第20話 星を追いかけて



(三人称視点)



「友達だからだ」



 ――ティグルのその言葉を聞いて、リリは目を見開いた。


 リリには友達がいない。

 家族もいない。天涯孤独の身であり、学園でもその格差社会に馴染むことができなかった。

 だからティグルがリリを友達だと認めた時、彼女はとても嬉しかったのだ。



「“友達は大事にするもの”。それくらいは俺でも知っている。だから友達を侮辱した貴様らには、俺が敗北を味合わせよう」



 だというのに。

 友達であるティグルが、一人で貴族達と戦おうとしているというのに。


 リリは何もできず、震えてうずくまるのみであった。



(リリは……一体何をしてるんだろう……)






 ――リリという妖精は、気づけば一面のゴミ山に生まれていた。


 まるで世界中からあらゆる不要物を集めたような、地平線まで続くゴミの山。

 リリ以外に生物の気配はなく、ひとりぼっちの閉ざされた世界。

 ゴミの山だけが、どこからともなく増え続けていた。


 どうしてそこで生まれたのか、いつからいたのかは彼女自身にもわからない。わかるのは自分の名前だけ。

 何も知らず何の夢も持たない彼女は、しかしそれなりに幸せではあった。

 毎日無邪気にゴミの山を漁って宝探しをしたり、星を眺めたりして楽しく暮らしていたのだ。



 ある時、リリは絵本を見つけた。

 妖精は生まれた時点で、一定に成長した肉体と知識を持つ。

 故に絵本に書かれている文字も、リリには容易く読み解けた。


 絵本の内容はよくある御伽話おとぎばなしだった。

 ある青年が剣士を志し、仲間を集めて共に競い合っていく。

 やがて剣の頂に立った青年は、仲間達と共に国を作り上げた。めでたしめでたし。



「なにこれ、すごくおもしろい!」



 リリはこの絵本をいたく気に入った。

 時折本や新聞といったの情報が、ゴミ山に埋もれていることはこれまでもあった。だがそれらを読んでも、彼女がほとんど興味を示さなかった。

 この絵本だけが特別だった。子供向けに作られたであろうそれは、彼女の子供心を見事に撃ち抜いたのだ。


 その絵本はすぐに、リリの一番の宝物になった。

 夢中になって何度も読み返し、気づけば一日が経っていた事もあった。

 絵本が擦り切れる頃には、一字一句違わず彼女は完全に覚えてしまっていた。


 やがて読むだけでは飽き足らなくなり、物語の続きや合間を夢想するようになった。

 それでも満足できなくなって、今度は絵本の真似ごとをし始めた。



「リリも剣士になるぞー! ていっ、とう!」



 ゴミ山からまだ使える剣を見つけ出して、毎日毎日剣を振るった。

 すぐに腕が痛くなったが、リリはだんだんコツ・・を掴んできた。

 痛くならない振り方を覚えて、やがて一日中剣を振り回せるようになった。



 そしてとうとう、リリは真似事だけでは物足りなくなってしまって。



「リリも絵本の騎士さんみたいに、誰かと戦ってみたいな!」



 誰かに自分の剣を見てもらいたい。自分の力を試してみたいと考え始めた。

 リリという妖精に、承認欲求が芽生えた瞬間だった。



「でもこのゴミ山には、リリ以外誰もいないから……外に出ちゃうしかないよね!」



 そしてリリは初めて、生まれ故郷の外に出た。

 初めてのお出かけ。初めての冒険。

 ゴミ山に埋もれていた魔道具で聞いた、何かの曲を口ずさみながら、ご機嫌にスキップしてみせるリリ。


 そんな彼女の前に、一体の魔物が現れた。



「すごい。本物の魔物さんだ……」



 かつて絵本でも見た展開。絵本の主人公は剣で魔物をやっつけた。

