第16話 フィレムという女


「ティグルー! ご飯一緒に食べよう!」



 模擬戦に続き、いくつかの授業を終えた俺とリリは、そんな風にお食事に誘われた。



「ああそうしよう。学食に行こうと思っていたんだがどうだ?」


「リリもそのつもりだったよ、道案内してあげるね!」



 こんな感じで、リリは事あるごとに俺の道案内を買って出てくれるのだ。

 学園の敷地は広い。彼女がいなければ授業を受ける場所もわからなかったかもしれない。つくづく感謝である。

 受けた恩は放課後の、リリの鍛錬できっちり返すとしよう。



 そして、食堂へ向かう長い渡り廊下を渡っていると。



「――ん」


「――――」



 正面から向かってくる一団と、目が合った。



 十人近くの集団。白い制服に何やら装飾を付けた、身綺麗な格好の少年少女。

 彼らは恐らく貴族。その中にはさっきの模擬戦で見た顔もあった。


 ――そしてその先頭を歩く、黒い制服を着た少女。

 炎のように赤い髪、情熱を秘めた紅眼。

 鋭い目つきと真っ直ぐ伸びた背筋、そして腰に刺さった一振りの剣。

 まるで獅子の如く、気高く鋭い気配を漂わせていた。



「強いな」



 自ずと出たのは、賞賛の言葉だった。

 先程の貴族とは違う、本物・・のオーラ。

 剣士ならば見れば強さはわかる。恐らくガリウス先生と同等か、それ以上。

 いずれにせよこの若さでこれほどの実力とは、驚嘆に値する。


 同時に確信した。

 生徒でありながらこれほどの強者。彼女がこの学園の頂点、フィレム・ユーウェインだと。




「君がフィレム・ユーウェインか。編入試験の時に会ったな」


「――ティグル・アーネスト。何の用だ」



 ピタリと、すれ違おうとしていたフィレムの規則正しい足音が、止まった。

 どうやら向こうも俺のことを覚えていたらしい。嬉しいな。



「実は最強になりたくてな。ちょっと俺と決闘しないか」


「――何だ貴様はッ!? フィレム様に剣を向けるつもりか!?」


「…………」



 彼女の取り巻きだろう、十人近くの貴族が一斉に武器を抜く。

 しかし殺気立つ彼らとは対照的に、彼女は何の表情も浮かべなかった。



「断る。お前のような愚か者に構っている暇はない」


「えっ」


「何だその顔は。通りすがりに決闘をふっかけておいて、応じてもらえると本気で思っていたのか?」



 フン、と鼻で笑われる。普通にショックだった。

 なぜだ。お前は学園の頂点なのだろう。だったら剣術が大好きではないのか?



「剣士と剣士が出会ったならば、刃を交えたくなるものだろう。お前はそうじゃないのか」


「本気で言っているのか? 愚鈍で礼節の欠片もない、貴様は獣以下だな」



 何の表情も浮かべないまま、フィレムは価値感の違いを淡々と告げる。



「我欲のために剣を振るうなど、気品の欠片もない。醜く愚かな獣だよ」


「お前は、剣が好きではないのか?」


「……。もういい、話すだけ無駄だな。退け」



 言いたいことだけを言って、フィレムは再び歩き出す。

 ……ふむ。



逃げるのか・・・・・?」



 俺は敢えて、煽るような発言をした。

 去ろうとしていたフィレムの足が、再び止まる。




「ティグル・アーネスト。一つ忠告しておこう」



 こちらを振り向きもせず、静かに告げるフィレム。

 取り巻きの貴族達の顔が、青ざめていた。



「私に近づくな。そして邪魔をするな。平穏な学園生活を送りたければな」



「――フィレムっ!!」



 その時。

 フィレムの忠告に応じたのは、俺ではなくリリだった。



「リリ?」


「私と戦ろう!」


「……」



 まさかの事態。俺と同じく挑戦状を叩きつけた。

 純粋で真っ直ぐな目。リリは本気だ。



「私、まだ諦めてないよ……! 絶対フィレムと勝負して、私が勝つ! それでこの学園の一番になる!」



 振り返ってこちらを……いや、リリを見るフィレム。

 俺は初めて、フィレムの無表情が崩れるところを見た。


「――あんな目に遭って・・・・・・・・おいて・・・まだ懲りていないのか・・・・・・・・・・? お前は」



 まるで害虫を見つけてしまった時のような。

 心底、煩わしそうな表情であった。



「リリ、お前には既に忠告したはずだぞ。“私に近づくな”と。

それを守らなかった結果が、あの惨状だ」


「っ」



「――おい・・



 黙っていられたのはそこまでだった。

 ここまで殺気を放ったのは、今生では初めてだった。

 取り巻き共の顔に恐怖が浮かぶ。だがフィレムは、こちらを見て薄く笑うのみ。



「ほう? 大した殺気だな」


「御託はいい。お前がやったのか・・・・・・・・


「……何の話だ?」


「リリが襲われたのは、お前の仕業なのかと聞いている」



 こいつの反応、明らかにリリの身に起きた事件を知っている。

 返答次第では只では済まさない。



「ティ、ティグル……」


「なんだ、まさか私を疑っているのか? 何の証拠もないのに」


答えろ・・・



 フィレムの顔から、表情が消えた。

 さっきと同じように、淡々と冷静に言葉を紡ぐ。



「私ではないさ。さっきも言ったが、お前達のような愚か者に構っていられるほど暇じゃない……だが」




「しつこく飛び回る羽虫なんぞ、誰の恨みを買っても不思議ではないだろうな」


「――――」



 俺が剣を抜いたのと、奴が指先に炎を生み出したのは同時だった。


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