第49話 ゴブリン

「5か。まだこちらに気付いていないから、セオリー通り遠距離攻撃で数を減らして切り込むか。アンナとアヤノは弓で。今回はナタリアも魔法で攻撃。あ、単体魔法で十分だよ。その後、僕とタイチで切り込む。ファビオは女性陣のガードを頼む」

「「「「「了解」」」」」

 ジャンから素早く指示が飛び、全員が了承する。

「ナタリアの準備完了次第いくよ」

 それにナタリアは小さく頷くと、アンナの近くにアヤノと共に移動し杖を構え集中し始める。

「お待たせ。いける」

「よし。タイチも準備はいい?」

「ああ」

「3秒後に一斉発射。…2…1…よしっ」

 

「ファイアアロー」

 ナタリアの普段の眠たげなものとは異なる凛とした声が小さく響き、杖の目の前にオレンジ色の魔法陣が展開されたかと思うと、そこから長さ40cmほどの炎の矢がゴブリンめがけて真っすぐ飛んで行った。

 間髪を入れずアンナとアヤノが射った矢も、炎の矢を追いかけるように飛んで行く。


 一瞬の間を置いて、3本とも狙い違わずゴブリンの頭や首に命中、ゴブリンたちはギャアギャアと大混乱に陥る。

 数秒後、アンナとアヤノが矢を放つと同時に駆け出していたジャンと太一が接敵する。


「無傷なヤツだけで大丈夫! 左は任せるよ!!」

 ジャンは炎の矢が喉に命中した1匹と、頭に矢が命中した2匹はすでに瀕死と見て取り、手傷を負っていないゴブリンに狙いを定め、太一と分担して対応することにする。


 生き残ったゴブリン達は、状況の把握は出来ていないものの向かって来ているものが敵である事は認識できているのか

「グギャーーーッ」

と雄叫びを上げながら手に持った棍棒を振り回し、太一とジャンに襲い掛かかる。


「了解!」

 ジャンの指示に短く返事を返した太一は、剣を構え軽く腰を落としてゴブリンを待ち構える。 

 武器を振り回して向かってくるならば、得意とするカウンターが有効なはずだ。


 目を血走らせ涎を垂らしながら襲い掛かるゴブリンに一瞬気圧されるが、力任せに振り下ろされた棍棒を、立てた剣の腹で下方向へいなしながら側面へ踏み込む。

 一撃を逸らされて無防備になったゴブリンの首元を目掛け、手首を返して斬撃を打ち込んだ。


 ごり、っと僅かに骨を断つような感触と共に、首から胸の中央あたりまで切り裂くと、剣を中段に戻しながら、なるべく返り血を浴びないように斜め後ろに半歩ほどステップバックする。

 ゴブリンは断末魔を上げる暇も無く、どうっと地面に倒れ絶命した。

 ジャンの方を見てみると、こちらも一撃で仕留めたであろうゴブリンが血溜まりの中に倒れていた。

 

「やれやれ、やっぱり一撃か。なぁ、ジャン。こりゃ多分二人でいけるぞ」

 討伐部位である右耳を切り取りながらファビオが苦笑する。

「うん、僕もそう思う。次の群れを見つけたら、今度はタイチとアヤノだけでやってみようか」

「いやいや、いきなり多対一は無理だって。ねぇ文乃さん」

「そうねぇ。遠距離の私はともかく、近距離で複数を相手取るのはちょっと大変かもしれないわね」


「んーー、タイチの動き見てると、何匹か増えたところで危なげなく躱せると思うよ。危なくなったらもちろん助けに入るから、試しに二人だけでやってみてよ」

「くそぅ、意外に容赦ないな、ジャンは……」

「いやぁ、出来ないことは流石にお願いしないよ。割と余裕でこなせそうだからね」

「やれやれ……。文乃さん、初撃から俺が接敵するまでの間に、もう1匹くらい仕留められる?」

「距離にもよるけど、さっきくらいの距離があればもう一射くらいは出来そうよ。しっかり狙えないから、ヘッドショットは難しいかもだけど」


「手傷を負わせてくれるだけで十分だよ。それと、俺の接敵後の援護もお願いしていい?」

「そりゃあいいけど、フレンドリーファイアはしたくないわよ?」

「俺だって御免だよ。一番距離が離れてる奴からお願い。あと、俺から3m以内にいる奴は手出し無用で。それくらいの距離だと、躱したりポジショニングするのに咄嗟に移動する可能性があるからさ」