 ならば同じように真似しよう、リリは挑みかかって。

 あっさり返り討ちにあった。



 当然の結末だった。

 リリの剣はお世辞にも剣術とは到底呼べないもの。ただ剣を適当に振り回していただけだ。

 何の教えもなく剣で勝てるほど、魔物は甘い相手ではない。



「だ、誰か……助けて」



 初めて直面した厳しい現実にボロボロに打ちのめされたリリは、死の恐怖に震えた。

 恐怖で身体が動かない。成す術もなく命を散らすその直前で――



「――【騎桜きおう】」



 突如横から割り込んだ、女性の剣が魔物を討った。

 身体を真っ二つに切り裂かれ、倒れ伏す魔物。



「――――。す、ごい……」



 リリにとってそれは、あまりに鮮烈な光景だった。

 初めて見た本物・・の剣術。

 綺麗で、鋭くて、かっこよくて。

 これまで絵本の中にしかなかった“本物”が、突然彼女の前に現れたのだ。

 毎日眺めていた夜空の星が、手の届くところに落ちてきた。



「……間に合った。大丈夫でしたか?」



 彼女はたまたま近くを通りかかった、アヴァロン王国の騎士であった。

 絵本の存在。本物の剣術。本物の騎士。

 リリが到底我慢できるはずもなく。



「どうすれば今みたいにできるの!?」



 と、初対面の女性騎士に剣術の教えをうた。

 さっきまでの恐怖は、嘘のように消え失せていた。

 最初は困った顔をしていた女性だが、リリの熱意と気迫に折れて。

 一日だけ、という条件で、剣術の基礎を教えた。



「才能はありますね。もっと剣を学びたいのなら、学園に通うといいでしょう」



 あっという間に時が訪れ、そう言い残して彼女は去った。

 そしてリリは、人間の学園に通うことを決意した。


 故郷に戻り、ゴミの山から本を探して。

 難しい本を必死に読んで、人間の世界を学習して。

 入学資金を集めるために、冒険者の真似事をして魔物を狩って。

 剣の鍛錬も欠かさずに、毎日懸命に取り組んで。

 王都レガリアに訪れて、入学試験を無事突破して。



 ――そして、深い水底行き止まりにたどり着いた。





(リリ視点)



“うごけ。うごけ。うごけ。うごけ”



 ――ティグルはリリのことを、友達だって言ってくれた。

 種族も違う、剣も握れないリリのことを、それでも友達だって言ってくれた。

 すごく嬉しかった。でもそれ以上に、悔しい。


 なんでリリは、あそこにいないんだろう。

 どうしてティグルと一緒に、肩を並べて戦えないんだろう。



“うごけ。うごけ。うごけ。うごけ”




 手足を動かそうとする。剣を握ろうとする。

 でも動けない。何かがリリの中に絡みついたように、手足が震えて力が入らない。

 抗おうとするとあの敗北の光景が、リリの身体が壊されていくところを思い出してしまう。



“うごけ。うごけ。うごけ。うごけ”



 剣士になるんじゃなかったのか。あの流れ星を掴むんじゃなかったのか。

 そう言い聞かせても、身体はいうことを聞いてくれない。

 あの光景がリリの夢を塗りつぶして、目の前が真っ暗になる。

 悔し涙で視界が滲む。星も夢も、何も見えない。



“うごけ。うごけ……うごいてよ……”



 もう無理だ。もうだめだ。これ以上リリは立っていられない。

 もうリリには、剣士を続ける理由はない。続けられない。


 やっぱり無謀だったんだ。妖精が剣士になるなんて。

 苦しい。恥ずかしい。消えてしまいたい。



“…………”



 何も見えない。何も目指せない。

 追いかけるものなんて、もう何も――




『君はまだ、自分の夢を諦めてはいないんだな』



“……ティグル?”



