第17話 学園の現状
「――お前達、そこで何をしている!!」
俺とフィレムが互いの武器を抜いた瞬間、
聞き覚えのある声。編入試験で剣を
騒ぎを嗅ぎつけてやってきたのか。
「……」「……」
ガリウス先生が目の前に辿り着いても、俺たちは互いに視線を外さない。
敵を前にして視線を外すなど愚の
「二人とも落ち着け。一体何があったんだ」
実際、戦闘が始まれば彼には止められないだろう。俺と奴は彼より強い。
「……フッ」
だが、先に構えを解いたのはフィレムの方だった。
指先の炎を消し、先程の表情のない顔に戻る。
「大したことはないですよ、ガリウス先生。
ちょっとすれ違いがあっただけですよ……なあ?」
「……」
こちらに目配せを送るフィレム。
一瞬の躊躇。その俺の袖を引っ張ったのは、傍にいたリリだった。
「リリ?」
「ティグル、私は大丈夫だから……」
こちらを見上げる翠緑の瞳を見て、己の憤怒が冷めていくのを感じた。
……彼女を放ったらかしにして、何をしているんだ俺は。
「……すまんリリ。もう大丈夫だ」
張り詰めた空気が霧散していく。
「なんでもありません先生、お騒がせしました」
迷惑をかけてしまったガリウス先生に頭を下げる。
「……校内で騒ぎを起こすな。次に見かけたらそれなりの対処をするぞ」
「はい」
「…………」
無言で身を
「ティグル・アーネスト」
だが去り際に、俺に対して再び忠告を残した。
「お前は強い。それは認めよう。だがこの学園、ひいては人間社会は、剣の強さだけで生きていけるほど単純ではない」
「――――」
「見境なく噛み付く獣は早死にする。そこの妖精みたく痛い目を見る前に、少しは常識というものを学べ」
「覚えておこう」
俺の返事に鼻を鳴らし、今度こそフィレムとその取り巻きは姿を消した。
……去り際に、取り巻き達が睨みつけてきたのが気がかりだったが。
◆
「……編入初日からやってくれたな。時間の問題だとは思っていたが」
フィレムが去ったあと、ガリウス先生がそう話しかけてきた。
どういう意味だろうか? まるで最初から俺が揉め事を起こすことが分かっていたように聞こえたが。
「フィレム・ユーウェインがリリを襲った黒幕ではないかと、疑っているんだな」
「!」「え!」
「お前達の様子を見れば、おおよその事情は察せる。……事実、俺も彼女への疑いを消したわけではないからな」
「……その口ぶり。彼女は容疑者として既に挙がっているんですか」
「ああ。現時点では何の証拠もないが」
声を潜めた先生の様子から、あまり大っぴらには言えない話のようだった。
だがフィレムのあの反応。間違いなく彼女は、リリの襲撃事件に何らかの形で関与している。
「ガリウス先生、彼女は一体何者なんですか」
「……それを話すには、この学園の現状から説明する必要があるな」
付いてこい、とガリウス先生は静かに告げた。
◆
――アヴァロン王国の歴史を語る上で、騎士の存在は決して外せないだろう。
初代国王とその仲間達が“騎士”という存在を生み出し、そしてその頂点である【円卓の騎士】を創り出した。
そこから代々に渡って、国を守る守護者達が円卓の騎士の名を引き継いでいった。
国家の戦争、魔王の侵攻、魔女の
王国を滅さんとする様々な災厄を、歴代の円卓の騎士は防ぎ、乗り越えてきたのだ。
故に、この国では騎士の影響力は大きい。
騎士になること自体が名誉あることであり、円卓の騎士ともなれば公爵家以上の影響力を持つこともある。
……その
しかしそれを悪用し、私服を肥やさんとする貴族が増加してもいるのだ。
武力と誇りを持って国を守るという従来の騎士の在り方は薄れ、公には認められていないが現代では、金を積めば騎士の身分を買えるようになった。
そのための最も代表的な手段が王立騎士養成学校だ。貴族が大半を占める教師陣に金を握らせば、成績などどうにでもなる。そして何の努力もしない貴族の子供が騎士の称号を得る。
今や貴族達はこぞって王立騎士養成学校に子供を送り込み、騎士としての立場を得ている。
そしてこの国で王族の次に力を持つという円卓の騎士、あるいはその派閥に取り入って、莫大な権力と利益を
その結果、騎士としての教育を受ける場であるアヴァロン王立騎士養成学校は、今では貴族達が武ではなく派閥を作り競い合う、どす黒い欲望の渦巻く魔境と化してしまっているのだ――
◆
「――要約するとこんな感じでしょうか、先生」
「ああ、その認識でいい。最も今は昔よりマシになっているがな」
ガリウス先生に連れてこられた『生徒指導室』と書かれた部屋で、俺とリリはこの学園の現状を聞かされていた。
「一昨年、学園長が変わったんだ。お前もあの方には会っただろう?」
「……ルフォス・ガラハッド学園長」
「そうだ。あの方は前代が気づいた腐敗体制を一新すべく、“実力主義”を掲げる学園に回帰させようとしている」
回帰……学園創立当初の、実力至上主義に戻そうということか。
俺としてはそちらの方が
「不正の証拠を掴んだ教師は、
もちろん俺は違うぞ、と先生が冗談を吐く。
「長年続いた悪しき慣習が、そうすぐに変わることはない。長い時間を掛けて環境を変えていくつもりなんだろう。……だが、問題が一つあってな」
いよいよ本題に入るのだろう。先生が水を一口含んだ。
「さっき、派閥の話はしたな? この学園では貴族達が派閥を作っているが、その中で現状、最も勢いがあるのが彼女……ユーウェイン公爵の率いる派閥だ」
