第50話 午後の成果

「おぅ、ジャン!それにタイチも、無事戻って来たな」

 大門は今日一日の仕事を終えて戻ってくる冒険者で混雑し始めていたが、戻ってきた太一達を目ざとく見つけるとシュミットが声をかけてきた。


「あー、シュミット隊長。お疲れ様です」

「ん?どうしたタイチ、随分疲れてるな?」

「ええ、まぁ。鬼教官が無茶させるから、ずっと狩りっぱなしで流石に疲れましたわ……」

「はっはっは、出来の良い教え子だからついつい、ね」

「お前ら、遺跡群に行ったってことはゴブ狩りだろ? そんなに疲れるくらい狩ったのか?」


「んーー、どうだろ。30くらいまでは覚えてたけど、どれくらい狩ったか覚えてないですね」

「全部で106匹。リーダー種は15匹狩った。間違いなく記録更新」

 ぐったりと答える太一に、これまたいつも以上に眠たげなナタリアが、討伐部位の耳でパンパンになった袋を指差しながら付け加える。


「はぁぁ? 106ぅ?? はぁぁ!? ……おまえら、バカじゃないのか?」

 告げられたあまりの数に、シュミットは驚愕しつつも呆れ顔だ。

 たまたま周りにいて会話を聞いていた冒険者からも「マジかよ」「リーダー種15!?」と小声で聞こえてくる。

 

「タイチとアヤノが、思った以上にやれるもんだから、ジャンのヤツが調子にのったんですよ。一応4人で戦って2人は休憩ってローテーションだったけど、狩ったらすぐ移動だったから……。結局ほとんど休みなく狩り続ける事になりましたよ」

 さすがのファビオもお疲れモードだ。索敵担当だったアンナに至っては御者台で魂が抜けた状態のまま動かない。


「……。無事だったからいいけど、無茶するなよ? とっととギルドに報告して、今日は早く寝るんだな」

「あーーー、そうかー。報告もしないと駄目だった……」

 シュミットの一言に、太一は夏休み最終日にやっていなかった宿題を思い出したような気分になる。


「じゃあシュミットさん、今日はこれで!ありがとうございました!」

「おう、またな」

 ただ一人元気なジャンが、シュミットと挨拶を交わす。

「さぁアンナ、後ひと頑張りだ。ギルドまで馬車を乗り付けて。そしたらそのまま馬車で先に宿に戻っていいから」

「へーーい」

 指示を受けたアンナは最後の仕事とばかりに馬車を発車させ、混み合う道を慎重に進みながらギルド前まで辿り着く。

 

「じゃあ、アタシは先に戻ってるねー」

「アンナ、ありがとう」

「お疲れ!気を付けて戻ってね」

 荷物を降ろすと一足先に帰路に就くアンナへ、太一と文乃が労いの言葉を掛け見送ると、残った面々は、午前中と同じく依頼カウンターにいる常設依頼担当のカミラの所へと向かった。


「やあ、カミラちゃん、また常設依頼の報告したいんだけど大丈夫かい?」

「あ、ジャンさん! それに皆さんも、お疲れ様です。はい、もちろん問題ないですよ。確かゴブリンを狩りに行かれたとか?」

 ジャンが声をかけると、カミラは笑顔で答えながら受け取り用のトレーをカウンターへ出す。


「うん、遺跡群までね。あ、ちょっと量が多いのとリーダー種も狩ってるから、ここだと厳しいかも」

 出されたトレーを見たジャンは、そう言いながら後ろで皆が持っている大きな袋を親指で指す。

 それを見たカミラは、一瞬目を見開き席を立つ。


「分かりました。それでは別室で確認させていただきますね。こちらへどうぞ」

 カミラはカウンターの端の部分を跳ね上げ太一達を奥へ通すと、そのまま先導して奥にある扉を開けて中へと入っていく。

 扉を潜った先は左右に伸びる長い廊下に繋がっており、片側だけにまたいくつかの扉が並んでいた。

 

「ここは、数が多かったり大型だったり高額な魔物だったり、カウンターで取引するのに向かないものを取り扱うための別室です。事前にお知らせいただければ、裏口からお通しすることも出来るので、お忍びで冒険者をやっている貴族や王族の方も利用されます」

 不思議そうに眺めていた太一と文乃に気が付いたのか、カミラが歩きながら説明する。


「今日は大型という訳では無いので、こちらのお部屋へどうぞ」

 案内されて入ったのは、それでも10m四方はありそうな大きな部屋だった。

 部屋の奥にもう一つ扉があって、真ん中に正方形の大きな台とスツール、壁際に小さなテーブルと椅子がある以外何もないシンプルな部屋だ。


「リーダー種も倒されたということなので、鑑定の担当も呼んできます。そこの台の上に討伐部位を出しておいて下さい」

 そう告げてカミラは小走りで部屋を出ていく。

 残された太一達は、言われた通り討伐部位を台に出しながら雑談タイムだ。

 

