第47話 関西弁猫耳少女ニナ
「ええ、こちらこそ。ところでニナさん、今日の日替わりは何かしら?」
「ニナでええで。今日はランニングバードがよーさん入ってん。せやからランニングバードの唐揚げか、いつものボア煮込みやな。せっかくやから、ランニングバードがお勧めやで」
「ありがとう。じゃあ私はランニングバードにしようかしら。皆はどうする?」
文乃はさっさと自分のオーダーを決めると皆に話を振る。
「俺もランニングバードだな。と言うかこの流れだとみんなランニングバードじゃないのか?」
太一がそう言うと、全員がそれに頷く。
「ってことでニナ、全員ランニングバードで」
「まいど! ああ、言い忘れ取ったけどランチは全部8ディルや。出来るまでちょお待っとってやー」
ニナは注文を受けると、ゆらゆら尻尾を振りながら厨房へと消えていく。
「ねぇクロエさん、猫人族の人たちは皆ああいう喋り方なの?」
「喋り方ですか? そうですね、ちょっと独特の訛りと言うかクセはあるかもしれませんね。気になりましたか?」
「いや、気になると言うか、知り合いの喋り方に似ていたから。あ、その人は人族よ」
「へぇ、そうなんですね。私はそこまで大きな違いは感じないんですが、分かる人には分かるんですね」
クロエのそんな言葉を聞いた太一が、そっと文乃に耳打ちをする。
(多分、関西弁に聞こえてるのは俺たちだけだ。この違いがちょっとの違いとは思えないし。例の環境適応の影響じゃないかな)
(ああ、なるほど。そうよね、関西弁はちょっとじゃないわよね)
「どうかしましたか?」
「いや、思わず注文しちゃったけど、ランニングバードってどんな魔物かと思って」
「え? 知らずに注文したんですか?」
「まぁ鳥っぽいのの唐揚げなら、大丈夫かな、って?」
「アヤノさんて大人しそうに見えて意外にチャレンジャーですよね……。ランニングバードはその名の通り飛ぶより走ることの方が得意な鳥の魔物です。飛べなくはないみたいですが、走るのが早いのでほとんど飛んでるとこは見ませんね。馬くらいの大きさで、数十匹で群れを作って行動します。
そこまで凶暴な魔物では無いんですが、走ってるモノを見ると本能的に襲ってくるんです。なので、街道の近くに出ると討伐依頼が出ます。たしか昨日、その討伐依頼が達成されたはずですが、群れで襲ってくるので素材もまとめて持ち込まれることが多くて。そういう時は、ギルドの酒場に安く卸されて、数日間色々なメニューで提供されるんですよ。走ってるせいか、油は控えめだけど程よい弾力があって美味しいので、密かに人気な魔物ですね」
「いやぁ、クロエさんはやっぱ説明のプロだな。分かりやすい。そして説明聞く限り当たりっぽいな」
「いやいやいや、そんなこと無いです。慣れです慣れ」
褒められ慣れていないのか、ぱたぱたと手を振りながらクロエが慌てているところに、ニナがトレーを持って戻ってくる。
「おまっとさん。まずは3人前からや。ん? クロエどないしたん、おもろいポーズして?」
「なな、何でもないわよ!」
「さよか? まぁええけど。ほい、まずはアヤノとタイチ、それとアンナやな。すぐ次も持ってくるからな、冷めへんうちに食べたってや」
「ありがとう」
「わーい、ニナありがとねー」
「あり……おおきに!」
文乃とアンナが普通にお礼を言った後、太一も普通にお礼を言おうとしたが少し考えて、関西弁でお礼を言ってみる。
「んん?? にーさん猫人見るの初めて言うてへんかったか? 今の完璧な猫人訛り、どこで勉強したん?」
「お、うまく伝わったか。えーーっと……いやな、知り合いに似たような言葉使うとるやつがおってん。そいつと話しとるうちに、勝手に身についてもうたんや。まぁ意識せんと喋れへんから、なんちゃってやなぁ」
「いやいやいや、なんちゃってな訳あるか、完璧やん。ごっついで、にーさん」
「そらおーきに。そや、文乃も少し喋れんねんで」
「ホンマか?」
「ホンマや。文乃、喋ってみい」
「えぇぇ?? えーーっと、わたしもしゃべられへんことは無いんやけど、アニキほどはしゃべられへんで? そない期待されるとかなわんわぁ」
「ホンマや! 二人ともやるやん!!」
急に始まった関西弁の応酬に、3人以外はついて行けずポカンとするのみだ。
「ああ、すまんすまん。ごっつ懐かしゅうて、つい話し込んでしもた。残りもすぐ持ってくるさかい、待っとってや」
我に返ったニナが慌てて厨房へ残りのランチを取りに行く。
「タイチもアヤノも、変な特技があったんだねー」
「ああ。猫人訛りが話せるヤツとか、初めて見たぜ」
楽しそうに言うアンナに、驚き半分呆れ半分で言うファビオ。
「全く、急に振らないでよ。ビックリするじゃない」
「あっはっは、ごめんごめん。ちょっと試してみたくてさ。でもこれで一方通行じゃないことが分かったから、今後も色々使い道があると思うよ」
