第18話 虎の尾を踏む

お久しぶりです。猫額とまりです。

更新を止めてしまい申し訳ありませんでした。前話の展開に自分自身納得できない箇所があり、修正をおこなっていました。

今日から更新を再開します。一章完結までは既にプロットが出来上がっているので、そこまでは更新します。ここで放り投げたら一生このままな気がしますので。


◆◆◆



「……何の用だ」



 リリをかばえる立ち位置に移動する。

 フィレムの取り巻きだった貴族連中。さっきの模擬戦とは違い、どこか剣呑な雰囲気を感じ取ったからだ。


 奴らからの返事はない。

 代わりにリーダー格の男が指を鳴らすと、各々が自分の武器を取り出した。

 模擬戦の練習用の武器ではなく、人を殺せる本物の武器を。



「……ひっ」



 側のリリから、怯えの声が漏れ出る。

 その様を見て機嫌を良くしたのか、リーダー格の男がにたりと口元を歪めた。



「そうそう、その顔だ……本来平民ってのは、俺たち貴族を見たらそういう顔をすべきなんだ」


「理解が追いつかないな」


「だろうな。だから見苦しいんだよティグル・アーネスト。お前らみたいな平民が貴族に刃向かったり、あまつさえ頂点になれるかもしれない、だなんて思い上がる様を見ているのは」



 恍惚の表情から一点、俺に対して憎悪の表情を向ける男。



「それは悪かった。で、今からその武器でどうするつもりなんだ?」


「寝ぼけてんのか? お前らを再起不能にするために決まってるだろ。二度とフィレム様の前に出てこれないようにな」



 どうやら冗談の類ではないらしい。

 彼らの敵意と殺気は本物だ。集団で俺たち二人を痛めつけようとしている。



「さっきは油断したが、今度は魔術も使ってやる。そこの妖精共々たっぷり後悔させてやるよ」


「……俺はいい。だがなぜリリまで狙う?」


「あ? フィレム様の命令だからに決まってるだろ」



 バカにしたような顔と口調で、貴族の男は真相を語ってみせた。



「今日編入したばっかのお前は知らねえだろうが、そこのバカ妖精は今まで、何度もしつこくフィレム様に決闘を申し出てたんだぜ?

まったく身の程知らずにも程がある。フィレム様がお前みたいな羽虫の相手をするわけないのにな」


「っ」



 リリの表情を見る限り、彼らが言った内容は本当のようだった。

 そうか、彼女たちのさっきのやり取り。二人は顔見知りのようだったが、そういう事情だったのか。



「断っても断ってもしつこくまとわりつくもんだから、フィレム様も鬱陶しそうにされていたぜ? けど害虫駆除にフィレム様の手を煩わせる訳にもいかない。だから俺たちがこうして駆除しにきたってワケ」


「リ、リリは……ただ、どっちの方が強いか決めたかっただけで――」


「それ自体が不敬だって言ってんだよ。貴族と平民を比べるなんざ烏滸おこがましいし、ましてや決闘なんざあり得ない!