「3mね。分かったわ」


「作戦会議は終わったかい?」

「ああ。作戦ってほど立派なもんじゃないけどなー」

「そうかい? 十分だと思うけどね。あまり細かく詰めると、想定外の事が起きたときに対処できなくなるし、大まかな方が良いと思うよ。アンナー、次も索敵をお願いしてもいい?」

「まかしといてー」

 

 引き続きアンナを先頭にして、その後ろを太一と文乃、さらにその後方からジャンとナタリア、最後尾をファビオが固めて進んでいく。

 10分ほど探索を続けていると、アンナが立ち止まりハンドサインを送ってくる。

『目標発見。距離25。ゴブリンが7』


「7て! 増えてるじゃん……」

「何、タイチならいけるでしょ?」

「まったく……。まぁ、いいか。それじゃあ文乃さん、手筈通りに」

「分かったわ。最初の1匹は確実に仕留めつつ、最低もう1匹、可能なら2匹無力化できるよう頑張るわね」

「頼もしいねぇ。んじゃ、行きますか」

「ええ。それじゃあ行くわよ……」

 2人が顔を見合わせて頷くと、文乃は狙いを定めて一撃目を放つ。

 

 太一は、文乃が矢を射ったのを確認すると、文乃から見て斜め左方向へやや回り込むように駆け出した。

 一射目は文乃の宣言通り、集団の真ん中付近にいたゴブリンの眉間に突き刺さる。

 それを確認することも無く文乃は二射目を放つ。今度は集団の左端にいたゴブリンの側頭部に見事突き刺さる。


 間髪を入れず、さらに放たれた三射目は、集団の中でも体格の良いゴブリンめがけて飛んでいったが、その体格の良いゴブリンが驚きの行動にでた。


 突然仲間が倒れてギャアギャア騒いでいるウチの1匹の頭を掴むと、なんと自分の盾にしたのだ。

 盾にされたゴブリンは、背中に矢が命中し猛烈に暴れるが、体格の良いゴブリンは気にも掛けず他のゴブリンに何やら指示を出す。

 走りながらそれを見た太一は、舌打ちをしながらゴブリンの集団に突っ込んでいった。

 

「ちっ、あいつがリーダー個体ってやつか! 中々小賢しいじゃないか」

 指示を受けたゴブリンは、1匹がアヤノの方を窺いながら、最初に頭を撃たれたゴブリンを盾にして、リーダーを守るような動きを見せている。

 残りの二匹は、突っ込んでくる太一を牽制するように前に出る。

 リーダーは3匹の陰に隠れつつ、自分も背中に矢を受けたゴブリンを文乃側に掲げて太一を油断なく見据えていた。


 その動きを見て、太一は文乃に大声で呼びかける。

「文乃さん! 倒せなくてもいいから、適当に牽制お願い!! 1匹引き付けてもらえるだけで助かる!」

「分かったわ! 兄さんも無理しないでね!」

 

 そして太一はそのまま2匹の側面へ回り込むように踏み込むと、軽い突きを顔めがけて放つ。

 突きを受けたゴブリンが反射的に棍棒で顔を守ろうとした瞬間剣を引くと、先ほどより速度を上げた突きを胸辺りに放った。


 顔を守ろうと手を上げたことでがら空きになった胸に剣が吸い込まれると、太一は剣を引き抜きゴブリンを蹴り飛ばす。

 その反動で一度間合いを取ると、もう1匹のゴブリンが突進してきた。


 蹴り飛ばしたゴブリンに一瞬目をやり、動かないことを確認すると、突進してきたゴブリンの棍棒を斜め後方へといなす。

 そのまま体勢を崩したゴブリンを切り捨てようとした瞬間、視界に真っ赤で太い矢印が飛び込んできた。

 

