第42話 文乃、射る!
それを見て少し笑いながら、太一が文乃へ小声で話し掛ける。
「文乃さん、どうもかなり身体能力向上の恩恵が大きそうだ。やり過ぎないように気を付けて」
「そうなの?」
「うん。地球にいた頃だったら、あの剣をあんな風に振り回すことなんて絶対無理だと思う。文乃さんの場合は、さらに加護で弓の威力上がってるからね……。念のためだよ」
「分かったわ。とは言え弓なんて大学以来だし、多分和弓じゃないから……。加減の仕方も分からないのよね」
文乃は中学高校と弓道部に所属し、大学でも掛け持ちで弓道のサークルに顔を出していたので、弓歴は10年ほどある。
腕前も中々で、高校時代はインターハイに出たこともあった。
しかし使ってきた弓は和弓と呼ばれる日本独特の弓だ。遊びでアーチェリーをするなど洋弓に触れたこともあるが、文字通り触れた程度だ。
こちらに同じものがあるとは思えないため、文乃の心配ももっともだった。
「まぁ加護もあるし、すぐ慣れるんじゃない? 俺の振った剣も、日本刀とは別物だったけど何とかなったし」
「何にせよやってみないと分からないわね。精々気を付けるわ」
そう結論付けた文乃が、肩をすくめて軽く笑っていると、大小二本の弓を手にヴィクトルが戻って来た。
「おう、待たせたの。一応短弓と長弓両方持って来とるが、どうする?」
「そうね……、まずは長弓から試させてもらって良いかしら? 使っていたのに近いので」
「よしきた。ジャン! 的の準備は出来とるか!?」
「あとちょっと! 後ろに流れ矢止めの衝立を立てるから」
「おう、よろしくの!ほれ嬢ちゃん、こっちがロングボウだわい」
「ありがとうございます」
手渡された弓は、長さが150cmほどある長弓だった。文乃はそれを手に取ると弓の状態や弦の張りなどをチェックしていく。
「やっぱり和弓と比べると短いわね。それにこれは単弓かしら? 引き味は……」
一通りチェックを終えると、今後は弓を構えて引いてみる。
(うん、柔らかめの引き味ね。見た感じほど固くないのは、伊藤さんの言う通り身体能力向上の効果でしょうね)
「ほう。渡しておいて何だが、軽々と引いとるの」
さして力まずに弓を引く文乃を見て、ヴィクトルが感嘆の声を漏らす。
文乃が何度か弓の引き具合を試していると、ジャン達が的の準備を終えて戻って来た。
「ヴィクトル、的の準備は終わったよ」
「ありがとよ。ほれ嬢ちゃん、こっちが矢だ。とりあず10本用意しとるから、好きなように撃ってくれ」
「お借りします」
矢筒に入れたまま手渡された矢は1mほどの長さで、金属製の鏃と鳥の羽で出来た矢羽根がついたシンプルなものだった。
1本手に取って確認すると、矢筒と弓を持って的の正面まで移動する。的は壁際に設置されているので、おおよそ8m程度の距離だろう。
弓道の近的が30mほどの距離なので、かなり近い距離と言える。
文乃は一度深呼吸してから、矢筒から1本矢を取り出し弓につがえる。
(和弓と違って真ん中を持つから、やっぱり違和感があるわね)
和弓は2mを超えるため、弓の真ん中より下を持って射る。対してこのロングボウのような洋弓は、弓の真ん中を持つことがほとんどだ。
しかし、ゆっくりと息を吐きながら弓を起こし、一度止めてから引いていく一連の動作は、慣れない弓とは思えないほど非常にスムーズだ。
(なるほど。加護の力ってこういう事なのね……)
実際に弓を引いている文乃は、加護の力に驚嘆していた。
弓を引き始めた途端、どうやって力を入れたら良いのか何となく分かるのだ。
後はその感覚に従い引いて行けば、初めて使う弓にも関わらずそれなりに引けてしまった。
そのまま狙いを定め矢を放つと、的の中心から5cmほどの所に命中する。的が近いとは言え、初めて使う弓という事を考えると十分すぎるだろう。
「ほほぅ、こいつはたまげたな」
「これは少し使ったことがある、とかってレベルじゃないね」
その証拠に、ヴィクトルと自身も弓を使うことがあるアンナが驚いている。
一射で何となく弓の特性を掴んだ文乃は、そのまま二射、三射と続けて矢を放っていく。
撃つ度に矢は的の中心に近づいていき、最後の二射は共に的の真ん中を捉えていた。
「おーおー、ど真ん中に当ておったわ」
「ちょっとアヤノ! あんた相当な腕前じゃないの!?」
「うーーん、まぁかなり的が近いから、あまり当てにならないと思うわよ。それに集中して自分のペースで撃てる状況だもの。実戦ではどうなるか……」
尚も驚く2人に対して、文乃はいたって冷静だ。
「がっはっは、こりゃ頼もしいわい。ホレ、次はこっちのショートボウじゃ」
続けて渡されたのは、長さ90cmほどの弓だった。文乃はこちらも角度を変えながら観察する。
