第13話 流れ星


「――――――――」



 きっとそこに、彼女の起源オリジンがあるはずだ。

 彼女が剣の道を志した理由。それが彼女を、再び立ち上がらせる動機になるかもしれない。

 触れられたくない過去かもしれない。だが俺が力になれる方法は、他には思いつかなかった。




「……。星を、見たの」



 数分か、数十分か。

 長い沈黙の果て、リリは搾り出すように声を出した。



「星?」


「夜空の星は、絶対に手が届かないところにあると思ってた。私は生まれてから毎日、ずっと夜空を眺めているしかなかったんだ」


「…………」


「でもね。私の前に星が落ちてきたの。流れ星みたいに。

――手の届くところに、落ちてきた」



 要領を得ない、曖昧な回答だった。

 きっと彼女もまだ、整理ができていないのだろう。きっとその感動を伝えようと、自分の中で必死に言葉を探している。

 だけど見つからなくて、どうやってもその感動を俺に伝えきれなくて、欠けた言葉が溢れ出ているのだ。

 彼女の翠緑に宿る光を見て、俺はそう確信した。



「その星は……その人・・・の剣は、今まで見た何よりも綺麗だった。

綺麗で、鋭くて、かっこよくて……“私にもできるかな”って、思っちゃったの」


「……。憧れ、か」


「女の騎士さんだよ。私を助けてくれたの。……あの人が言ったんだ。“これ以上剣を学びたいなら、学園に行きなさい”って」


「そうか……」



 全てを把握できたわけではない。だがリリの原点は理解できた。

 彼女を助けてくれた女騎士。その剣閃が、彼女の価値感を書き換えたのだ。

 それがリリには星のように見えて、彼女はそれを自分で掴み取ろうとしている。


 そして……夜空に向かって懸命に羽ばたき、手を伸ばす少女を。

 嘲笑い、踏み潰し、見せ物にした外道共がいる。



「いいのか、リリ」


「……?」


「このまま終わりでいいのか? やられっぱなしで、悔しくはないのか?」



 気づけば、俺の手は固く握りしめられていた。

 俺も思考が纏まっていない。ぐちゃぐちゃになった頭で、本能のままに言葉を紡いだ。



「敗北は誰にでもある。俺だって、負けたことはある」


「ティグルも……?」


「悔しかった。辛かった。死ぬほど絶望した。

でも立ち上がった。諦めきれなかった。

やっぱり俺の生き方はコレ・・が良いって、悔しさも辛さも絶望も全部噛み砕いた」


「……ッ」


「リリはそうじゃないのか? 悔しくはないのか? 襲った奴らにやり返したいって、思わないのか?」



 沈みつつある夕日が、リリの足元に影を落とした。

 水に沈んだ墨汁のように、ゆっくりとそれは広がっていく。





「くやしいよ……」




 少女のか細い悲鳴は、俺の耳に確かに届いた。

 闇夜と静寂が俺たちを包み、彼女の燐光と声だけが存在している。



「くやしいよ……やっつけたいよ!

でもこわいのっ! 手がふるえちゃうのっ!

また負けたらって思ったら、しずんで、まっくらになって、立ち上がれなくなるんだ……」


「――――」


「剣をまたやろうってかんがえたら、頭と胸がいたくなっちゃう。

もう傷はなおったのに、どうしていたくなるのか、わかんないんだ……

私のからだ、言うこときいてくれないの」




「どうすればいいのか、わかんないよ……」




 理屈ではない、感情によって刻まれたトラウマ

 それが彼女の見た星を、真っ黒に塗りつぶしてしまった。

 リリはずっと苦しんでいる。暗黒の底なし沼から、まだ抜け出せずにいる。


 けれど。



「安心したよ、リリ」


「ぇ……?」


「君はまだ、自分の夢を諦めてはいないんだな」



 ずっと、もがいている。

 彼女は諦めたわけではない。その野望の火は未だ消えていない。

 ……彼女の心は、まだ死んでいない。



「俺なら、リリに剣術を教えられる」


「……え?」


「リリをあいつらに負けないくらいに、強くすることができる。

……でもそれは、リリが再び剣を手に取れればの話だ」



 彼女が再起できるかどうかは、結局のところ彼女次第だ。

 それについて、俺が力になれる事はない。

 でもそこから先は、俺が手を引っ張ることはできる。



「リリ。俺ができるのは待つことだけだ。お前の心の傷を治すことはできない」


「――」


「敗北を真に受け入れる為には、自分を変えるしかないんだ。それができるのは紛れもない、リリ自身だけだ」


「――――」


「その為に手伝えることがあるなら、俺は何でも協力するよ」



 己を変えるための一歩は、“諦めないこと”。

 そして次の一歩は、リリ自身で見つけるしかない。

 一人では見つけられなくとも、俺にできることなら何度でも力になる。

 彼女が諦めない限り、絶対に。



「ティグルは……どうしてリリに、こんなに優しくしてくれるの……?」


「ん」



 底なし沼のようなまっ暗闇で、翠緑の瞳が揺らいでいる。



「リリは人間さんじゃなくて、妖精だよ? それにお話したのも昨日が初めて」


「そうだな」


「そんな人間さん、今までいなかった……どうして、ティグルはリリに優しくしてくれるの?」


「……俺が負けて落ち込んでた時と重なったから、かな」



 正直に、白状した。

 純真でまっすぐな彼女に、嘘はなるべくつきたくなかった。



「同情、ってこと?」


「そうなるかもな」


「……。えへへ。そっかー」



 魔術で作られた街灯が、闇夜の王都を遅刻気味に照らし始めた。

 ふにゃりと、リリの明るい笑顔が見えた。



「怖いのと違って、それならリリにもちょっとわかるかも」


「……もうちょっと、かっこいい理由があればよかったんだが」


「ううん。ティグルはもう十分かっこいいよ? だから大丈夫!」



 リリが俺の手を取った。

 白くて、綺麗で、か細い腕。

 だが紛れもない、剣士の腕だ。



「ほんとはね、まだ怖いのは消えてない。もしかしたら剣を持っても、震えて動けなくなっちゃうかもしれない」


「ああ」


「それでも、いいかな……? 私、まだ、剣士でいられるかな」


「立ち上がる限り、剣の道は終わらない。いや終わらせない。どれだけ惨めな敗北を喫してもだ」



 俺も、リリも、また立ち上がったばかり。

 一人じゃ無理でも手を取り合って、支え合うことはできるはずだ。


 リリが笑みを浮かべる。今日見た笑顔の中で、一番美しい笑顔だった。

 そっと、店の方角を指で差す。



「剣を、買おうと思うの。……ティグルに一緒に、選んで欲しい」


「……ああ。お安い御用ごようだ」



 そして俺たちは手を取り合ったまま、店を閉めようとしていた店主に声を掛けた。



◆◆◆


本章メインヒロイン、リリのトラウマに向き合うお話でした。

心情描写に力を入れすぎてしまうのはテンポを損なうとわかっていたのですが、どうしても書いてしまいます……

これでいいのかあれでいいのかと展開を毎日悩む日々です。楽しいですが難しいですね。


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去年が確か最高6位でしたので、ここまできたら追い越してみたいと欲がでてきました。

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