「ジャン達は良くこの部屋に来るのか?」

「ランク上げに必死だった頃はちょくちょく使ってたかな。最近は討伐系が減ったから、あまり使ってないね」

「討伐系じゃないと、何の依頼が多いのかしら?」


「C級になってからは、護衛系の指名依頼が増えたね。それも長距離とか長期のダンジョン調査とかの」

「そっか、数少ないC級だから指名依頼は多くなりそうね。リピーターも多いの?」

「半分はリピーターじゃないかな。こちらとしてもやりやすくて助かるけどね」

「ファビオさんたち運河の星は人気なんですよ! 実力はもちろん、人当たりも良くて礼儀正しいので」

 いつの間にか戻って来ていたカミラの声が、後方から聞こえてきた。


「ああ、カミラちゃんお帰り。僕らが礼儀正しいと言うより、他が乱暴なだけな気がするけどね……」

 ジャンが苦笑しながら答える。

「タイチさんたちも礼儀正しいので、この先ランクが上がればきっと人気が出ますよ!」

「おう、違ぇねぇな。あんちゃんたちは素材に対する心構えもいいからな」

 カミラの声に続き太い男の声が聞こえてきた。

 

「あれ? マルセロさんじゃないですか」

「さっきぶりだな。カミラちゃんがよ、あんちゃんたちがリーダー種狩って来たから鑑定担当探してるっつうじゃねぇか。 面白そうだし、俺が見に来たって寸法よ」

「主任自ら来て大丈夫なんですか?」

「かまやしねぇよ。俺が見なくちゃいけねぇような獲物なんて、滅多に持ち込まれねぇしな。そんな事より早速見せてもらっていいか?何匹やったんだ?」


「えーっと、何匹だったっけナタリア?」

「106匹。リーダー種がそのうち15」

「106だぁ??!」「106っ!!?」

 マルセロとカミラが同時に叫んで絶句する。


「そう。ここに出したから、確認して」

 ナタリアが指差した台の上には、討伐部位である耳が山になっており、その周りにはリーダー種の生首がきれいに並べられていた。

 

「おいおいマジかよ……。ってか馬鹿じゃねぇのか、お前ら? 何でこんなにいっぺんに狩ってきてんだよ、馬鹿じゃねのか!?」

 耳の山と生首コレクションを眺めたマルセロが、大事な事だから二回言ったとばかりに呆れ顔で馬鹿と連呼する。


「シュミットにも同じことを言われた。全部ジャンが悪い。私たちは被害者」

「そりゃ言うだろうぜ、まったく。まぁいいや、カミラちゃんは耳を確認してくれるか? 俺はこの生首と装備の検分すっからよ」

「わ、分かりました!」

 マルセロは呆れながらもゴブリンの首と装備を確認していく。そして他より二回りほど大きい首の前で腕を組む。


「あん? コイツは……。おいジャン、この槍はこいつが持ってたのか?」

「そうですね。コイツは2回目に遭遇した群れのリーダーで、タイチとアヤノだけで倒したヤツです」

「はぁぁ? 冗談だろ? こいつウォリアーだぞ。おめぇらが倒したってんなら分かるけどよ、あんちゃんらは今日デビューだろ?」


「そうなんですよ。最初はファイターかと思って見てたんですけど、その割に妙に賢くて。ちょっとヤバそうだから助けに入ろうと思ってたら、あっさりタイチが斬り捨てちゃったんですよね。で倒した後に見てみたらファイターじゃなくウォリアーっぽいなーって、あはははー」

「おいジャン、別にあっさり斬ってないからな。コイツが舐めてくれたおかげで、動きが単調だったからカウンターがもろに入っただけで、まともにやってたらどうなったことか」

 軽く言うジャンに、心外とばかりに太一が口を尖らせ抗議する。

 

「多少舐めてたところで、D級を一人で倒せるヤツはそうそういねぇよ、まったく。まぁいいや。ウォリアーが1で、ファイターが1、残りの13はホブだな」

「あ、ファイターも混じってましたか」

「なんだよ、気付かずに倒してたのかよ」

「あー、多分こいつは後半に倒したヤツだろうな。休みなく倒してたもんだから、途中から全員変なテンションになってて、正直何倒したか覚えてないぜ」

「……やっぱり馬鹿だろ、お前ら」

 呆れ顔で聞き返すマルセロに、ファビオがあんまりな返答をしたことで、マルセロは深いため息をつきながら首を振った。

 

