第19話 vs貴族の集団
ガリウス先生曰く、人類が魔術を手にしたのはたった百年ほど前だという。
とある魔女がアヴァロンの王族に魔術の秘技を授け、当時の王はそれを広めた。
しかし人間が魔術を行使するには、“魔女の血”を体内に取り込む必要があった。
人類は魔術を手に入れるために、“魔女狩り”を行った。
古来より隠れ潜む魔女を暴き出し、儀式と共にその血を
そしてその力は子孫にも受け継がれる。一度魔女の血を取り込めば、その血族は代々に渡り魔術を行使することができるのだ。
問題なのは、その魔女の血が特権階級に独占されたことだ。
王族と貴族が魔女の血をこぞって欲し、それ以外の民は
それでも魔術の研究が進んだ現代では魔女の血を継がない者でも、魔力を注げば特定の魔術を発動できる道具が生み出された。
魔道具と呼ばれるそれは
魔術は人類に繁栄をもたらしたが、貴族と平民の格差をよりいっそう広げてしまったのだ。
◆
「「「――ファイアーボール!!」」」
貴族の代名詞となってしまった魔術。
それが今、俺の前に巨大な火球群となって降り掛かろうとしている。
後方に控えていた魔術師が、予め用意していた魔術で俺の初手を潰しにかかったのだ。
なるほど確かに、魔術の力は素晴らしい。
未熟な者でも資格さえあれば、これ程強力な力を引き出せてしまう。
貴族が増長するのも頷ける。魔術を持たない者が彼らに勝つのは至難の技だろうな。
……だが、決して不可能ではない。
「ガリウス先生のものより数段劣るな――」
【極点】で一点に集中したエネルギーを、剣先へと移動。
それを振り回すように、くるりと剣で孤を描く。
「【極点:
極点を用いることで、通常では不可能な超威力にまで引き上げた、範囲攻撃。
生み出された剣圧が、
「なっ!?」「魔術が一瞬で消えた!」「何をした!?」
「どうした? 俺は魔術も使えない平民だぞ。貴族とはこの程度で臆する軟弱者なのか?」
どんな攻撃でも撃ってくるといい。俺はその全てを打ち砕き、完全な敗北を与えてみせよう。
「くっ……怯むな、囲め! 人数はこっちが圧倒的に上なんだ!」
模擬戦の時と同じように、俺の四方を囲んで袋叩きにしようとする貴族達。
だが今回は素直に応じるつもりはない。今度はこちらから一歩踏み出す。
「え」
まさか来るとは思っていなかったのだろう、呆気に取られた声を漏らす青年。
それも一瞬、すぐに憤怒の形相に変わると、手に持った斧で俺の頭部をかち割ろうとした。
「舐めるな平民がっ」
「おい頭はまずいって――」
さすがに殺してしまうと
だが間に合わない。鋼鉄の斧はそのまま俺の脳天に吸い込まれ――
そこで、止まった。
「――は?」
「温いな。殺す気で振るってその程度なのか?」
振り下ろされた斧、俺の頭蓋骨どころか、薄皮一枚さえ切り裂けていない。
極点による副次効果。“集中箇所の一時的超硬質化”。
一点に集めたエネルギーを防御に転用すれば、その箇所は鋼鉄よりも硬くなる。
止まったままの斧を片手で掴み、そのまま刃を握り潰す。
金属の耳障りな音と共に、目の前の男が驚愕の表情を浮かべた。
そして斧を握りつぶしたその手を握り締め、
「殴るぞ」
その間抜け面に拳を叩き込んだ。
「ぼがきゅ」
「うおっ」「ガッ!?」
殴られた男は、周りの貴族を巻き込んで十メートルは吹っ飛んだ。
加減はしたので死にはしないだろう。歯は全部折れたかもしれんが。
「さて」
まだ貴族達は二十人近く残っている。
しかし彼らのさっきまでの威勢は、明らかに失われていた。
呆然とする者。混乱する者。怯える者。
俺は構わず、剣を突きつける。
「言っておくが誰も逃がさんぞ。殺しはしないから、全員安心してくたばってくれ」
「この、クソ平民風情があぁぁぁ!!!」
貴族達はそれでも、戦意を完全には失わなかった。
今度こそ集団で、人数差を活かした戦法で俺を圧殺しようと押し寄せてくる。
そこには命への配慮などもう残っていない。
「その意気や良し」
だが俺は前世において、同じ戦法を数えきれないほど経験した。
一人で万の大群を相手にしたこともあるし、当然その対処方法も熟知している。彼らの即興の連携など、俺の前には通用しない。
「フッ」
まず一歩。
足並みのズレていた槍使いを引っ張り、即席の障害物とする。
たたらを踏んだ大剣使いを、剣で武器ごと粉砕する。
背後から忍び寄った短剣使いの攻撃を受ける。武器と一緒にそいつの腕が砕け、俺の身体に傷はなかった。
「【剛閃】ッ!!」
俺と同じ直剣使いの、“溜め”を終えた一撃が炸裂する。
他の味方を囮にしたのか。少しは頭が回るようだ。
「【剛閃】」
だから俺は、敢えて同じ一撃を真似して撃った。
完全な敗北を与えるために。実力差を理解させるために。
「は……?」
剣に限らず、武術において“溜め”は必須だ。
重心や魔力、筋力の集中。武術の性能を引き出すためには、どうしたって時間が必要になる。
故に、後から準備した俺の溜め技が、先に放たれた溜め技に追いつくはずがない。
彼らはそう、考えたのだろう。
だが結果は、俺の方が早かった。
「グアァッ」
当然だ。“溜め”に要する時間など、鍛錬と技術でいくらでも縮められる。
ましてやその技は俺の最も得意とするもの。
“常に溜めをおこなっておくことで、溜め技の発動時間を限りなくゼロにする”。
それが【極点】の
「次」
“溜め”に使用した極点を、するりと足に回す。
時間差なし、予備動作なしで溜めを終えた蹴りが、迫る貴族の鳩尾を捉えた。
砲弾と化した彼は、周りを巻き込んで派手に吹っ飛んでいく。
もう残りの数は、半分ほどにまで減っていた。
「どうした、まだ半分残ってるだろう。お得意の魔術で何とかして見せたらどうだ」
一方俺は貴族の取り巻きのうち、魔術師を殆ど倒せていないことに気づいていた。
奴らは前衛を盾にして、被害を受けにくい後方に下がっている。
戦術としては正しいだろう。射程距離という魔術のアドバンテージを、わざわざ無駄にする理由がない。
ただもう少し、その頭の回転を他の部分に活かして欲しかったのだが。
「いい気になるなよティグル・アーネスト……! これならどうだ!?」
そして後ろで詠唱を終えた魔術師達が、第二射を放った。
さっきよりも威力が上がっている。俺は即座に迎撃の構えを取った。
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