽ってフィレムへの反乱を起こそうとしていた。

 どよめく他の取り巻き達。青ざめるベクター。


 ……そしてフィレムは、かすかに口元を緩めていた。



「一応聞いておくが、仮に私を武力で抑えつけたとして、その後どうするんだ?」


「知るかよ! まずはテメェの生意気な顔を叩き潰す!」


「……聞いた私が愚かだったか。だがいいだろう。ハンデ・・・をやる」


「は?」



 理解不能という表情を浮かべる男に、フィレムは豪奢ごうしゃな椅子に深く腰掛けた。


私はこの椅子・・・・・・から動かない・・・・・・。それでも私に歯向かうというならば構わん。全力でかかってくるがいい」


「動かない……? ふざけてんのか!?」


「私はいたって真面目だ。それくらいのハンデがなければ貴様等との勝負は成立しないだろうからな」



 だが、とフィレムは言葉を付け足す。



「最後の忠告だ。国を守護する公爵家、その私に剣を向けるということは、国家に仇なす害虫とみなす。

獅子が兎を狩るのに全力を出すように、私も害虫駆除には手を抜かない主義だ。

――言っている意味はわかるな?」



 それは事実上の死刑宣告。

 フィレム・ユーウェインは敵に容赦しない。それは同じ派閥であった彼らもよく知っている事実だ。



「〜〜ッ! お前ら! 奴を取り囲め! いくら奴でも座ったままで、包囲攻撃を受ければ勝てるわけがない! あんなのはただの強がりだっ!」



 何もしなければ待つのは破滅。

 ならばと、リーダー格の男は、一縷いちるの望みに賭けた。


 何人かの貴族達が、フィレムを取り囲む。

 ティグルとの戦いを再現するかのように、一斉に魔術や武器での攻撃を用意して――



「くたばれ!! フィレム・ユーウェ――」



「――つまらんな」



 一閃。

 紅蓮の炎が、室内に吹き荒れる。



「害虫駆除に面白みを見つけようとした私が間違いだったか。どうにも歯応えがなさすぎて、斬った実感すら湧いてこない」



 フィレムが放った一撃は、迫る攻撃と反逆者達を全て斬った。

 魔術により生みだされた炎が、彼女の剣をまるでジェットエンジンのように爆発的に加速させたのだ。

 音速に達したその剣と炎は、しかし教室や他の貴族を一切傷付けることなく、反逆者のみを正確に焼き払っていた。


 後に残されたのは全身を焼かれ、大火傷を負い昏倒した反逆者達のみ。

 焦げた後すら残さず、高速ピンポイントで斬り伏せる。

 圧倒的な技量と実力がなせる芸当であった。



「ベクター。こいつらを反逆者として突き出しておけ。公爵家に剣を向ける馬鹿などこの国に必要ない。退学処分もな」


「は……はいっ、直ちに!」



 愚かな反逆者達は学園から摘み出され、その人生を棒に振ることになるだろう。

 そしてフィレムは剣を納め、興味を無くしたように視線を逸らす。



「ティグル・アーネスト。そしてリリ。やはりあの二人は、私が直接対処する必要があるな」

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