第37話 加護についての考察

 黒猫のスプーン亭に戻って部屋に荷物を置くと、太一と文乃は夕飯までの時間を使って加護についての擦り合わせを行っていた。

 太一の部屋で太一はベッドに腰かけ、文乃は椅子に腰かけノートPCを開いている。

 あまり使ってはいないが、そろそろバッテリーの残量が50%を切るので、早めにソーラー充電が出来るか確認が必要そうだ。

 

「さて、まず神様の名前だ。俺はアメノフトダマノミコトで文乃さんがヒコホホデミノミコトだっけ? 俺は別に神道の信者って訳じゃないから、なんでこの神様なのか良く分からんのだけど、文乃さんのほうはどう?」

「私も神道信者では無いけど、何となく予想はついてるわ」

「お?そうなんだ」


「ええ。私の加護のヒコホホデミノミコト、一般的には山幸彦って言ったほうが有名かしらね。これ、九州のほうで祀ってる神社が多いのよ。で、先月有給とって九州旅行に行ってきたんだけど、その時に行った鹿児島神宮が祀ってるのがこの山幸彦と奥さんの豊玉姫なの。主祭として祀ってる所が少ない神様だから、覚えてたのよね。

で、その後今日に至るまでどこの神社にもお参りしていないから、一番最後に参拝した神社とかお寺の神様の加護を得られるんじゃないかしら? 元々、何かしらの敬虔な信者だったりしたら話は違うかもしれないけど」

 

「なるほどなぁ。それは十分あり得そうだ。そうなると俺はアメノフトダマノミコトなんだけど……、確か天岩戸の話に出てきた神様だっけ?」

「そうね。岩戸の前でアメノコヤネノミコトと一緒に占いをしたことが有名かしら。その時に使った勾玉とかしめ縄とかもこの神様が作ったもので、神具とか殖産興業のご利益もあるって言われてるわね」


「さすが詳しいね……。正直それが祀られてると知って神社に参拝したことは無いなぁ」

「何のご利益がある神社か、くらいは調べても、どの神様が祀られている神社か、まで気にする人は多くないもの。直近でお参りした神社が、たまたまそうだったって思っておけばいいんじゃない? 知った所で加護を下さる神様が変わることも無いでしょうし」

「まぁね。多分直近お参りしたとこって言うと、少し前に名古屋の実家に帰った時、近所の日置神社ってとこに行ったからそこなんだろうね」

「きっとそうね」

 

 太一は知らないが、日置神社の主祭神はまさにアメノフトダマノミコトであった。

 ちなみにこの日置神社は、織田信長が桶狭間の戦いの際に勝利祈願し、敦盛を舞ったという言い伝えのある神社で、神社仏閣好きや歴史好きの間では、そこそこ有名な神社である。

 

 閑話休題。

 

 なぜその神様が加護を授けてくれたかの追及はそこそこに、2人は次の擦り合わせへと話を進めていく。

「じゃあ次。まぁこれも軽く確認って感じだけど、加護で得られたスキルはその神様の特性が明確に反映されてるな。俺の場合、さっきの文乃さんの話を聞く限り占いの神様みたいだから、そのまま“占術”だもん」

「私のほうもそうね。山幸彦は山の神、狩猟の神で弓の名手だから、弓が上手くなるスキルは納得よ。ただ、さっきは言わなかったもう一つのスキルは、ちょっと毛色が違うの」


「そうなんだ。俺のほうは、もう一つも占術だよ。見えるものが違うけど」

「伊藤さんのほうはそういう感じなのね……私のほうは“|神の理(カウンター)”と言うスキルなの」

「そりゃまたチート臭い名前だなぁ」

「自身に対して行われた、自身に害を及ぼす事象を反射する付与だから、強力と言えば強力よね。もっとも成功率とか継続時間があるから、最初から何でも跳ね返すって訳では無くて、熟練度を上げて強化するみたい。で話を戻すと、一つ目の弓とは全然関係ない、でも山幸彦の逸話とは関連があるスキルなのよ」

 

「山幸彦の逸話って言うと海幸山幸かい?」

「ええ。詳しくは端折るけどあの話は、兄である海幸彦に弟の山幸彦が仕返しをして従える話なのよ。まぁそもそもの原因は山幸彦の我がままだったりするから、ちょっとモヤモヤはするんだけど……。

