4章:冒険者稼業
第40話 冒険者、始めました
翌朝太一は、朝一の鐘の音で目を覚ます。
昨夜ファビオたちから聞いたのだが、この街では大鐘楼の鐘の音で時間を知るのが常識なようだ。
朝、午前、昼、午後、夕方、夜の6回、それぞれ音色の違う鐘が時を知らせている。
1日が22時間のため、地球時間そのままの感覚からはややずれるが、それぞれ5時頃、8時頃、11時頃、14時頃、17時頃、21時頃の6回だ。
先ほどの鐘は朝の鐘、通称一の鐘と呼ばれている鐘なので朝の5時頃に起きたことになる。
地球基準で考えるとかなりの早起きだが、照明器具が当たり前になっていないエリシウムでは、明るくなったら行動を開始するのが当たり前だ。
簡単に身だしなみを整えて食堂へ下りていくと、泊まり客の半分以上がすでに朝食を摂っていた。
「おはよう、文乃さん。早いね」
その中に文乃を見つけると、挨拶をしながら向かいの席へ座る。
「おはよう。私もついさっき起きたとこよ。伊藤さんこそ早いじゃない」
「昨日はそこそこ早めに寝たし、ファビオたちを待たせるのは悪いからさ」
文乃も挨拶を返し雑談をしていると、テレーゼが朝食の載ったお盆を片手にやってきた。
「ああ、おはようさん。タイチも起きたんだね。ほら、朝食だよ。パンとミルクのお代わりは1回までだよ」
「テレーゼさんおはようございます。美味しそうな朝食ですね。いただきます」
「ああ、良く噛んで食べるんだよ」
太一の言葉に笑顔を浮かべながらテレーゼは厨房へ戻っていく。
運ばれてきた朝食は、サラダと炒めた卵、チーズに黒パン、ミルクとリンゴが半分というメニューで中々のボリュームだ。
早速太一もミルクを一口飲み、サラダから食べ始める。
サラダを食べ終える頃には、ファビオも起きて来て太一達のテーブルに座る。
「よぉ、タイチもアヤノも早いな。昨日はちゃんと寝れたのか?」
「ああ、しっかり寝たから大丈夫だ。今日はよろしく頼む」
「眠れたなら良かった。二の鐘が鳴る前にはジャン達も来るはずだから、朝飯食ったら着替えてのんびりしててくれ」
言葉を交わすうちにファビオの朝食が運ばれてきたので、あらためて三人は雑談しながら朝食をとった。
3人ともパンとミルクをお代わりしつつ朝食を食べ終えると、太一と文乃の二人は着替えるため一旦自室に戻る。
とは言え、冒険者用の装備など持っていないので、ベティーナに選んでもらった動きやすい方の服に着替えただけだが。
着替えて戻って来た2人が再びファビオと話をしていると、30分ほどでジャン達3人がやってきた。
「やあ、おはよう。2人とも朝は弱くなさそうで良かったよ」
「うーーい、おはよーーー」
「…………」
爽やかに挨拶をしてくるジャンと比べて、女性陣二人は顔色が優れない。ナタリアに至ってはまだ半分寝ている状態だ。
2人を見て何とも言えない顔をしている太一と文乃に気付き、ジャンが説明をする。
「アンナは宿に戻ってからも飲んでてね……。まぁ二日酔いみたいなものだから。ナタリアは朝はいつもこんな感じなんだ。2人とももう少ししたら調子が出てくるから心配しないで」
大丈夫かと心配になる太一と文乃だったが、そんな状態ながら装備はしっかり身に着けている二人を見て、ひとまずは大丈夫と判断する。
「さて、昨日話した通りまずは買い出しだね。2人とも予算はどれくらい?」
「武器やら防具やらの相場が分からんから、何とも言えないんだよなぁ……。文乃さんどう思う?」
「そうね……、金貨一枚は手元に残しておきたい所だけど……。ねぇジャン、初心者向けの常設討伐依頼の報酬っていくらなの?」
「一番安全なキラーラビットが、素材買取まで含めて1匹20ディル前後、定番のゴブリンは1匹25ディルってとこだね。ちなみに採取系の定番は薬草採取で10束30ディルかな」
「相場はそれくらいなのね……。ちなみにジャン達なら一人でゴブリンは倒せるのかしら?」
「そうだねぇ、3匹くらいまでなら同時に相手してもまず負けないかな。ナタリアは魔法がメインだから、不意打ちされると逃げる事になるかもしれないけどね。魔法は強力だけど、使うのには集中する必要があるから、ちょっと不意打ちに弱いんだ」
「なるほど……。私達も1対1なら勝てると仮定、1日1人4匹狩って100ディルだから、宿泊費を考えるとそれ位が最低ノルマでしょ。でも3日に1日くらいは休みたいからもう少し稼がないと駄目で……。うん、兄さんやっぱり金貨一枚は最低限残さないと、あっという間に宿無しになりそうよ」
ジャンの話を聞いて、何やらぶつぶつと呟きながら試算していた文乃が結論を述べる。
「宿無しは嫌だなぁ。そうなると大体2500ディルくらいが予算上限かな」
「キャンプ道具は買わないし、2500あればまぁ2人分揃えられると思うよ。ちなみにタイチは武器は何を使う予定? アヤノは弓って話だったけど」
「少しだけ剣術をかじったことがあるから、剣かなぁ」
「剣なら種類も多いから大丈夫だね。弓もスタンダードだから大丈夫。珍しい武器だと種類も少ないし、値段もその分高くなっちゃうからね」
「まぁ需要の少ないものは高くなるわなぁ」
「そういうことだね。よし、じゃあまず武器を見に行こうか。防具は実際に使う武器を持った状態で合わせたほうが良いしね」
「なるほど、勉強になるな。ジャン先生、よろしくお願いします」
「はっはっは、任されたよ。さ、行こうか」
買い物の方針を決めた一行は、ジャンの案内で冒険街へと歩いていくのだが、ギルドに登録へ来た時と比べると非常に人通りが多い。
「やっぱり朝は依頼を受けに行くから人が多いのね」
「それもあるし、暗い時間の探索は危険だからね。何日もかかる依頼も、夜は帰れるなら帰って、明るくなってからまた続きをやるのが一般的だね」
人が多いことで少々歩きづらくなった通りを15分ほど歩くと、剣と斧がクロスした看板が下がった店の前でジャンが足を止める。
「さぁ着いた。ここは僕らがずっとお世話になってる武器屋、いや武器鍛冶屋かな。質と金額のバランスがいいんだ」
そう言って店の扉を開け中へ入っていく。
「らっしゃい……なんだジャンか」
「なんだとは随分だね、ヴィクトル。せっかく将来有望な若手のお客を二人も連れてきたのに」
奥から出てきたのは、立派なひげを蓄えた浅黒い肌の一人の男だった。
背は文乃よりもさらに頭一つ分ほど低いが、丸太のような腕をはじめ全身筋肉の塊のようだ。
「ほう、お前さんが人を連れてくるとは珍しい」
「初めまして。タイチと言います。こっちは妹のアヤノ」
「アヤノです。はじめまして」
太一は“多分ドワーフだよな”と思いながらも、違ったらややこしい話になるので聞くことはせず、大人しく挨拶をする。
「おう、ワシはヴィクトル。見てのとおりドワーフで鍛冶屋をやっとる」
ヴィクトルは低い声でそう答えると、太一に右手を差し出した。
“やっぱりドワーフだった!”と内心思いながら、差し出された手を右手で握る。
「あっ」
それを見たジャンが小さく声を漏らすと、ヴィクトルがニヤリと笑いながら右手を握り返した。
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