第44話 初めての魔物狩り

 アンナが戻って来て数秒後、前方の草むらが大きく揺れたかと思うと、茶色い塊が飛び出してきた。

 中型犬くらいの大きさをしたそれは、紛れもない兎だ。耳はそこまで長くない。

 ただし額にごつごつとした突起があり、こちらを威嚇しているその姿は魔物と呼ぶに不足は無いだろう。


「おお、ウサギだ。しかもでかいな……」

「あれがキラーラビットだよ。1匹だけならそこまで危険な魔物じゃないけど、あの頭突きをまともに食らうと場所によっては骨にヒビくらいは入るから油断はしないでね」

「硬そうな頭ね。あの大きさは標準サイズ?」

「そうだね、あれくらいが平均サイズかな。あ、ファビオたちが動くので見ててね」

 

 ファビオは、唸り声を上げているウサギの正面で、重心を落とし剣を低く構えて対峙する。

 普段は小型の盾も使うのがファビオのスタイルだが、今日は太一のスタイルに合わせて剣のみだ。

 その斜め後ろではアンナも短剣を抜き構えを取る。


 痺れを切らしたキラーラビットが、弾かれるようにファビオへと飛び掛かった。

 中々のスピードだが、直線的な動きなためファビオは斜め後方へ容易く躱すと、目標を見失い体勢を崩したキラーラビットの首筋へ剣を振り下ろす。

『ギュッ』という短い断末魔に一瞬遅れて血が噴き出し、そのままキラーラビットは動かなくなった。


「見事なもんだ」

「本当ね」

 一連の動きを見た太一と文乃が感嘆していると、剣に付いた血糊を拭きながらファビオが戻ってくる。

「あいつら、動きは早いが一直線だからな。タイミングさえ間違えなければ、躱すのは簡単だぜ。躱すことさえ出来れば、後は何とでもなる。肉と毛皮が売れるから、さっきみたいに首を落とすのが理想だ。まぁ最初は倒すことを優先させた方がいいけどな」

 

 ファビオの話を聞いていると、倒したキラーラビットの胴体と頭を持ってアンナが戻って来た。

「次は大事な戦利品の持ち帰り方だね。まずキラーラビットの討伐部位はこの前歯ね。間違えて砕いちゃうと討伐報酬がもらえないから忘れちゃだめだよー」

 そう言って、発達したキラーラビットの前歯を抜く。


「で、次が肉と毛皮。かさ張るから自分たちで捌いてもいいんだけど、ここは安全じゃないからねー。簡単に血抜きだけして、そのまま持ち帰った方が無難かなー。素人がやっても時間掛かるし、綺麗に捌けないしね。内臓はそんなに高く無いから、重かったら内臓は抜いても良いかもねー」

「なるほど。ちなみにこれ、血の匂いで他の魔物が寄ってきたりしない?」

 一通りのレクチャーを受けると、太一が疑問をぶつける。


「ここは広いから、長時間じゃなければ大丈夫かな。夜だとまた違うけどね。それでも歯を抜いた頭とか、抜いた内臓とかは穴を掘って埋めるのが理想だね」

「了解。文乃さんも大丈夫?」

「ええ。あ、そうだ。弓で狙うならどこが良いのかしら?」

「んー、倒すだけならどこでも良いけど、素材の事を考えると目か頭か首、ってところかなー。内臓傷つけちゃうと、肉の買取価格が下がることが多いんだよねー」

「分かったわ。狙えそうな首から上を狙って、無理そうなら足の付け根あたりにして動きを止める方向で考えてみる」

「うん。まー、さっきファビオも言ってたけど、最初は倒すことを先決にねー。お金に目が眩んで怪我したらバカバカしいしねー」

 文乃の質問に、アンナは笑いながら答える。


「じゃあ、次はタイチ達の番だね。アンナと一緒に、獲物を探すところからやってみようか」

「りょーかーい。じゃあ二人ともついてきて」

 そう言って先ほどと同じようにやや腰を落とし、周囲を油断なく観察しながらアンナはゆっくり進んでいく。

 

「キラーラビットは、あんまり大きい群れは作らないけど、1匹ずつの縄張りは狭いから、1匹いたら割と近くにいることも多いかなー。痕跡も隠さないから見つけやすいし。分かりやすいのは、通った跡、抜けた毛、糞あたりかな。あ、ほらここ。不自然な感じじゃない? これが通った跡だねー」

「どれどれ」

 アンナに言われて2人がよく観察してみると、確かに草むらが不自然に倒れている。


「ここまでは草が倒れて道みたいになっているのに、そこから先は1mくらい間隔をあけて、スポットで倒れてる感じよね」

「そうそう。キラーラビットは移動する時、歩くのと飛び跳ねるのを交互にする習性があるから、こんな感じになるんだよー。この跡を追っていけば……」

 そこから1分も進まないうちに、10mほど先に2匹のキラーラビットを発見する。

 しきりに耳を動かし警戒しているが、まだ完全にこちらを捕捉してはいないようだ。


「番かなー。縦に並んで移動するから、移動跡から数を把握するのはちょっと難しいんだよね。ま、最初に1匹、弓である程度動きを制限できれば楽勝だと思うよー」

「じゃあ、まずは文乃さんが弓で攻撃。こちらに向かってくる間にもう1射出来れば射って牽制。接敵後は俺が相手するってことで良いかい?」

「問題無いわ。アンナ、そんな感じで大丈夫かしら?」

「うん。危なそうになるまで手は出さないから頑張って。まぁさっき見たアヤノの腕前だったら、最初の一撃で1匹倒しちゃいそうだけどねー」


 アンナ先輩のお墨付きが出たところで、文乃がショートボウに矢を番え、狙いを定める。

「最初だから、頭は狙わず的の大きい胴体を狙うわね」

「了解」

 太一も短く答えると、そっと剣を抜き身構える。

「撃ちます」

 文乃は小さくそう言うと、キラーラビットに向かって矢を放った。

 

