第41話 ドワーフの鍛冶屋ヴィクトル

「ぐっ!?」

 ヴィクトルの差し出した手を握り返した瞬間、太一の顔が歪む。慌ててヴィクトルの顔を見るが、ヴィクトルは笑ったままだ。

 それを見た太一は、一瞬呆れた顔をした後ニヤリと笑い返す。


「むっ?」

 その瞬間、今度はヴィクトルの顔が驚きに染まり、太一の顔を見る。

 そのまま10秒ほど、握手をしたまま固まっていた2人だったが、ヴィクトルの方から大笑いしながら手を離した。

 

「がっはっはっは、面白い小僧だ。すまんかった、許してくれ」

「全く、とんでもないおっさんだな……」

 赤くなった右手をプラプラさせながら太一が呟くと、さらに楽しそうにヴィクトルが笑う。

「ぐわっはっはっは! お前さんこそとんでもないわい。ドワーフの握手を真っ向から受けて平気な顔をしとる。そっちの嬢ちゃんも、気付いていながら止めようともせん。ジャン、確かにこいつは将来有望だわい!」

「全く……、大人気ないことするのは止めてくださいよ。タイチもごめんね。」

 大きな溜め息と共にジャンが太一に謝る。

「がっはっは、すまんすまん。で今日はなんだ? この二人の武器か?」

 

「ええ。2人とも今日冒険者デビューするんです。で、素養があるのはヴィクトルも分かったと思いますが、ちょっと訳ありでして」

「訳あり?」

「はい。サブマスに呼ばれてギルマスとも話した、と言えば分かりますかね?」

「はぁぁっ?! あの研究バカはまだしも、若作りのババアのほうまで出てくるたぁよっぽどだな、おい」

「「ぶっ!!!」」

 ヨナーシェスとツェツェーリエに対するあまりの物言いに思わず太一と文乃が噴き出す。


「……そんな事言ってるとまたドヤされますよ? で、まぁそんな訳なんで、口が堅くて信用できるヴィクトルにお願いに来たんです」

「ほーん、なるほどなぁ。つっても今日デビューだろ? ひとまずは“使えるレベル”でいいのか?」

「ええ。予算もそれほど無いですし」

「心配せんでもええわい。ひよっ子から巻き上げるような商売はしとらん。おし、じゃあまずは小僧のほうだな。お前さん得物は何にするつもりだ?」

「あー、これと決めたものは無いけど、ひとまず剣を試そうかな、と」

「ほむ。剣か……」

 そう呟いたヴィクトルは、太一の周りを一周しながら真剣な目つきで体つきを観察すると、カウンターの裏から一振りの剣を持ってくる。

 刃渡り1mほどのそれは、何の装飾も無い無骨な剣だった。

 

「ほれ、ちょっとこいつを握って構えてみろ。あーいや、裏庭で見た方が良さそうか。店を閉めてくるからちょっと待っとれ」

「え? 店を閉めて大丈夫なのか?」

「かまやせん。あの若作りババア絡みだ、あまり人目に付かん方がええわい」

 言うが早いか、ヴィクトルは“臨時休業”の札を出し、入り口の扉に鍵を掛け、裏口の方へスタスタと一人で歩いて行ってしまう。

「ほれ。はよせんか!」

 呆然と見送っていると裏からヴィクトルの急かす声が聞こえてきたので、慌てて全員で後を追いかけた。

 

