第14話 学園生活の始まり



 アヴァロン王立騎士養成学校は、創立から三百年を迎える由緒正しい学園だ。

 十五歳になると入学試験を受けられ、三年間騎士としての教養を叩き込まれる。

 在学中は見習い騎士としての役職を与えられ、卒業後に正式に騎士として取り立てられる。

 一応、卒業だけして騎士にはならない選択肢もあるが、大半の生徒はそのまま騎士として王国に仕えるらしい。



 そして今日、遂にこの日がやってきた。

 アヴァロン騎士養成学校。その学園生活の記念すべき最初の日。



「――え〜、という訳で今日から皆さんと一緒に学ぶことになる、編入生のティグル・アーネスト君です!」



 俺は白を基調とした制服に袖を通し、学園の広大なグラウンドに立っていた。

 担任教師だというマルル・フレリア先生が、生徒たちの前で俺を紹介してくれる。



「ティ、ティグル君。軽く自己紹介をお願いできるかな……?」


「はい」



 ……ただ、なぜか彼女が俺のことを怯えた目で見てくるのが気になる。

 何か気に障ったことをしてしまっただろうか? 彼女とは今日が初対面だと思うが。



「オグールド村から来た、ティグル・アーネストだ」



 とりあえず言われた通り自己紹介をする。

 ……後は何を言えばいいんだ? 自己紹介なんて初めてだからどうすればいいのかわからん。



「……ティグル君、その、何か心意気とかはあるかな……?」



 と思っていたらマルル先生がサポートしてくれた。有り難い。

 心意気、心意気か……



「俺はいずれ、最強の剣士になりたい」



 生徒たちの視線が、俺に集まる。

 マルル先生もなぜかギョッとした視線を向けていた。



「共に高め合う仲間を探してここに来た。騎士としては若輩者だが、よろしく頼む」



 同じ一年生の生徒たちに頭を下げる。

 彼らは何か奇妙なものを見るように、いぶかしげな表情を見せるだけであった。

 唯一拍手をしてくれたのは、同じクラスになったリリだけである。



「じ、自己紹介ありがとう〜……ええと、最強の剣士ってことは、将来的には【円卓の騎士】を目指すのかな?」


「……円卓の騎士? なんですかそれ」


「えっ」



「マジかよ、円卓の騎士も知らずにここに来たのか……?」

「どんだけ田舎者なんだよ。平民にもここまでの奴はそうそういないぞ」

「平民以下じゃん。なんでこんなのにガリウス先生は負けたんだ?」



 やけに生徒たちがざわめいている。

 何か変なことを言ってしまっただろうか。



「こほん。……円卓の騎士というのは、アヴァロン王国に仕える最強の騎士達のことです」


「最強の騎士」


「騎士ならば誰もが憧れる、とても偉大で名誉な称号なのです。十二人しか席がないので、簡単になれるものではありませんが……」



 最強の騎士……【円卓の騎士】。

 そうか。現代にはそのような称号があるのか。

 騎士の頂点ともなれば、それはもう強者が揃っているのだろうなあ。

 そうか。そうか……



「……円卓の騎士というのは、この国で一番強いのでしょうか」


「んん……? まぁ、国を代表する騎士達ですから、頂点には近いですね。」


「なるほど。マルル先生、どうすれば円卓の騎士と戦えますか?」


「!?」



 先生がまんまるに目を見開いた。リリも同じ顔だった。

 俺の目的は最強の剣士。ならば最強の騎士と謳われる者達、全員を超える必要がある。

 現代での俺の実力がどこまで通じるのか。現代最強の騎士相手にぜひとも確かめてみたい。



「…………」


「マルル先生?」


「……ええっと。学校で良い子にしていれば、いつか出会えるんじゃないでしょうか……?」


「良い子に……」



 ……学園で良い子にするというのは、つまり“最強になれ”という意味だろう。

 この学園で一番強くなれば円卓の騎士と戦えるかもしれない、ということか。



「わかりました。学園の教師陣・・・を全員倒して俺が最強になればいいんですね」


「そんな訳ないでしょう!?!? 登校初日で武力反乱しないでください!!」



 顔を真っ赤にして怒られてしまった。

 どうやら勘違いをしてしまったらしい。学園で一番強くなる為には、まずは生徒よりも強い教師陣を狙ったほうがいいと思ったのだが。

 いまいちこの時代の常識がまだ掴みきれていないようだ。俺は反省した。



「こほんっ! と、とにかく授業を真面目に受けて、良い成績を残してください。そうすればきっといつか、円卓の騎士とお近づきになれる機会もあるかもしれませんよ」


「わかりました先生。授業を真面目に頑張ります」


「…………不安だ」



 マルル先生の最後の言葉の意味はよくわからなかったが。

 ともあれ、こうして俺の学園生活は始まったのである。




 人生初めての学校の授業は、武器を使った模擬戦であった。

 二人一組を作り、互いに競い合う。単純かつ合理的な訓練である。

 途中でペアを交代しても良いらしい。他の授業もこうわかりやすいと助かるのだが。


 問題は……



「なあ、俺と十戦やらないか?」


「え、遠慮しとくよ……」

「他の人に当たってくれ」

「もう組む人決めてるから」



 そう、誰も俺とペアを組んでくれないのである。

 それどころか、みんな俺から距離をとって目線を合わせようとしない。なぜだろうか。



「あいつガリウス先生倒した奴だろ? 勝てる訳ないじゃん」

「それはイカサマだって聞いたよ? どっちにしろ頭おかしい野蛮人だけど」

「あんな平民と関わったら俺たちの格が落ちるぜ」

「なんでいきなり十回勝負なんだよイカれてんのか」



 何やら冷たい言葉が聞こえてきたが、編入初日だしこんなものだろう。

 まだまだ学園生活は始まったばかり。これからゆっくり交流を深めていけばいい。



「ティグルー! リリと勝負しよー!」



 そんなことを考えていると、白い制服に身を包んだリリがぴょんぴょんと跳ねながらこっちに来た。

 よく見れば彼女の制服だけ、他のと違って背中の部分が開いている。そこから綺麗な妖精の翅が飛び出していた。



「じゃあ頼もうかな。顔見知りだと俺も気が楽だし」


「やたっ、ティグル大好きー!」



 無邪気に飛びついてくるリリ。なんだか大分懐かれてしまった気がするな。

 しかし、それはそれとして気になることがある。



「……剣は振れるのか? まだ難しいならやめておくが」


「大丈夫。模擬戦だったら怖くないよ」



 ……リリのトラウマが復活するのではないか、と考えたが、彼女の表情を見る限り杞憂きゆうだったようだ。

 ならば断る理由はない。是非とも模擬戦に付き合ってもらおう。



「じゃあ早速始めよう。十本勝負でいいか?」


「ティグル。みんな十回も戦う体力ないと思うよ……」


「え、そうなのか……?」



 そういう事か。回数が多すぎるからペアを断られていたのか……

 理由がわかったからには次に活かそう。俺は反省する男だ。



「学園生活の秘訣が一つわかったよ……ありがとうリリ」


「え、どういたしまして……?」




「――よぉ編入生。そこの妖精と随分仲良しみたいだな」



 その時だった。

 俺たちの前に、男子生徒の集団が近づいてきたのは。

 整った身なりからして貴族だろうか。なぜか全員がニヤニヤと、不快げな笑みを浮かべている。



「模擬戦の相手を探してるんだろ? 俺たちの相手してくれよ」


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