「公爵の娘だったのか」
「フィレムはその一人娘にして次期当主だ。ユーウェイン家は代々王国に仕えてきた伝統ある名家。過去に何人もの円卓の騎士を
……なるほど。
この国で円卓の騎士というのは、時には公爵以上の影響力を持つと聞いた。
それを何人も輩出してきたとなれば、相当な力を持つのだろう。
「現当主も
「……彼女は学園における貴族の象徴、という訳ですか」
「そうだな。そしてユーウェイン現当主は、ルフォス学園長の思想を快く思っていない」
「あー……」
背景が掴めてきた。
この国有数の力を持つ大貴族が、学園の腐敗を後押ししているのか。
「貴族にとっては現状維持のほうが都合がいいからな。それにユーウェイン家だけでなく多くの貴族が反感を抱いている。彼らの妨害工作のおかげで、最近は学園長も身動きがとりにくいらしい」
「……学園長の身が危ういのでは?」
「並の貴族なら潰されていただろう。だがルフォス学園長も
……見た時から只者ではないと感じていたが、円卓の騎士に属していたとは。
とても興味が湧いてきた。いずれ手合わせを願いたい所だ。
「ともあれ、現状維持派の中心であるユーウェイン家をなんとかしないと、この学園に未来はないだろう。賄賂や不正に手を染めた証拠があれば、一気に巻き返せるんだろうが」
「その不正というのには、リリの襲撃も含まれているんですか」
「……本人の前で言うのは気が引けるんだがな」
リリはさっきから黙り込んだままだ。
だが耳をピクピクと動かしているあたり、話は聞いているらしい。
「以前から黒い噂はあったんだ。貴族に歯向かった者が、何者かに襲撃されるという、な」
「その主犯格が、ユーウェイン家……?」
「あくまで噂レベルの話だ。証拠が出ていれば今頃大問題になってる」
証拠、証拠か。
確かに、相手が罪人である証拠もなしに、責め立てることは難しいな……
「まあ長くなってしまったが、この学園の現状としてはこんな感じだ。本当は教師の口から話すのも不味いんだがな」
「なら、どうして俺に話したんですか?」
「お前に期待しているからだよ」
ふと、ガリウス先生が笑みを浮かべる。
先日見た剣士としての顔ではなく、指導者としての顔だった。
「お前はこの学園の常識をひっくり返して、腐敗したこの国に風穴を開けてくれる。
……俺とルフォス学園長はそれを期待して、お前の編入を認めたんだ」
◆
「……」
ガリウス先生の話を聞いた俺は、ずっと考え事をしていた。
既に今日の授業は終わり放課後。リリと約束していた、剣の稽古をつける時間だ。
「学園生活というのは、正直もっと簡単だと思っていた。だが剣だけで解決しない問題というのは、難しいものだな」
「ティグル?」
リリが上目遣いで見つめてくる。心配してくれているのだろうか。
ああそうだ、彼女に感謝の言葉を伝えなければ。
「さっきはありがとうな、リリ。」
「ふぇ?」
「フィレムと戦いになりかけた時、俺を止めてくれただろ」
あの時俺は、フィレムを犯人だと決めつけて、完全に頭に血が昇っていた。
リリの制止がなければ果たして自分を抑えられていただろうか。
「……ティグルとフィレムが戦うのは……なんか、嫌だったの」
「嫌だった?」
「だって、二人がしようとしてたのは、腕試しじゃなくて殺し合いだったでしょ」
「――――」
「そんなのリリいやだよ。学校はそんなことする場所じゃないし、二人にも死んでほしくない」
どこまでも純粋なリリの言葉は。
俺の視界を晴らし、世界を少し広げてくれた気がした。
そうか。そうだよな。
俺は殺し合いをする為に、学園にきた訳じゃないもんな。
危うく前世と同じ過ちを犯すところだった。
「約束するよ、リリ。俺はもう、どんな理由でも学園の生徒と殺し合いはしない」
「!」
「殺し合い以外の剣術を学びにきたんだから、当たり前の事かもしれないが。
でも約束する。俺は命を賭けても、この誓いを破らない」
そう口にして、己にこの誓いを深く刻み込む。
命を賭けるだなどと、安っぽい言葉かもしれないが。
それでも今の俺に捧げられるのはこれだけだ。この誓いを破った時、きっとティグル・アーネストとしての人生は終わってしまうのだろうから。
「うん……ありがとうティグル」
「礼を言うのはこっちの方だ。昨日からずっと助けてもらいっぱなしだからな。何かお礼ができるといいんだが」
最初はこの後の稽古で借りを返そうと思っていたが、それだけでは最早足りない。
俺に大事な事を教えてくれたリリに、何かしてあげられることはないだろうか……
「じゃ、じゃあ……一つお願いしてもいい? ティグル」
俺が密かに悩んでいると、リリが唐突にそう口にした。
何かを迷うように、視線を彷徨わせながら。
「ああ、リリのお願いならなんでも聞くとも。何か俺にできることはないか?」
「――――」
そう言うと、今度は顔を赤らめて俯いてしまった。
なんだろう。また何か俺がまずい対応をしてしまったのだろうか。
「リ、リリと……」
「ん?」
「その、リリと、と、友達に――」
「――こーんなとこに居やがったのか、ティグル・アーネスト」
リリの言葉は最後まで聞き取れなかった。
フィレム・ユーウェインの周りにいた取り巻きの貴族たちが、俺たちの前に現れたからだ。
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