第43話 いざ、門の外へ

「さて、次は防具だね。とは言っても武器と違って、最初に買うようなのはどこで買っても値段も性能も大して変わらないからね。大門へ向かう道すがら、道具と一緒に買って行こうか」

「おいおい、武器とはえらい差だな。大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫。戦いや冒険のスタイルが決まらないと、どんな防具がいいかも決められないし、決まったら決まったで、ほぼオーダーメイドになるからね。最初は吊るし売りの安いのを使い捨てながら、自分のスタイルを見つけていくんだ」

「なるほどなぁ」

 ジャンのアドバイスに納得しながら、防具と最低限の道具類を買いながら大門へ向かっていった。

 

 太一は、袖の無いタイプの上半身を覆う革鎧と、膝当ての付いた革のブーツ、ガントレットの下に着ける薄手のグローブを買い、文乃は胸と背中、腹部を守る分割タイプの革鎧に、太一と同型のブーツ、弓用に部分補強されたグローブを購入し、それぞれ身に着けている。

 他にも腰のベルトに付けられるタイプのポーチ、水筒、大きめの布袋に小さめの布袋を買い、念のためということで傷を治すポーションを2本購入した。

 

「何とかギリギリ金貨一枚残せたわね」

「だなぁ。ポーションが想定外の値段だったけど」

「ポーションは仕方ない。みんな使うのに、作れる魔法を使える人が少ない」

 保険として購入したポーションの値段に太一が疑義を呈していると、珍しくナタリアから突っ込みが入った。


 確かに鎧が400ディル程度で購入できたのに対して、小瓶1本が100ディルと言われると非常に高価に感じる。

 いたるところにドラッグストアがあり、そこで市販薬を売っていた現代日本人からすると尚更だろう。


「作れる魔法?」

「そう。ポーションは薬と言うよりほぼ魔法具。レシピ通り混ぜただけではポーションにならない。付与魔法を使いながら魔力を込めないとダメ」

「その付与魔法を使える人が少ない?」

「ん。付与魔法は覚えるのは難しく無いけど、安定させるのが大変。一人前になるにはセンスと時間がかかる。だから、魔法が使える人はほとんど、早めに実戦で使える攻撃系の魔法を使って冒険者になる。だから少ない。それに、ポーションは飲んでも振りかけても、すぐに効果がある。冒険者なら何本あっても困らない」

「なるほどなぁ。それだけ需要があるなら高くもなるか。割らないように気を付けるわ」

 ナタリアから説明された尤もな理由に納得していると、一行は大門へと到着した。

 

 朝のピーク時間は過ぎてはいるものの、まだ街の外へと繰り出す冒険者や商人で雑然としている。

「こっちが冒険者専用の受付だよ」

「へぇ、専用の受付があるのか」

「うん。なんせ数が多いからね。ギルドカードは絶対誤魔化しが効かない身分証でもあるから、手続き自体が他の人と比べてものすごく簡略化されてるんだよ。受付が別なのは、それも理由さ」

「なるほどねぇ」

 太一は頷きながら、この街へ来たのが転送魔法だった幸運に内心感謝していた。


 もし徒歩で外から入ろうとした場合、何の身分証明書も無く出自も怪しい太一たち二人は、入り口で相当揉めただろう。

 場合によっては捕らえられてもおかしくはない。

 それをスルーした挙句、信用度の高いギルドカードを労せず手に入れられている。これは僥倖と言って良いだろう。

 

「お、ジャンじゃないか。この前長期遠征から帰って来たから、しばらく休むって言ってなかったか?」

 幸運を噛みしめているうちに太一達の順番になったようで、門兵がジャンに声をかけてきた。

 40歳くらいだろうか。他の門兵と揃いの部分金属鎧を身に着けていて、引き締まった身体と精悍な顔つきにベテランの風格が漂っている。


「こんにちは、シュミット隊長。その予定だったんですが、新人の面倒を見るよう頼まれましてね」

「そうか。と言う事はそっちの二人が、その新人か?」

「はい。タイチとアヤノです。2人とも、こちらは大門の警備隊長であるシュミット隊長だ」

「初めましてシュミット隊長。タイチと言います」

「妹のアヤノです。シュミット隊長、今後ともお世話になります」

 警備隊の隊長と聞いて、少し改まって丁寧な挨拶をする二人に対してシュミットは笑顔で返す。


「ああ、かしこまった挨拶は不要だ。運河の星が連れてきたんだ、期待の新人ってヤツか?」

 それを聞いたジャンがすっとシュミットに近づき耳打ちをする。

「ギルマス、サブマスが直接お会いになってます」

「なんと……」

 シュミットの目が一瞬細められるが、すぐにニヤリと笑うと太一に右手を差し出す。


「世話になるのはこっちも同じだ。俺ら警備隊の仕事とお前ら冒険者の仕事は、持ちつ持たれつでな。俺らの仕事は、もちろんこの街の安全を守る事なんだが、街の中で手いっぱいだ。街の外、特に魔物の脅威からこの街を守ってくれてるのは、他でもないお前ら冒険者だ。優秀なヤツが冒険者をやってくれれば、それだけ魔物の脅威が減って、俺らもより街の中に集中できる。そういう訳だから、これからどんどん活躍して、がんがん魔物をぶっ殺してきてくれ」