 裏口から出た先は、10m四方ほどの広さの裏庭で、周りはレンガ造りの建物の壁で囲まれている。

 綺麗に整地されたそこは、片隅に小さな倉庫のような建物が建っている以外特に何もない。


「ここなら人目も無い。ちょっと狭いが剣も振れるしの。ほれ、構えてみろ」

 そう言うとヴィクトルは、先ほど取り出した無骨な剣を太一に渡す。

「構えろって言われてもなぁ……」

 いきなり構えろと言われた太一は戸惑いながらも、祖父の道場でかつて学んでいた剣術の構えをとった。


 いわゆる中段の構えで、右足前でやや半身になりながら、両手で持った剣を左腰の上辺りでやや斜めに構える。

 確か道場では青岸の構えと呼んでいたな、とか、刀身で身を隠すのが大切だと爺様が言ってたな、などと当時を思い出しつつ少し足を運んでみる。

 小さい頃から祖父がやっていた道場に通っていた太一だったが、大好きな祖父に相手をしてもらうのが目的で、剣術をそこまで真剣にやっていた訳ではない。

 しかし遊び半分とは言え高校卒業まで習っていた事だ。ある程度体が覚えており、自身が思っていた以上には動けている気がした。

 (身体能力向上のおかげもありそうだな)と分析しながら、ゆっくりと足運びを確認していく。

 

「ほう。あまり見ん構えだな」

「ええ。両手持ちで盾は使わないのかな?」

「足運びも独特だな」

 ヴィクトル、ジャン、ファビオが真剣な目で太一の構えを見ながら、揃って不思議だという感想を口にするが当然だろう。


 ジャンやファビオはもちろん冒険者で、ヴィクトルの主な商売相手も冒険者だ。

 冒険者の相手は主に魔物や野獣なので、その戦い方も自然とそれ相手のものになっていく。

 対して太一が学んでいた剣術は、対人に特化したものだ。実戦向けの剣術であることに違いは無いが、対象が異なるため、戦い方が違うのは当然だろう。

 

「おい、今度は剣を振ってみてくれ」

 2分ほど足運びを見たあと、ヴィクトルからそう声がかかる。太一は軽く頷くと、今度は素振りを始めた。

 ゆっくりとした素振りだが、太一が剣を振る度にブンという音が聞こえてくる。

 そして数度剣を振った太一は、内心で困惑していた。


 (思ったより振りやすい。と言うか軽いのか?)

 剣や刀は、見た目より重たい。鉄の塊なのだから当然なのだが、一見細身に見える刀を初めて握るとその重さに驚く人が大半だろう。

 太一も道場で初めて真剣を握らせてもらった時には、その重さに驚いたものだ。

 ヴィクトルから渡された剣は、どう見てもその刀より長く分厚いため、相当の重さを覚悟していた太一だったが、実際に振ってみるとそんなことは無かった。

(これも身体能力向上のおかげかね? あと、剣の重心も関係してそうな気もするな)


「振り方も変わっとるな」

「必ず頭上辺りに振り上げてから振り下ろしてるね。何か意味のある動きなのかな?」

「多少おっかなびっくりなところはあるが、振り自体は鋭いし腰も入ってる。ある程度以上に鍛錬した事がある奴の動きだ」

 素振りを見る男3人の目は、引き続き真剣だ。

 そのまま3分ほど素振りを続けたところで、太一は構えを解き大きく息を吐く。

 

「ふーーっ、こんなもんでいいか? 久々に振ったから疲れたわ」

 額の汗を腕で拭いながら、離れたところで見ていたヴィクトルたちの方へ歩いていく。

「おう、ご苦労さん。新人だっつうからどんなもんかと思っとったが、中々振れとったな。どうだ、その剣は?」

「思ったより振りやすいと言うか軽く感じた、かな?」

「そうだろうの。肉のつき方とさっきの握手で大体の力は分かっとるから、それに合った剣を選んでやったわい。まぁ最初だし細かい調整はいらんだろ。そいつは素振り用だから、後で本物を出してやるわい」

「ありがとうございます」

「おう。次は嬢ちゃんだな。嬢ちゃんも剣か?」


「いえ、私は弓を使うつもりです」

「ほむ、弓と来たか。その言い方だと経験はある感じか?」

「はい。多少ですが……」

「分かった。ちょっと待っとれ。おいジャン!物入から的を出しといてくれ!!」

「りょーかい」

「手伝うぜ」

 ヴィクトルは店のほうに戻っていき、頼み事をされたジャンはファビオと共に片隅にある倉庫へと向かう。

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