で、仕返しをする、やり返すってところをスキル化したものなんじゃないかと思ってるの。そう考えると、今後もし加護の力が成長して、他のスキルが使えるようになったり、今のスキルが強化されたりするなら、最初からあるスキルとは別系統のものが使えるようになる可能性も高いんじゃないかしら」


「なるほどな。俺のスキルだけで見ると一つの系統だけって結論付けちゃうとこだけど、文乃さんのスキルも踏まえると複数の系統が使えるようになる場合があるってのは間違いなさそうだ。後、そもそも複数のスキルが使えるってのが普通なのかどうかと、何個くらい使えるようになる可能性があるか、だなぁ」

「そうね。今回伊藤さんがスキルを一つしか公開しなかったのって、複数スキルがあることを話すのがリスクだと思ったからでしょ?」

「ああ。ベティのスキルが、聞いた範囲だと一つだけだったからな。念のため、ね……。あ、俺の二つ目のスキルがやばそうなのも理由の一つだけどね」

 

「そんなに? 一つ目のでも十分やばそうなスキルだったのに? どんなスキルだったの?」

「天気予報。いや天気予知か」

「天気予報? そんなの毎朝のニュースで当たり前にやってたじゃ……え? 予知? それってひょっとして100%当たる天気予報ってことじゃないでしょうね?」

「大正解。一定期間内の天気を“正確に”予知できるんだと」


「それはヤバイわね……。天気予報が一般的になる前の気象情報って、地図情報と並んで重要な軍事機密だし、それが100%分かるとなると、本来神頼みな気象を確定情報として戦術に組み込めるってことでしょ?」

「うん。ヤバいでしょ? 戦争での利用はもちろんだけどさ、他にも色々とヤバイ使い方が出来る。例えば、農作物やら漁業やらの収穫量予測に使えるから、ほぼ負けない先物取引が出来るし、もっと単純かつ直接的に予言者みたいに振舞えば、新興宗教の教祖の真似事だって出来る。こんなのが知られたら、利用しようとする奴なんてごまんといるわな」


「でしょうね……。善悪関係なく大人気よ」

「そういうこと。なので、今後も余程信用のおける人物以外には、スキルは一つで通そうと思うんだけど、どう?」

「異議無しよ」

「了解。まぁ、今の状態ではきっと大した予知は出来ないと思うけどね。文乃さんのカウンターと一緒で予知できる期間や粒度は熟練度次第だってさ。当面、大規模な災害レベルのものが分かれば御の字かな」

「お互い、しばらくはスキルに慣れつつ熟練度を上げることを優先させたほうが良いわね」


「うん。お金を稼ぐ方法と並行して、加護の検証が最優先かな。あ、ベティにはある程度話そうと思ってる。ひょっとしたら複数スキル持ちかもしれないし、熟練度ありのスキルを持ってるかもしれないから、勉強になることが多いと思わないかい?」

「そうね。信頼できる人みたいだし、良いんじゃないかしら」

「じゃあ加護の話は一旦この辺で。そろそろ夕飯だろうから、夕飯の後は金儲けの話でもしますか」

「あとは、ファビオのパーティに後ろ盾になってもらう件も進めないと」

 2人は加護についての共有と方針に一旦の区切りをつけると、次の議題に移ることなく、夕飯を摂るため階下へと下りて行った。

 

 一階にある食堂まで下りると、ファビオが戻って来ており、3名の男女とテーブルを囲んで談笑しているようだった。

 下りてきた太一達に気が付き、手を振って声を掛けてくる。


「よぉ、タイチ。待ってたぜ」

「随分早かったな、ファビオ」

「まぁな。話に行ったら、リーダーだけじゃなくて全員いたから話が早かったぜ。で、お前らの話をしたら、すぐ会わせろって煩くてな。申し訳無いが夕飯食いながら話をしてもかまわないか?」

「もちろん。話が早いのはありがたいからな」

「すまんな。じゃあ早速ウチのメンバーを紹介するぜ」

 

「僕は|運河の星(ステラカナル)リーダーのジャン。C級の重戦士をやっているよ。話はファビオから聞いたよ。有能な新人とお近づきになれるのはありがたいからね。大歓迎だよ」

 最初にそう名乗ったのは、ジャンと言う丁寧な言葉遣いが印象的な若者だった。

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