「そうなんですね。今日が初仕事なんでどうなるか分かりませんが、頑張ってみます」

「おう、死なない程度に頑張ってくれや。ま、ジャン達が付いてれば、よっぽど大丈夫だろうけどな。ほい、手続き完了っと」

 差し出された手を握り返してから太一がギルドカードをシュミットに手渡すと、カードを軽く目で確認した後、受付テーブルの上にあった魔法具にカードを軽くかざし手続きをする。

 

 そのまま文乃、ジャン達運河の星と手慣れた手つきで手続きをすますと、再びシュミットが声をかけてくる。

「日帰りだろ?」

「はい。まずは近場で慣らそうと思ってます」

「了解だ。2人とも、無理はするなよ? 新人がいなくなるのを見るのは、何より心が痛むからな」

「ありがとうございます、シュミット隊長。それでは行ってきます」

 シュミットに出発の挨拶をすると、一行は巨大な門へと歩いていく。


 街と外を隔てる大門は巨大で、門の両脇には城壁と一体になった10mを超える見張り塔が聳え立っている。

 そんな威容をくぐって、跳ね橋を兼ねている巨大な門扉を渡っていった。

 城壁の外側は幅、深さが共に5mはある空堀に囲まれており、跳ね上げ式の門扉を上げてしまうと簡単には街には入れそうにない。


「これ、夜は閉まるのか?」

「よほどのことが無い限り、大門はずっと開いてるかな。ただし昼と比べて、夜の出入りはかなりチェックが厳しいけどね。まぁ、冒険者は夜にしか現れない魔物を倒したりもするから、よほどのことが無い限り止められたりはしないと思うよ」

「なるほどね。しかし聞けば聞くほど冒険者の街だな、ここは」

「でしょ? 色々と融通が利くからありがたいよね。まぁその分、ちゃんと仕事はしないと駄目なんだけどね」


 ふと疑問に思ったことをジャンに訊ねながら橋を渡った先は、踏み固められた街道になっており、少し先で3方向に分かれていた。

 街道から外れると、小さな岩と背の低い草が混在する平原で、その先は背の高い草が鬱蒼と茂る草原になっているようだった。

 遠方へ目をやると、南西と思われる方向に山脈があるのが分かる。

 

「この街道は、南、東、西にそれぞれ向かってるね。タイチたちはどっちの方から来たんだい?」

 そう聞かれて、そう言えばどこに村があるのかまで設定を詰め切っていないことに気が付き、太一は内心冷や汗をかきながら、時間稼ぎも兼ねて文乃へ話を振る。

「えーっと、文乃さん、俺たちの村ってどっちの方向になるんだっけ? 行商人のおっさんの荷馬車で居眠りしていたから、方向感覚がおかしくなってて良く分からないんだわ……」

 文乃は一瞬目を合わせて小さく頷き答える。


「私も兄さんと同じで荷馬車にいたから、今一つ方向が分かってないのよね……。村は山の麓にある丘にあったから、西側のほうになるのかしら? ねぇジャン、ここから荷馬車で10日くらいの距離にある山って、どれくらいあるのかしら?」

「うーーん、僕も全部回った訳じゃないから何とも言えないけど、確かに南西の方へ行くと大山脈へと続く丘陵地帯が広がってるはず」

「だとすると、やっぱり西の方から来たんだと思うんだけど……。ごめんなさいね、これまで村から出たこと自体ほとんど無かったものだから、地理に疎いのよ……」


「いや、そういうことなら仕方がないよ。冒険者として慣れてきたら、自分で確かめに行けばいいんだ」

「そうね。せめて自分の村に自力で戻れるくらいには力も知識も身につけないとね」

「良い目標だと思うよ。さて、そのための第一歩だ。まずはキラーラビットから行ってみようか」

 話しながら歩いていると、いつの間にか背の高い草が目立ち始める境界辺りまでやって来ていた。

 

「ここから先は、魔物が一気に濃くなるからね。注意して進もう。理想は、あっちより先に見つけることだけど、まぁ最初からそれが出来たら苦労しないよね」

 先導しているジャンが振り返り、苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。


「まぁキラーラビットは待ち伏せしたりせず、こちらにやってくることが多いし、痕跡も割と分かりやすいから、順番に覚えて行こう。アンナ、偵察頼むよ!」

「はいよ~。見つけたらどうする?」

「そうだね、まずはアンナとファビオで見本を見せてもらっていいかい? ファビオは剣を使うし、アンナも飛び道具を使うから、ちょうど二人の良い見本になるし」

「りょ~か~い」

「分かった」

 簡単に行動方針を決めると、アンナを少し先導させ、本隊はファビオが先頭に立つフォーメーションに組み替えて進んでいく。

 

 5分ほどそうやって進んでいると、先導して痕跡を探していたアンナからハンドサインが送られてくる。

「お、どうやら獲物が見つかったみたいだな。アンナが一発で仕留めても良いんだが、それだとタイチたちの勉強にならないからな。オーソドックスに釣り出してから接近戦も交えて仕留めるから、よく見ててくれ」

 ファビオはそう言うとアンナへハンドサインを送り、自らも腰の剣を抜き臨戦態勢をとった。


 ハンドサインを見たアンナは短く返事を返すと、腰からスリングを取り外し小石をセットする。

 タイチ達が見つめること数秒、スリングから小石が発射された。

 シュッという風を切り裂く音が聞こえてすぐ、『キィ』という動物の鳴き声のようなものが聞こえたかと思うと、アンナが立ち上がり足早にこちらへ戻って来て早口で叫んだ。


「無事釣れた! 3秒後に接敵予定!!」

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