第33話 二人の能力値

 案内された部屋は、シンプルな作りで窓は無く、やや長い机がコの字型に置かれ、そこに椅子が並べられている。それを見て太一が呟く。

「会議室?」

「ええ。軽い防音の魔法も付与されています」

「防音室?そんな重要な話なのか?」

 防音の魔法と聞いて、ファビオがピクリと反応する。

「うーーん、あくまで念のため、です。この時間なんで人も少ないですし大丈夫だとは思いましたが、何か起きても面倒なので」

「面倒事になる可能性がある、ってことかぁ」

 渋い顔で唸る太一に、明るくクロエが切り出し始める。


「いえ、良いお話ではあるんですよ。今回お話しさせていただくのは、お二人の能力値についてです。最初に確認したいんですが、お二人は以前に冒険者とか傭兵をやっていたことは無いんですよね?」

「ああ。村で農業がメインだな。あと、狩りもしてたから森にも入ってた」

「そうですよね……。魔法を習ったことも無いですか?」

「無いなぁ。あ、村に偶に来るじーさんが、今考えると魔法使いだったみたいなんだけど、そのじーさんと瞑想みたいなのは偶にしてた。でも逆に言うとその程度だよ」

「了解です。では本題に入りますね。ずばり、お二人とも能力値が相当に高いんです」

 

「ほぅ。高い、ってのはどのくらいだ?」

 ファビオが目を細めて問い返す。

「驚いたことに平均Dです。Cが混ざっているので、D中位以上かと」

「なっ!?」

 クロエの答えに絶句するファビオ。対する太一と文乃の二人はピンと来ないので首を傾げている。


「ねぇ、CとかDってどういうこと? ランクの値と関係あるのかしら?」

「はい。ギルドにはこれまでの冒険者のランクと能力値の情報が大量に蓄積されています。なので、それぞれの冒険者ランクの能力値の平均値も分かるんです。そして私たちが確認できる数値は、実数ではなくてどのランクの平均値を超えているか、なんです。

例えば力が200あったとして、Fの平均が150、Eの平均が180、Dの平均が220だったとすると、その人の力はEを超えてD以下なのでDです。あくまで平均なんで、上にも下にも当然ブレはありますが、それほど大きな違和感は無いというのが現在の常識です」

「そうだな。俺もそこそこ長く冒険者をやってるが、素の能力値だけに限れば、数字と実力に大きな違和感は無い」

「それで、お二方の値の話に戻ります。先ほども申し上げた通り平均D以上です。つまり、能力値だけで言えばすでにお二人はD級かC級であってもおかしくない、という事なんです」

「うわぁ、それはまたご大層な評価だな。何一つ依頼こなしていないのに……」

「ちなみにお二人の能力値ランクはこうなっています」

 そう言ってクロエが1枚のメモを取り出す。

 

 ・タイチ

 力:D

 耐久:D

 敏捷:D

 器用:D

 精神:C

 知力:C

 生命:C

 魔力:B

 

 ・アヤノ

 力:E

 耐久:E

 敏捷:D

 器用:C

 精神:C

 知力:C

 生命:D

 魔力:B

 

「こいつは……。万遍無く高いが、魔法系、特に魔力が2人ともBというのは信じられんな」

「ちなみに、各ランクの分布ってどうなってるの?均等って事は無いと思うけど」

「正確な数値ではないですが、F級が4割強、Eが3割、Dが2割、Cが1割弱で、Bがその残り。SとAは指で数えられるレベルですね。この街に所属しているS級冒険者は2人、A級は6人です。ギルド本部がある王都でもこの人数ですが、それでもおそらく世界で一番多い街です」

「ちなみに俺はD級だ。だいたいD級まで来ると、一人前の冒険者として一目置かれるようになる。まぁ、7割がD級に上がれず辞めていく世界だから当然なんだが……。そんな俺でも、能力値の平均はあんたらより低い。一部勝ってるとこがあるってくらいだ」