「こちらも確認終わりました! 91匹分、確かにありました」

「おう、ご苦労さん。討伐分の報酬はそっちで計算してくれや。俺の方はリーダー種の装備分の計算するからよ」

「分かりました!」


「さて、ホブの短剣やらは鋳潰すしかねぇから一つ20ってとこだな。んでファイターのハンマーはちょっとメンテすりゃ使えそうだから70だな。で最後、ウォリアーの槍はそこそこの代物だ。400なら買い取るぜ。ホブが260、ファイターのが70で330、でウォリアーが400で合計730ってとこだ。全部買取でいいのか?」


「俺は使わないから大丈夫。ジャン達も大丈夫か?」

「うん。僕らも使わないから、全部買取で大丈夫だよ」

「おっしゃ、了解だ」

「こちらも算定終わりました。通常種が91匹で1,820、ホブゴブリンが13匹で2,600、ファイターが300でウォリアーが500、全部合わせて5,520になります。それに装備品の買取730を加えまして、報酬総額は6,250ですね」

「ありがとう。まぁそんなもんかな」

 

「6等分すると1人1,000ってとこか。正味半日の稼ぎだから、悪くは無いか」

「いや、ウォリアーをやったのはタイチだし、その分踏まえて二人で3,000持ってって欲しい。僕たちは残りを割るよ」

「そりゃ俺らが貰い過ぎじゃないか? 馬車まで出して貰ってるんだし」

「馬車分加味しても、だよ。調子にのって付き合わせちゃったしね」

「そうだぜ。俺らだけだったら、あそこまで狩らないし。もらっといてくれ」

「まぁ、そこまで言うなら……あ、アンナには多めにあげといてね。働きっぱなしだったから」

「もちろん、そうするよ」

「帰りにお酒も買ってくから大丈夫」

 

 分け前についての話をまとめていると、カミラから声がかかる。

「ちなみに討伐数はどう割り振りますか? タイチさんたちはジャンさんのパーティーに入った訳じゃないんですよね?」

「あー、そっちもあったね。これもウォリアーはタイチたちファイターはこっちで、残りは半々でいいかな」

「だなぁ。端数はタイチの方で」


「かしこまりました。ではタイチさんアヤノさんに、D級1、E級7、F級46。運河の星に、E級7、F級45の討伐ポイントを加算させていただきます。あ、タイチさんとアヤノさんは、パーティー登録されますか? 今後もお2人で活動されるなら、早めにパーティー登録されたほうがパーティーランクも上がりやすくなりますよ?」

 

「えーっと、確か最初のパーティーランクは、登録時メンバーのランクを基準にして決まって、その後はパーティーでクリアしたポイントでしかランクは上がらない、で良かったっけ??」


「はい。個人ランクとパーティーランクは、基本別モノなんです。最初は基準が無いのでメンバーのランクを参考値に使いますが。スキルや戦い方によって、個人の方が強い方もいればパーティーの方が強い方もいるので、分けて考えてるんです。あ、パーティで依頼をクリアした場合の個人ポイントは、何も要望が無ければ均等割りになります。

一応パーティー内で割り振っていただくことも出来ますが、実態と余りにギャップがあるポイントは割り振れません。冒険者ギルドが出来た頃に、大して活躍していないのにお金で個人ポイントを買う不正が横行したことがあったんです。それをきっかけに、ギルドカードに監視機能が付いたそうで、多少の色を付けるくらいしか出来なくなっています」

 

「はぁ、監視機能て。ますますギルドカードすげぇな……。でパーティー組むかどうかって話だったか」

「はい。常設の討伐依頼は、F級は2ポイント、E級は10ポイント、D級は50ポイントなので、パーティーを組んでいただくと、午前中のキラーラビットと合わせて234ポイントがパーティに加算されます。ちなみにE級パーティ昇格に必要なポイントが3,000ポイントなので、1割弱くらいですね」


「んー、しばらくはパーティで依頼を受けるだろうから、早めに組んでおいた方がいっか。文乃さん、どう?」

「いいんじゃない?今の所デメリットは無いみたいだし。パーティ名くらいかしら?悩むとしたら……」

「名前か……」

 

 しばし思案した太一が文乃に耳打ちをする。

 (“放浪者(フローターズ)”ってどうかな? 何でも屋って意味もあるから、冒険者だけでなく商売でも何でもやるって思いを込めつつ、表向きは、片田舎から流れて来た者、って感じで)

 (裏の意味は地球からの放浪者、ってこと?うん、悪くないわね)

 これが、これからレンベックのみならず世界中に様々な波紋を投げかけるお騒がせパーティー、放浪者フローターズ誕生の瞬間だった。

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