「これは複合弓……? いや、何かの骨みたいなのも使ってるからコンポジットボウって言った方が良いかしらね」
そしてそのままショートボウの試射に入る。
ロングボウは、大きさと言い多少和弓に通じる部分があったが、ショートボウとなると同じなのは弓というだけで最早別物だ。
しかしそんな違いも、加護の力の前では誤差だったようだ。
流石に使い勝手が大きく違うため、最初こそバラついたが、10本射る頃には的の中心に集まるようになっていた。
「やれやれ、ショートボウでも問題無い感じだの」
「アヤノ、あんた何者よ……?」
「嬢ちゃん、どっちの弓にする? 見た感じ慣れとって威力も高いのはロングボウだが、使い勝手はショートボウの方が勝っとるな」
「そうね……。ねぇジャン、最初の頃の討伐ってどういう所へ行くの?」
「ん? 背の高い草の生えた草原か、あまり深くない森、それと廃村や廃屋、ちょっとした洞窟ってとこかな」
「草原以外は取り回しが悪そうね……。じゃあ、最初はショートボウでお願いするわ」
「それが無難だの。おいジャン、後は何を揃えるつもりだ?」
「サブ武器と剝ぎ取り用も兼ねた大きめのナイフは必須かな。タイチにはバックラーも要るかなと思ってたんだけど、あの戦い方だと必要なさそうだね」
「両手持ちしとったからな。するなら頑丈な籠手のほうが良さそうだの」
「鎧とブーツは革になるから、タイチのロングソードとガントレット、アヤノのショートボウに矢を30、あとナイフを2本頼むよ」
「よし。じゃあ物を出しといたるから、お前らはちょっとそこを片付けてから店の方へ来い」
ヴィクトル以外で的を片付けてから店内に戻ると、すでにカウンターの上にモノが置かれていた。
「まずは小僧の方だの。こいつがロングソードだ。重さやらはさっきのとほとんど変わらん。鞘はまぁサービスだ。でこっちがガントレット。鋼を使っとるから盾ほどでないが、そこそこの防御力を持っとる。これなら盾と違って違和感なく剣が振れると思うぞ」
やや束の長いロングソードは、先ほどの物ほどでは無いが、あまり装飾の無いシンプルな物だった。
しかし、その刀身は質の良い鋼が使われており、刃こぼれ一つない。
ガントレットは肘近くまであり、革の籠手の表面に鈍色の金属プレートが打ち付けられていた。
こちらも表面を滑らせる目的の細い溝は刻まれているが、装飾の類のない実用性本位のものだった。
「うん。シンプルでいいね。初心者は地味じゃないと」
機能美を感じる武骨なデザインに、太一も満足気だ。
「で、嬢ちゃんの方はこっちだな。このショートボウは、芯材にサーペントの骨を使っとる。さらに乾くと弾力が出る特殊なスライムの体液で表面を塗っとるからな、安くて軽い割に威力が高くなっとるぞ。矢は消耗品だ。今度作り方を教えたるから、時間がある時に来い」
手渡されたショートボウは、表面に赤茶色をした独特の鈍い光沢があった。おそらくこの色がスライムコーティングなのだろう。
「で、こっちがナイフだ。一本目には、これくらいの大きさが色々使えて便利だわい。ちゃんと手入れすれば当分使えるぞ」
最後に出てきたのは、刃渡り20cm程度の片刃のナイフだった。やや肉厚の刀身はいかにも切れ味が良さそうに輝いている。
「ありがとう。で、肝心のお値段はいくらなんだ?」
「おう。剣が500、籠手が200、弓が400で矢が15、ナイフが1本50で100だから、1215だな。ただまぁ、面白ぇもん見せてもらったからな。1000でいいわい」
ニヤリとしながらヴィクトルが言う。
「そりゃ助かるが……。いいのか? あまり相場は詳しく無いが、そもそもかなり安いんじゃないのか?」
「そうだね。この品質の物を他の店で買うと、最低でも1500以上だと思うよ」
「がっはっは、いいんだよ。他の客で十分儲けは出とる。お前らみたいな面白い奴には、長生きしてもらわんとな。その代わり珍しい素材が手に入ったら持ってきてくれ。ワシはそれでまた武器が作れりゃ満足だわい」
「変わったおっさんだなぁ。でも分かった。出世払いみたいなもんだと思っとく」
「出世するまで死ぬなよ? あと、時々メンテナンスに持ってこい。その方が長持ちするし、買い替え時期も教えてやれるわい」
「分かった。その時はまたよろしく頼むわ」
「おう。また来い。さて、そろそろ店を開けるか。ジャンたちもまたな。面白いヤツを紹介してくれてありがたいわい」
がっはっはと笑いながら店を再開させるヴィクトルに代金を支払い、一行は店を後にした。
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