「そうなんです。もっとも能力値自体は、お二人より高い方が3割は居るので別に問題ないのですが、それが新人だと言うのがちょっと……。3割しかいないD級以上の能力値を持った新人が現れた。しかも数日前ここに来たばかりだ。なんて噂が広まるとどうなると思います?」

「うわぁ、考えたくなくなってきたな……」

「強引な勧誘、で済めば御の字。強引に引き込もうとする輩も出て来かねない、ってとこかしら?」

「正解です。下手すると貴族も横槍を入れてきます」

「貴族……。面倒な匂いしかしないなぁ」


「はい。一応どこの国にも属さないのが冒険者なので、貴族の言う事を聞く義務も無いのです。ただ貴族が力を持っているのも事実なので、ややこしいと言うか、冒険者側からしたら不本意な話になるケースもありますね」

「なんだかなぁ……もう、冒険者辞めるか?」

 全てを投げ出したくなった太一がそう言うと、クロエが慌てて止める。


「ちょ、ちょっと待ってください!そんな面倒な事にはしないので!!辞めるとか言わないでください!!」

「えーー、だってさぁ……」

「お二人のような有望な新人なんて、それこそ何十年に一度ってレベルなんです!!初日に辞められた、何て言ったら私が殺されちゃいます!! ちょっと!ファビオさんも笑ってないで何とか言ってください!!!」

「くっくっく、いやぁあまりに必死だったんでな。まぁ、あんたらの置かれてる状況は分かったよな? そこで、俺の出番という訳だ」

 

 必死なクロエを見て、くつくつと笑いながらファビオが続ける。

「ファビオが呼ばれた理由?」

「そうだ。さっきクロエちゃんも言ったが、ぽっと出の新人だから問題になる。逆にぽっと出じゃなければ、問題の大半は解決される訳だ」

「そういうことか。すでに誰かの庇護下にあれば、そこと揉める覚悟が無いと手が出せない……」

「正解だ。さらに言えば、その庇護者に力があるのが理想だ」

「はい。そこでファビオさんなんです。正確にはファビオさん“たち”ですかね」

「たち?」

 どういうことかと太一と文乃が顔を見合わせる。


 クロエがファビオを見ると、ファビオが軽く頷き、クロエが再度口を開く。

「ファビオさんは、もちろんお一人でもD級なので頼りになります。しかし、ファビオさんの所属するパーティ“|運河の星(ステラカナル)”はC級パーティなんです」

「C級パーティってことは、少なくともC級のメンバーもいるってことか」

「ああ。ウチは4人パーティだが、Cが2人とDが2人だ」

「ここレンベックでもC級パーティは10しかありません。ちなみにB級は3つ、A級が1つなので、手を出せるような人はほとんどいません。ですので、お二人を一時的にでも良いのでファビオさんのパーティーに入れていただけないかと思いまして……」

 

「俺たちはかまわないけど。ただそれだとファビオたちに迷惑がかからないか? 文乃さんどう思う?」

「そうね。私たちにはリスクらしいリスクは無いけど、私たちが入るとファビオさんのパーティーランクがDに下がるんじゃない?」

「あ……」

「仮に飛び級でE級スタートできたとしてもDになるし、さすがにD級スタートは悪目立ちするから避けたいわ」

「そうですよね……」

 パーティーランクが下がることまでは考慮していなかったのか、しゅんとするクロエ。


「いや、別にパーティーに入らなくても、後援者と言うか先輩と後輩、みたいな関係じゃダメなのかい? それを公言してもらって、常に一緒に行動してるのを見せてれば、事実上一緒のパーティみたいなもんでしょ。それに、俺たちとファビオは運よく宿も同じだから、隙を突かれる可能性も少ない」

