第19話 vs貴族の集団


 ガリウス先生曰く、人類が魔術を手にしたのはたった百年ほど前だという。

 とある魔女がアヴァロンの王族に魔術の秘技を授け、当時の王はそれを広めた。


 しかし人間が魔術を行使するには、“魔女の血”を体内に取り込む必要があった。

 人類は魔術を手に入れるために、“魔女狩り”を行った。

 古来より隠れ潜む魔女を暴き出し、儀式と共にその血をあおる事で魔の力に目覚めたのだ。

 そしてその力は子孫にも受け継がれる。一度魔女の血を取り込めば、その血族は代々に渡り魔術を行使することができるのだ。


 問題なのは、その魔女の血が特権階級に独占されたことだ。

 王族と貴族が魔女の血をこぞって欲し、それ以外の民はほとんど・・・・手にすることができなかった。


 それでも魔術の研究が進んだ現代では魔女の血を継がない者でも、魔力を注げば特定の魔術を発動できる道具が生み出された。

 魔道具と呼ばれるそれは市井しい普及ふきゅうし始めてはいるが、それでも魔道具の補助なしに魔術を発動できる貴族階級とは、自由度や応用性は比べ物にならない。

 魔術は人類に繁栄をもたらしたが、貴族と平民の格差をよりいっそう広げてしまったのだ。





「「「――ファイアーボール!!」」」



 貴族の代名詞となってしまった魔術。

 それが今、俺の前に巨大な火球群となって降り掛かろうとしている。

 後方に控えていた魔術師が、予め用意していた魔術で俺の初手を潰しにかかったのだ。


 なるほど確かに、魔術の力は素晴らしい。

 未熟な者でも資格さえあれば、これ程強力な力を引き出せてしまう。

 貴族が増長するのも頷ける。魔術を持たない者が彼らに勝つのは至難の技だろうな。



 ……だが、決して不可能ではない。



「ガリウス先生のものより数段劣るな――」



 【極点】で一点に集中したエネルギーを、剣先へと移動。

 それを振り回すように、くるりと剣で孤を描く。



「【極点:孤月こげつ】」



 極点を用いることで、通常では不可能な超威力にまで引き上げた、範囲攻撃。

 生み出された剣圧が、蝋燭ろうそくの火を吹き消すように火球を消し去った。



「なっ!?」「魔術が一瞬で消えた!」「何をした!?」


「どうした? 俺は魔術も使えない平民だぞ。貴族とはこの程度で臆する軟弱者なのか?」



 えて挑発するようなセリフを吐く。

 どんな攻撃でも撃ってくるといい。俺はその全てを打ち砕き、完全な敗北を与えてみせよう。



「くっ……怯むな、囲め! 人数はこっちが圧倒的に上なんだ!」



 模擬戦の時と同じように、俺の四方を囲んで袋叩きにしようとする貴族達。

 だが今回は素直に応じるつもりはない。今度はこちらから一歩踏み出す。



「え」



 まさか来るとは思っていなかったのだろう、呆気に取られた声を漏らす青年。

 それも一瞬、すぐに憤怒の形相に変わると、手に持った斧で俺の頭部をかち割ろうとした。



「舐めるな平民がっ」


「おい頭はまずいって――」



 さすがに殺してしまうと不味まずいと考えたのか、貴族の一人が制止を掛けた。

 だが間に合わない。鋼鉄の斧はそのまま俺の脳天に吸い込まれ――


 そこで、止まった。



「――は?」


「温いな。殺す気で振るってその程度なのか?」



 振り下ろされた斧、俺の頭蓋骨どころか、薄皮一枚さえ切り裂けていない。

 極点による副次効果。“集中箇所の一時的超硬質化”。

 一点に集めたエネルギーを防御に転用すれば、その箇所は鋼鉄よりも硬くなる。


 止まったままの斧を片手で掴み、そのまま刃を握り潰す。

 金属の耳障りな音と共に、目の前の男が驚愕の表情を浮かべた。

 そして斧を握りつぶしたその手を握り締め、



「殴るぞ」



 その間抜け面に拳を叩き込んだ。



「ぼがきゅ」

「うおっ」「ガッ!?」



 殴られた男は、周りの貴族を巻き込んで十メートルは吹っ飛んだ。

 加減はしたので死にはしないだろう。歯は全部折れたかもしれんが。



「さて」



 まだ貴族達は二十人近く残っている。

 しかし彼らのさっきまでの威勢は、明らかに失われていた。

 呆然とする者。混乱する者。怯える者。

 俺は構わず、剣を突きつける。



「言っておくが誰も逃がさんぞ。殺しはしないから、全員安心してくたばってくれ」



「この、クソ平民風情があぁぁぁ!!!」



 貴族達はそれでも、戦意を完全には失わなかった。

 今度こそ集団で、人数差を活かした戦法で俺を圧殺しようと押し寄せてくる。

 そこには命への配慮などもう残っていない。



「その意気や良し」



 だが俺は前世において、同じ戦法を数えきれないほど経験した。

 一人で万の大群を相手にしたこともあるし、当然その対処方法も熟知している。彼らの即興の連携など、俺の前には通用しない。



「フッ」



 まず一歩。

 足並みのズレていた槍使いを引っ張り、即席の障害物とする。

 たたらを踏んだ大剣使いを、剣で武器ごと粉砕する。

 背後から忍び寄った短剣使いの攻撃を受ける。武器と一緒にそいつの腕が砕け、俺の身体に傷はなかった。



「【剛閃】ッ!!」



 俺と同じ直剣使いの、“溜め”を終えた一撃が炸裂する。

 他の味方を囮にしたのか。少しは頭が回るようだ。



「【剛閃】」



 だから俺は、敢えて同じ一撃を真似して撃った。

 完全な敗北を与えるために。実力差を理解させるために。



「は……?」



 剣に限らず、武術において“溜め”は必須だ。

 重心や魔力、筋力の集中。武術の性能を引き出すためには、どうしたって時間が必要になる。

 故に、後から準備した俺の溜め技が、先に放たれた溜め技に追いつくはずがない。

 彼らはそう、考えたのだろう。


 だが結果は、俺の方が早かった。



「グアァッ」



 当然だ。“溜め”に要する時間など、鍛錬と技術でいくらでも縮められる。

 ましてやその技は俺の最も得意とするもの。

 “常に溜めをおこなっておくことで、溜め技の発動時間を限りなくゼロにする”。

 それが【極点】の真髄しんずいなのだから。



「次」



 “溜め”に使用した極点を、するりと足に回す。

 時間差なし、予備動作なしで溜めを終えた蹴りが、迫る貴族の鳩尾を捉えた。

 砲弾と化した彼は、周りを巻き込んで派手に吹っ飛んでいく。

 もう残りの数は、半分ほどにまで減っていた。



「どうした、まだ半分残ってるだろう。お得意の魔術で何とかして見せたらどうだ」



 一方俺は貴族の取り巻きのうち、魔術師を殆ど倒せていないことに気づいていた。

 奴らは前衛を盾にして、被害を受けにくい後方に下がっている。

 戦術としては正しいだろう。射程距離という魔術のアドバンテージを、わざわざ無駄にする理由がない。

 ただもう少し、その頭の回転を他の部分に活かして欲しかったのだが。



「いい気になるなよティグル・アーネスト……! これならどうだ!?」



 そして後ろで詠唱を終えた魔術師達が、第二射を放った。

 さっきよりも威力が上がっている。俺は即座に迎撃の構えを取った。


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