 シュンという微かな風切り音を残し真っすぐ飛んで行った矢は、手前にいた方のキラーラビットの後ろ足付け根付近に命中する。

『ギュギューッ!』矢が命中した方のキラーラビットが大きな鳴き声を上げ、もう1匹はすぐにこちらを見つけると、ギュッと小さく鳴いて真っすぐ突進してくる。

「文乃さんは当たった奴が動かないか警戒をお願い! 向かってくるのは俺がやるわ!」

「任せて!」

 動きを確認しながら前に出ていた太一に向かって、キラーラビットは迷わず突っ込んでくる。


 (これは下手に受け流さず避けの一手だな)

 太一が学んでいた剣術は対人専用で、いわゆるカウンターを得意とするものだったため、太刀筋も相手の剣を受け流してから切り返すものが多かった。

 しかし、いくら相手の体が人間より小さいとは言え、体ごと突っ込んでくる相手を受け流すのは得策ではない。


 クセで受け流しそうになるのをこらえて、自然な体捌きで突撃して来たキラーラビットの右側に回り込むように避けると、突進を躱されて滑っていく獣との距離を詰めるように踏み込み、そのままやや上段から袈裟懸けに剣を振り下ろす。

 止まることに必死だったキラーラビットがそれを躱せるはずも無く、振り下ろされた剣は肩口からバッサリ首を切り落とした。


「文乃さん、そっちはどう?」

 太一は、構えは解かず一歩後ろへ距離をとると文乃へと確認をとる。

「まだ倒せてはいないけど、動くことは無さそうよ!」

「了解。止めを刺してくる!」

 そう言って、もう一方のキラーラビットに向けて油断なく近付くと、頭に剣を突き入れ止めを刺す。


「ふぅ。ひとまず完了かな」

「そうね。周りにもいなさそうだし」

 2体とも動かなくなったのを確認して、ようやく太一と文乃は一息ついていると、近くでサポート準備していたアンナがやってきた。

 

「ひゅー、問題無いとは思ってたけど、あっさりだねー。それにタイチ、あんたも中々だね。アヤノがやれるのはヴィクトルの店で見たときから分かってたけどさー」

「そうだぜ。剣が振れてるとは思ってたが、ここまでやれるとはな」

「うん。何より慌てず冷静だったのが凄いね。初めての戦闘とは思えないよ」

「目の前の敵だけじゃなく、周りも見てた。大したもの」

「あー、褒めてもらえるのは嬉しいんだけど、割といっぱいいっぱいだわ」

「そうよね。手探りだし、まだ一回だけだから、手応えみたいなのは感じないわね」

 後ろで見守っていた面々もやって来て、口々に太一達を褒めるが、当人たちには実感が湧かず戸惑いのほうが大きい。


「まだお昼まで時間があるから、それまではここらでキラーラビット狩りを続けようか。それで問題無ければ、午後からは1段上げてゴブリンあたりで」

「そだねー。さっきの見ると、ゴブリンも一対一なら大丈夫そうだし。ここからは二人だけで獲物も探してみてー」

 気軽に言うジャン達に苦笑いを浮かべつつ、太一と文乃は獲物を探すべく前に出て索敵を始めた。

 

 程なくしてキラーラビットを発見するが、今回は文乃がヘッドショットを決め一撃で倒してしまう。

 その後も何度か遭遇するが、半分以上は文乃の弓で接敵前に倒され、倒せなかったものも太一が一刀のもとに切り伏せてしまう。

 という状況が1時間ほど続いた所で、アンナからボヤキと共に提案が行われる。


「ねー、これ以上やっても同じじゃない? キラーラビット程度はタイチ達の敵じゃないよ」

「そうだね。もう少しもたつくかと思ってたけど、全く問題ないね。倒すペースも早いから荷物も一杯になって来てるし……タイチ、これで何匹分??」

「最初にファビオたちが倒したのを除いて11匹かな? すでに2人じゃ持てない重さになってるから、運ぶの手伝ってもらえて助かるよ」

「1時間ちょっとで10匹オーバー……。2人とも、もうこの依頼は受けたら駄目。他の新人が困る」

「予定より早いけど、一度戻って討伐報告しながら昼飯食って、午後からはゴブリンに切り替えようぜ」

 新人離れした速度でキラーラビットを狩る2人に、運河の星は満場一致でゴブリンへの切り替えを決定する。


「ええぇ。せめて当人達の意見くらい聞いてもいいんじゃない?」

「いやいや。正直ゴブリンでも力不足だと思うよ。2人にはD級くらいが丁度良いと思うけどね……」

 太一が一応抗議しては見るが、あっさり却下されたため、一行は街へと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る