貴族が上で平民は下! 戦うまでもなく結論は出てんだよ」


「……!」



 その言葉を聞いて俯くリリ。

 調子づいた貴族たちが好き勝手にリリを罵倒する。



「まあそのしつこさだけは認めてやるけどな? なんせ手足をもがれてもまーだ懲りてないんだからよ。さっきフィレム様に話しかけてた時には正直呆れたぜ」

「妖精ってバカだから学習しないんでしょ。つーわけで今日は徹底的にやるから。今度こそ二度と剣が握れねぇようにな」

「もちろんティグル、てめーもだ。お前もそこの羽虫みたく反抗的なのはわかったから、この機会にきっちり上下関係を叩き込んでやるよ」

「これからもこれまでも、学園の頂点はフィレム様のものだ。その邪魔をする奴は学園から叩き出してやる」





 ――。

 ――――。



「リリ、下がっていろ。奴らの相手は俺がする」



 俺は剣を抜いた。

 彼らの言い分は聞いたが、やはりその価値観は理解できない。

 剣術とは、武とはそんなものではない。身分の違い程度・・で戦う機会すら与えられないなど、あっていいはずがない。


 そして彼らは自身の価値観を武力で押し通そうとしている。

 ならばこちらも武で応えるのみ。



「安心してくれ、殺しはしない。骨折くらいはさせてしまうかもしれんが」


「はぁ? 人数差わかってんのか? 前より人数も多いし、本物武器も魔術もある。編入したての平民が勝てる訳ないだろ?」

「やっぱ平民ってバカだわ、この程度の簡単な事実もわからないなんてな」



 今のはお前らに言った訳じゃないんだがな。

 リリの方に視線をやる。顔は青ざめ、その手は震えていた。



「ティ、ティグルだけじゃ危ないよっ! リリも一緒に――」


「リリ。無理はするな。急がなくてもいい」



 声を震えさせながら、それでも健気に剣を取ろうとする彼女を、優しく止める。

 薄々気づいてはいたが、やはり彼女はトラウマを完全に払拭できてはいない。

 模擬戦と違い、本物の武器を向けられるとダメなのだろう。

 恐怖とは理屈ではないのだ。時間が掛かることは承知済みだった。



「これから始まるのは本物の戦いだ。十全に実力を発揮できない今のリリでは、入り込む余地はない。……なに、一人で戦うのには慣れている。リリは下がって見守っていてくれ」


「う、うぅぅっ……!」



 ぽろぽろと、大粒の涙を流してしまうリリ。

 一番辛くて苦しいのは、彼女だろう。

 そんな彼女に対して俺ができるのはこれくらいだ。これくらいしか思いつかない。

嗚呼ああ、剣だけしか能のない我が身が口惜くちおしい。人より多くの生涯を生きて、どうして少女一人救えないのだ、俺は。



「――っぶ、ぶはははっ!!」



 そして。

 苦しむリリと俺の耳に、そんな笑い声が聞こえた。



「見ろよあの羽虫、ビビってやがるぜ!? あれだけフィレム様に啖呵たんかきっておいてこの有様かよ」

「だっせー。へたれ妖精はさっさとお山に帰りな」

「もはや剣士失格だろ。もう学園にいる意味ないからさっさと退学すれば?」




 ……そうか。

 彼らはきっと“敗北”を知らないのだな。

 恵まれた環境、恵まれた地位。

 何ら苦労することなく育ち、歪んだ価値観を違和感も抱かずに呑み込んでしまう。

 だからリリのように敗北から立ちあがろうとしているものを、こうも簡単に侮辱ぶじょくできてしまう。





「貴様らに一つ、言っておくことがある」




 ならば、俺が与えよう。

 彼らの価値観を破壊し、二度とこんな口が聞けないようになる程の、圧倒的な敗北を。



「俺を侮辱するのはいい。実際俺が世間知らずなのは自覚している。至らぬ点があれば叱責してくれる事自体は、感謝の念すら抱いている」


「ハァ?」


 人は敗北してこそ成長する。

 俺自身がそう学習したのだ。彼らが真に俺より優れているのなら、きっと同じように学習するだろう。



「だが……だが。リリを侮辱するのは、断じて許容できない。故にお前らを叩き潰す」



 そして俺が剣を抜いたもう一つの理由は、これだ。

 俺だけを侮辱したのなら、適当に撒いて終わりだったろう。

 だが貴様らは、俺だけでなくリリも侮辱した。

 心底、苛立った。こんな気分は生まれて初めてだった。



「随分肩入れするじゃねーか。思えば授業中もずっとくっついてたな、そんなにその羽虫が気に入ったのか?」


「ティグル……? どうしてそこまで、リリの為に……」





「友達だからだ」




 リリが目を見開く。

 さっきリリが言いかけた言葉を、俺ははっきりと告げる。


 俺は友達の作り方をよく知らない。

 だが友達とは、こういう場面で使う言葉なのだろう?



「“友達は大事にするもの”。それくらいは俺でも知っている。だから友達を侮辱した貴様らには、俺が敗北を味わせよう」


「威勢だけはいいな平民っ! いつまでその友達ゴッコが続くか見物みものだなァ!?」



 貴族共が魔術を発動する。

 そして俺は模擬戦で使わなかった、【極点】を解禁した。

 足元の石床が、ひび割れる。



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