 それは記憶だった。

 昨日ティグルがリリに言ってくれた言葉だ。

 どうしてこんな時に思い出したんだろう。


 ……ああ、そっか。

 昨日もこうやって落ち込んでいる時に、ティグルがそう言ってくれたからだ。

 だから今もティグルの言葉を思い出してるんだ。



『敗北を真に受け入れる為には、自分を変えるしかないんだ』



 ……でも、わからないんだ。

 リリを縛り付けているこれは、きっと恐怖トラウマだ。

 でもそれが理解できない。目の前の貴族達は、リリの手を斬り落とした人達じゃないのに。

 理屈ではもう、どうしようもないんだ。



『立ち上がる限り、剣の道は終わらない』



 リリが視線を上げたのは、多分無意識だった。

 目の前ではティグルが、貴族達の魔術に焼き尽くされようとしていた。



「「「――ファイアーボール!!」」」



 リリの身体は、動かない。

 大切な友達が燃やされようとしているのに、情けないリリの身体は動かない。

 どうにもならない。どうしようもない。

 いくらティグルが強くても、あんなたくさんの魔術に狙われたら、もう――





「【極点:孤月こげつ】」






 ――その瞬間、リリは確かに見た。

 迫る必殺の攻撃を掻き消すティグルの剣を。

 あの日見た流れ星のように、天上の存在が目の前に落ちてきた瞬間を。





(三人称視点)



「いい気になるなよティグル・アーネスト……! これならどうだ!?」



 追い詰められた貴族達が、魔術の第二射を解き放つ。

 詠唱という“溜め”を作った分、先ほどの第一射より威力は増している。

 無論、ティグルもその攻撃は察知していた。即座に迎撃の構えへ移行し――



(いや、待て。これは――)



 違和感を感じ取った。

 押し寄せる多種多様な魔術攻撃。しかしその一部は、あらぬ方角を向いて放たれていた。

 狙いを違えたのではない、制御された動き。つまり目標はティグルではない・・・・・・・・



(リリを狙っている!? 奴ら、戦えない者も構わず殺す気か!?)



「ようやく気づいたか? てめーが幾ら強くても、そこの足手纏いはどうだろうなぁ!?」



 意地の悪い笑みを浮かべるリーダー格の男。

 ティグルではなくリリを狙うことで、無理やりティグルを後退させる作戦。

 騎士としては最低の作戦だが、今回ばかりは効果的だった。



(クソッ、俺の思考と視野が狭かった。あれほど後悔したというのに!)



 構えを解き、リリの元へ下がるティグル。

 ティグルが策にはまった原因は、紛れもない経験不足である。


 ティグルはこれまで、ずっと一人で戦ってきた。

 前世は当然、今世でも誰かと組んで戦ったことはない。


 故に、誰かを庇う・・・・・という戦い方を経験したことがない。

 孤独を極めた者の戦い方。これまではそれでよかった。だがその染みついた習性と戦い方が、“リリを狙われる”という可能性を、無意識にティグルの思考から遠ざけていたのだ。

 現代魔術と貴族の価値感への理解不足、そして共闘経験の少なさから生まれてしまった、ごくわずかな隙。



(リリへの攻撃は【極点】を使えばギリギリ間に合う。だが――)



 貴族共の次の手が、今のティグルには想像できた。

 リリの元に駆けつけたティグルを、諸共もろとも吹き飛ばす第三射。



(次の攻撃は、間に合わない。今のままではさばききれない)



 極点は一箇所にエネルギーを集中させる技術。

 裏を返せば、それ以外の箇所は普通の肉体だ。


 同時に複数箇所を攻撃できる広範囲攻撃を、極点では捌ききれない。



(やむを得まい。できれば使いたくなかったが――)



 ティグルはこの時、“切り札”の使用を決意した。

 このままではリリ諸共重傷を負う。自分だけならまだしも、リリを巻き込んでしまうことは許容きょようできなかった。



 ティグルの肉体が変質する。

 その寸前で――



「――【星流ほしながし】」



 ティグルは確かに聞いた。

 リリの剣が、羽ばたく瞬間を。


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