第12話 妖精騎士の原点



「……リリ。最後にもう一件、買い物に付き合って欲しいんだ」



 遅めの昼食が終わりデザートまで食べ終えた俺たち。

 妖精族の長耳をピコピコと動かし、ご満悦のリリに俺はそう切り出した。



「嫌なら断ってくれてもいい。これはすぐに必要なものでもないし、俺一人でも品定めはできるからだ」


「ティグルのお願いなら断らないよ? 何が欲しいの?」



 あまりにも純真なリリの翠緑の瞳に、思わず吸い込まれるような錯覚を覚えた。

 だが、いつまでも先延ばしにすることはできない。ある意味この買い物こそが、今日の本題といってもいいのだから。



「剣を、買いに行かないか」





「…………」



 リリが指差した先には、ややさぶれた印象の武器屋があった。

 あそこが彼女おすすめの武器屋ということだろう。しかし彼女の表情は薄暗く、先ほどから殆ど喋らなくなっていた。



「ありがとう。俺は自分の剣を探してくるが……リリは付いてくるか?」



 彼女は無言で、ゆるゆると首を振った。

 無理強いすることはできない。俺は店の前で待っているように伝え、一人で店内に入っていく。



「いらっしゃい。何をお探しで?」


「直剣を。できるだけ頑丈がんじょうなのがいい」



 村から持ってきた俺の剣は、たび重なる訓練と戦いでボロボロになっていた。

 成長する体格にも合わなくなっていたし、近いうちに買い替えようとは考えていたのだ。



「頑丈な剣か。それならこれはどうだ? これはオーガっていう魔物の骨を加工したものでな――」


「……」



 店の主人のおすすめ品を見つつ、俺はリリのことを考えていた。

 俺が剣を買いに行こうと提案したのは、壊れてしまった彼女の剣も一緒に買うためだ。

 だが剣を再び手にするということは、剣の道をまた歩むことを意味する。


 リリもそれを察したのだろう。俺の提案を聞いた瞬間の、あの怯えたような表情が忘れられない。

 今日一日楽しんで、多少はトラウマも和らいだかと思った。だが俺の考えが甘かったのだろう。未だに彼女の精神に、敗北の絶望は根強く残っている。


 ……リリに残された時間は恐らくそう多くない。

 学園は将来王国のために戦う騎士を育成する場所だ。戦う意志のない今のリリを、果たして学園は守ってくれるだろうか。


 よくて留年、あるいは退学か。

 別の道が見つかればこの先も生きていけるだろうが、妖精族のリリが人間社会で居場所を見つけるのは、難しいかもしれない。


 これは、俺の直感でしかないのだが。

 リリが一人でこの問題を解決できるイメージが湧いてこない。

 俺が友達作りを一人で解決できていないように、リリもまた一人で行き詰まっているような気がする。



 彼女に嫌われるかもしれないが……もう少し、踏み込んでみるか。





「お待たせ、リリ」


「ぁ……ティグル」



 約束通り、リリは店の前で待っていてくれた。

 夕焼けに照らされた金髪が風に流れ、はねからあふれる光の粉と合わさって神秘的な様相ようそうを見せている。

 小さく愛らしいその顔には、うれいの表情が浮かび上がっている。

 似合わないなと、自然に思った。



「剣は、見つかったの?」


「ああ。……リリ。聞きたいことがあるんだ」


「聞きたい、こと?」



「リリは、どうして剣士になろうとしたんだ?」



 それは、俺がリリと会った時からずっと気になっていたことだった。

 肉体を見ればわかる。彼女の目標は騎士・・ではなく、剣士・・になることなのだ。

 剣術を学ぶなら学園は最適な場所だろう。だがそれだけでは説明がつかない。



「リリの目的は、騎士になることじゃないだろう。騎士ならば武器は剣でなくともいい。

――妖精族が得意とする、魔術だって選択肢にあったはずだ」


「――――」


「なのにリリは敢えて剣を選んだ。騎士ではなく、剣そのものに特別な執着しゅうちゃくいだいている証拠だ。違うだろうか」



 ……少女の沈黙ちんもくは、あん肯定こうていを意味していた。



 剣術には向き不向き、というものがある。

 才能と言い換えてもいいだろう。残念ながら努力だけで強くなるのには限界がある。

 個人差と種族差によって、向き不向きの程度は異なる。


 そして“妖精族”という種族は、剣術に全くもって向いていない。

 彼らは生まれた時の姿のまま、時が止まったかのように容姿が変化しないのだ。

 少女の姿で生まれた妖精はずっと少女のまま。老婆ろうばの姿で生まれた妖精もずっと老婆のまま。


 それはすなわち停滞。成長の停止。

 つまりどれだけ鍛えても・・・・・・・・筋肉がつかない・・・・・・・ことを意味する。

 妖精族に限らず、エルフなどの異種族にも見られる特徴だ。


 剣に限らず武術において、筋肉がつかないという欠点は致命的だ。妖精族が本来得意とするのは、武術でなく魔術である。


 その法則は、リリとて例外ではない。

 彼女の身体つきは、細く可憐な少女のものだ。決して鍛えられた剣士のものではない。

 剣士に備わっているはずの筋肉が存在していないのだ。それと砕かれたリリの剣の軽さ・・が、その違和感を俺に伝えていた。



「恵まれない種族が剣の道を歩むことを、俺は否定している訳じゃない」


「――――」


「だが修羅の道であることは違いない。余程の覚悟があっての選択だろう。

――知りたいんだ。何がリリをそうさせたんだ?」

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