これまで環境適応による翻訳は、相手からこちらに対して働いているものがほとんどだったが、今回太一が試したのはその逆パターンだった。
猫人の訛りが関西弁に聞こえるなら、関西弁で喋ったら猫人訛りに聞こえるのではないか、という理論だ。
結果は見事に成功。もっとも、個人の口癖や喋り方の範囲なのか方言なのかまでは分からないが。
「ほい、おまっとさん。遅なってしもて堪忍やで。ほなゆっくりしてってや~。タイチとアヤノはまた喋りに来たってな!」
お昼を過ぎて混み始めたため、ニナは挨拶も程々に忙しく客対応へと戻っていく。
太一達一行もランチを食べ始める。
「うん、ウマイな。鶏の胸肉っぽいけど、そこまでパサパサしてないし旨味もある」
「そうね。これは唐揚げにピッタリだと思うわ」
「じゃあ、食べながら簡単に午後からの予定を決めようか。さっきも言った通り、キラーラビットじゃあタイチ達には役不足だ。なので、敵のランクを上げようと思う」
美味しそうに唐揚げを食べる2人を見ながら、ジャンが口火を切る。
「そうだねー。キラーラビットだと楽勝すぎることしか分からなかったもんね」
「だなぁ。問題は何にするか、だな」
「多少ランクを上げても大丈夫だとは思うけど、今日は残り半日しかないからね。無難にゴブリンでいいと思うんだけど、どう?」
「問題無い。ただ、単体だとキラーラビットの二の舞になる可能性が高い。だから、集落を狙うのがいいと思う。ヤバくなったら、ワタシが焼き尽くす。今日動いてないの私だけ……」
ジャンの質問にナタリアがもっともらしく答えているが、後半はただ物騒なだけだ。
「いやいや、僕も動いてないからね? それと森の中で火炎魔法は駄目だよ? ただ集落を狙うってのは良いね。火の海にするかは別にして、最悪俺たちだけでも問題無く潰せるし、丁度いいな」
「ああ、それで問題ないぜ」
「じゃあ、遺跡辺りにいってみるー?」
「そうだね。遺跡群を探せば群れは簡単に見つかるだろうしね」
「あーーー、なんかゴブリン集団を相手にすることが前提になってるんだが……?」
「うん。1対1だったら間違いなく瞬殺しちゃうでしょ? かと言って時間が無い中遠出してランクの高いの狙うのもリスクが大きいし。それだったら多数を相手にしてみるのが手っ取り早いかなって」
「狩場って、そんな基準で決めるものだったっけ??」
「それに、運が良ければリーダー種がいるからね。そうなれば、単体で強い敵とも戦えるし。いい事尽くめだよ!」
「……それ、運が悪ければ、の間違いじゃ?? って言うかリーダー種って何? ゴブリンにはリーダー的存在がいるのか?」
「それは私から説明しますね」
こほん、と軽く咳払いをしてクロエが説明を始める。
「魔獣の群れには、基本1匹リーダーがいます。積極的に統率するのもいるし、何となく統率しているのもいるし、役割は個体差がありますが、他のよりも強い個体、もしくは特殊な個体であることが共通の条件です。で、その強い個体も2パターンに分かれます。
一つは、元々強い個体が弱い個体を率いるパターンです。これは動物とかでも同じですね。もう一つが魔物独自のパターンで、何となく出来た群れの中で突然変異的に進化個体が生まれるパターンです」
「進化個体? 別の魔物に変化するのか?」
「分かりやすく言えばそうなりますね。正確には、上位の存在に進化します。ゴブリンの場合だと、上位種であるホブゴブリンとかゴブリンリーダーとかですね。亜種ではなく上位種になる点がポイントです。上位種は元になった種族を全体的に強くして、かつ必ず統率力を持っています。
対して亜種の方は、戦い方とか特性が異なる種のことを指します。ちなみにゴブリンの亜種は、ゴブリンファイターとかゴブリンメイジとかですね。こっちも結果的に強い個体になりますが、全てが統率力を持っている訳ではありません。この群れを率いている個体の事を総称して、リーダー種と呼んでいるんです。ちなみにリーダー種が残っているとまたすぐに群れを作ってしまうので、群れの討伐依頼の場合は、このリーダー種の討伐が必須条件になります」
「う~~ん、何回聞いても素晴らしいわね。まさに立て板に水ね」
「ああ。淀みなく、されど過不足なくて分かりやすい。リーダー種のことだけでなく、周辺情報も絡めてるから自然に頭に入るわ」
「な、慣れてるだけです、慣れです!」
「うん。ここで照れるとこまでが1セットだな。様式美はいいねぇ……。で、食後はそのリーダー的存在がいるかもしれないゴブリンチームを狩りに行く、と。出来ればもっとイージーモードがいいんだけどなぁ……。まぁ、いいか。遅かれ早かれだろうし」
「よし、じゃあ昼食を食べ終えたら遺跡群へ行こう」
あらためて方針をジャンがまとめると、皆また思い思いに昼食を再開するのだった。
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