「ああ、それなら問題ないな。師弟関係の冒険者も結構いるし、ひとまず大丈夫なんじゃないか?」

「クロエさん、それでどう?」

「はい! それならファビオさんたちにも迷惑は掛かりませんし、大丈夫だと思います! ではファビオさん、このお話をリーダーのジャンさんに確認してもらえませんか?」


「ああ、任せろ」

「すまんな、ファビオ。何から何まで……」

「問題ないさ。それに、有能な新人とギルド公認で繋がりが持てるんだ。俺たちにもメリットはある」

「そう言ってもらえると気が楽になるな」

「私もこの後、上に状況を説明します。お手数ですがジャンさんに確認が出来たら、ファビオさんまたお願いします」

「了解だ」

「それでは本日はこのへ『コンコンコンッ』っと、はい、どちら様ですか??」

 方針が決まり、解散を告げようとするクロエの言葉を遮るように、会議室のドアがノックされた。

 

 クロエが首を傾げながら誰何をする。

「マリーです。サブマスターが、先ほどギルド登録されたお二人について急ぎのお話があるとのことです」

「分かったわ。すぐ行きます」

「お願いします」

「皆様すみません。少々席を外しますが、戻るまでこちらでお待ちいただけますか? 多分お二人の能力値のことだと思いますので、ついでに先ほどの話もしてきます」

「りょーかい。手間かけて悪いな。と言うか、どんなヤツが登録したのか裏で分かるようになってるのか」

「えぇ。サブマスター含め上層部は確認できるようになっています。それでは行ってきます」

 小走りで駆けていくクロエを見送り、太一と文乃が真剣な表情で目線を交わし頷く。

 

 それを見てファビオが少し心配そうな顔で話しかける。

「大丈夫、悪いようにはならないはずだ」

「そうだな。恩に着るよ」

 そのまま雑談をしていると、すぐにバタバタという足音と共にクロエが戻って来た。

 そして真剣な表情で告げる。


「あ、あのタイチさんとアヤノさん、至急サブマスターの執務室までお願いします。案内しますので」

「……分かった。2人一緒で良いのか?」

「はい。お2人一緒でとの事です。すみませんが、ファビオさんはもう少々こちらでお待ちください……」

「了解だ」

「それではご案内します」

 クロエの先導に従い会議室を出て、階段をさらに2フロア昇って4階へ上がる。

 廊下の突き当り、一番奥にある部屋の前で立ち止まると扉をノックした。


「クロエです。お二人をお連れしました」

「ああ悪いね。入ってもらいなさい」

 扉の向こうから、深みのある男の声が返って来た。

「私は同席できませんので、お二人ともお願いします。お話が終わったらお迎えに上がります」

「了解だ。では、失礼します」

 クロエに軽く頷き、太一がドアを開き二人で中へ入る。

 正面には窓があり、それを背にする形で大きな執務机が置かれており、椅子には初老の男が座っていた。

 

 男は、入って来た太一と文乃を見ると、柔らかい笑みを浮かべながら立ち上がり口を開いた。

「忙しい所をすまないね。そちらに掛けてくれないかな」

 身振りで部屋の中央にある応接セットを示しながら、男もゆっくり歩いてソファへ向かう。

 男が座るのを見てから、対面に太一と文乃も腰を下ろす。


「初めまして。サブギルドマスターをやっているヨナーシェスです。急にお呼び立てしてすみません」

 ヨナーシェスと名乗った男が柔和な表情のまま軽く頭を下げる。

「いえ、特に用事があった訳でもありませんので、大丈夫です。私は太一、こちらは義理の妹の文乃です」

「アヤノです。初めまして」

 太一と文乃も、軽く会釈をしながら自己紹介をする。


「これはご丁寧に。それでは早速お話をしましょう。お二人とも“加護”というものはご存じですよね?」

 ヨナーシェスの口から加護と言う単語が飛び出し、2人がピクリと反応する。

 太一は反応こそしたものの表情は変わらないが、文乃は少し困惑しているのか横目で太一の表情を確認している。

「本日は、その加護について、少々内密のお話をさせていただくためお呼びしました」

 ヨナーシェスの告げた内容に二人は無言で目線を合わせた後頷く。

 こうして、ヨナーシェスとの会談が幕を開けた。

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