 向かってきたゴブリンの後ろから貫くように出ている矢印に一瞬戸惑うが、咄嗟に攻撃の手を止め後ろへ飛び退く。

 すると、一瞬の間を置いてゴブリンを貫き槍が飛び出してきた。咄嗟に下がらなければ、当たっていた可能性が高い。


「あっぶね……! おいおいおい、味方ごとかい……。そういう上司は嫌われるぜ?」

 自らの槍で貫いたゴブリンを引き続き盾にしながら、ゴブリンリーダーが雄叫びを上げ、さらに突っ込んでくる。


 槍と剣でリーチ差があるため、間にゴブリンの肉壁があるとタイチの攻撃は当て辛い。

 リーダーもそれが分かっているのか、ギャッギャッとまるで笑うかのように声を上げ左手で槍を短く繰り出してくる。

 それを太一が剣でいなしたりステップで小さく回避する、という攻防が3回続いた。

 そして4回目。突き出された槍を、初めて太一は踏み込みながら剣で受けると、ギンッという音と共に大きく上へと槍を跳ね上げた。


 突然の力強いパリィにリーダーはついて行けず、左脇に大きな隙を晒してしまう。

 太一がその隙を見逃すはずも無く、槍を跳ね上げた剣を手首を返して右下へ回し、そこから左上へ向かって逆袈裟に斬り上げた。

 左腕を肩ごとまるまる切り離され絶叫を上げたリーダーは、しばらくのたうち回ると動かなくなった。

 

 残りの1匹も矢を頭に受け絶命していた。おそらく、この攻防の隙をついて文乃が倒したのだろう。

「ふー。ゴブリンのリーダーってのは品が無くて駄目だなぁ。味方を盾くらいにしか思ってないし……。文乃さん、援護ありがとう! おかげでリーダーに集中できたよ」


「どういたしまして。でも味方を肉盾として配置してくれたから、リーダー以外を狙うのは逆に簡単になったんだけどね」

「……なんだかなぁ。知恵が回るようでアホなのかね……。そうだ、ジャン! この明らかに毛色が違った奴がリーダー種でいいんだよな? なんて種類の奴だったか分かる?」


「うーーーん、最初はファイターかと思ったけど、多分その上位のゴブリンウォリアーじゃないかな……。ファビオはどう思う?」

「だろうな。ファイターだともっと戦い方が雑だし、味方をあんな使い方しないと思うぜ」

「へぇ、ゴブリンにも色々いるんだな。こいつも討伐部位は耳でいいのか?」


「いや、リーダー種の場合は検分が出来るように首から上と、特徴的な装備品だ。こいつの場合は槍だな。普通のゴブリンはこんなちゃんとした槍は使わない」

「なるほど。仕方がないとは言え、荷物になるから面倒だなぁ」

「いやいやいや、アンタたち何普通に会話してるわけー? ゴブリンウォリアーって下位とは言えD級だよー? それをリーダーにした群れを二人で倒しきるとか、絶対最近冒険者になった人間のやる事じゃないからーーっ!!」

 

「そうは言ってもな。元々D級くらいまでは行けるだろうと思ってたから、驚きはないな」

「そうだね。いきなりウォリアーが出てきたときはちょっと焦って加勢しようと思ったけど、全然必要なかったね。あっはっは」

「笑い事じゃないでしょ……。まぁギルマスが出てきた、って理由はようやく分かった気がするけど。で、この後はどうするー? 正直、もう実力を見る必要は無いと思うけどなー」


「魔法含めて特殊な攻撃をしてくる魔物じゃなければ、C級くらいまではいけそうだね。特殊攻撃系は初見殺しだし、経験と知識を積んで対策するしかないから当たり前だけど。ここにはあまり変わった攻撃するヤツもいないからねぇ……。時間まで適当に狩って帰ろうか? タイチもそれでいいかい?」

「ああ、問題ない。あと、ここからは全員で戦うってことでいいよね?」

「完全にオーバーキル気味だけど、他にパーティもいないし、それでいいか。僕らもそろそろ勘を取り戻していった方が良いだろうし。じゃあ、前衛後衛共にローテーションしながら狩って行こう」

 

 それから数時間、一行は遺跡内を探索しながらゴブリンを狩り続けた。

 時折リーダー種は出てくるものの強力な上位個体は現れず、太一達に連携の基本や、魔法師と一緒に戦う時の注意点をレクチャーしながら、殲滅させる勢いで狩りを終え、空が夕日に染まる頃レンベックに戻って来た。

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