第12話 妖精騎士の原点
「……リリ。最後にもう一件、買い物に付き合って欲しいんだ」
遅めの昼食が終わりデザートまで食べ終えた俺たち。
妖精族の長耳をピコピコと動かし、ご満悦のリリに俺はそう切り出した。
「嫌なら断ってくれてもいい。これはすぐに必要なものでもないし、俺一人でも品定めはできるからだ」
「ティグルのお願いなら断らないよ? 何が欲しいの?」
あまりにも純真なリリの翠緑の瞳に、思わず吸い込まれるような錯覚を覚えた。
だが、いつまでも先延ばしにすることはできない。ある意味この買い物こそが、今日の本題といってもいいのだから。
「剣を、買いに行かないか」
◆
「…………」
リリが指差した先には、やや
あそこが彼女おすすめの武器屋ということだろう。しかし彼女の表情は薄暗く、先ほどから殆ど喋らなくなっていた。
「ありがとう。俺は自分の剣を探してくるが……リリは付いてくるか?」
彼女は無言で、ゆるゆると首を振った。
無理強いすることはできない。俺は店の前で待っているように伝え、一人で店内に入っていく。
「いらっしゃい。何をお探しで?」
「直剣を。できるだけ
村から持ってきた俺の剣は、
成長する体格にも合わなくなっていたし、近いうちに買い替えようとは考えていたのだ。
「頑丈な剣か。それならこれはどうだ? これはオーガっていう魔物の骨を加工したものでな――」
「……」
店の主人のおすすめ品を見つつ、俺はリリのことを考えていた。
俺が剣を買いに行こうと提案したのは、壊れてしまった彼女の剣も一緒に買うためだ。
だが剣を再び手にするということは、剣の道をまた歩むことを意味する。
リリもそれを察したのだろう。俺の提案を聞いた瞬間の、あの怯えたような表情が忘れられない。
今日一日楽しんで、多少はトラウマも和らいだかと思った。だが俺の考えが甘かったのだろう。未だに彼女の精神に、敗北の絶望は根強く残っている。
……リリに残された時間は恐らくそう多くない。
学園は将来王国のために戦う騎士を育成する場所だ。戦う意志のない今のリリを、果たして学園は守ってくれるだろうか。
よくて留年、あるいは退学か。
別の道が見つかればこの先も生きていけるだろうが、妖精族のリリが人間社会で居場所を見つけるのは、難しいかもしれない。
これは、俺の直感でしかないのだが。
リリが一人でこの問題を解決できるイメージが湧いてこない。
俺が友達作りを一人で解決できていないように、リリもまた一人で行き詰まっているような気がする。
彼女に嫌われるかもしれないが……もう少し、踏み込んでみるか。
◆
「お待たせ、リリ」
「ぁ……ティグル」
約束通り、リリは店の前で待っていてくれた。
夕焼けに照らされた金髪が風に流れ、
小さく愛らしいその顔には、
似合わないなと、自然に思った。
「剣は、見つかったの?」
「ああ。……リリ。聞きたいことがあるんだ」
「聞きたい、こと?」
「リリは、どうして剣士になろうとしたんだ?」
それは、俺がリリと会った時からずっと気になっていたことだった。
肉体を見ればわかる。彼女の目標は
剣術を学ぶなら学園は最適な場所だろう。だがそれだけでは説明がつかない。
「リリの目的は、騎士になることじゃないだろう。騎士ならば武器は剣でなくともいい。
――妖精族が得意とする、魔術だって選択肢にあったはずだ」
「――――」
「なのにリリは敢えて剣を選んだ。騎士ではなく、剣そのものに特別な
……少女の
剣術には向き不向き、というものがある。
才能と言い換えてもいいだろう。残念ながら努力だけで強くなるのには限界がある。
個人差と種族差によって、向き不向きの程度は異なる。
そして“妖精族”という種族は、剣術に全くもって向いていない。
彼らは生まれた時の姿のまま、時が止まったかのように容姿が変化しないのだ。
少女の姿で生まれた妖精はずっと少女のまま。
それは
つまり
妖精族に限らず、エルフなどの異種族にも見られる特徴だ。
剣に限らず武術において、筋肉がつかないという欠点は致命的だ。妖精族が本来得意とするのは、武術でなく魔術である。
その法則は、リリとて例外ではない。
彼女の身体つきは、細く可憐な少女のものだ。決して鍛えられた剣士のものではない。
剣士に備わっているはずの筋肉が存在していないのだ。それと砕かれたリリの剣の
「恵まれない種族が剣の道を歩むことを、俺は否定している訳じゃない」
「――――」
「だが修羅の道であることは違いない。余程の覚悟があっての選択だろう。
――知りたいんだ。何がリリをそうさせたんだ?」
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