第30話 冒険者ファビオ

 5分ほどで再び太一達が一階へ下りてきた。


「兄ちゃんら、今日はこの後どうするんだ?」

「そうですね、もう少し荷物があるのでそれを持ってきますが、その前に冒険者ギルドへ行こうと思ってます」

「ギルド? 依頼でも受けんのか?」

「依頼の前に、まずはギルド登録からですね」

「なんだ、兄ちゃんらまだギルド登録してなかったのか? 旅して来た、つってたから当然してるのかと思ってたぜ」

「いやぁ、なにぶん田舎だったので……」

「ギルド支部も無いたぁ、相当な田舎だなぁ、おい。だったら丁度いい。おいファビオ! どうせ暇だろおめぇ。兄ちゃんらをギルドに連れてってやりな!」

 あきれ顔でど田舎認定すると、食後お茶をしていたファビオに声をかける。


「どうせ暇って……、そりゃないぜおやっさん。まぁ予定が無いのは当たってるけど」

「ごめんね、ファビオ。ギルドまで案内してくれるだけでも助かるんだけど、お願い出来るかしら?」

 ちょっと泣きそうな顔で抗議するファビオに、文乃が申し訳なさそうに声をかける。

「あんたらにはリーゼちゃんを連れて来てもらった恩があるからな。問題無いさ」

「そうだぜ。それにコイツはこう見えてD級だからな。多少は頼りになるってもんだぜ」

「おやっさん、それは褒めんてのか貶してんのかどっちだい? まぁいいや。今から行くんだろ? 着替えてくるから少しだけ待っててくれ」

「悪いな、休みの時に」

 太一の謝意に、ファビオは階段を上りながら手をひらひらと振ることで問題無いと答え自室に戻る。

 

 宣言通り10分ほどで戻って来たファビオは、先ほどまでのラフな格好から冒険者としての装備一式を身に着けていた。

 ほとんどの装備が所々金属で補強された革で出来ており、革の部分は濃紺に染められているようだ。


「おまたせ」

「しっかり装備を着込んでいくんだな。ギルドってのはやっぱり危ない所なのか?」

 思いの外完全武装だったファビオを見て、太一の頬がやや引きつる。


「やっぱりってのが気になるが、別に危ないってことは無いな。商売柄、上品なヤツは少ないが……。この格好についてはまぁ、ナメられないようにってとこだ。俺一人ならいいんだが、あんたら含めて普段着3人で行くとちょっと目立つんでな」

「そんなもんか」

「ああ、そんなもんだ。ま、ギルド登録するだけなら大丈夫だろ。こんな時間だし。じゃ、おやっさんちょっと行ってくらぁ」

「おう、よろしくな」

「そいじゃタイチにアヤノ、行こうか。あ、登録料は大丈夫か?最初に小銀貨5枚必要なんだが?」

「ああ、さっきの釣りの大銀貨もあるし問題無い。二人分まとめて払っても良いんだろ?」

「もちろんOKだ。んじゃあ行くか」

 そう言いながら気軽な足取りで宿を出ていくファビオの後ろを、太一と文乃がついていく。

 

 宿を出た一行は、宿の前の脇道から大通りに出ると、まぼろし小路方面へと歩いていく。

「こっちはまぼろし小路方面か」

「なんだあんたら、一昨日着いたとか言ってたのに、もうまぼろし小路に行ってるのか!?」

「俺だけだがな。まぁ行きたくて行ったと言うより、連れて行かれた感じだが……」

 呆れ顔で言うファビオに、肩をすくめながら太一が答える。


「誰かに連れて行ってもらったんなら問題無いか。あそこは慣れた奴でも迷うことがあるからな、時間が無い時は近づかない方がいいぜ。今こっちに来てるのは、まぼろし小路とは関係無くて、この先に冒険者ギルドがあるからってだけだ」

「なるほど」

「その様子じゃ冒険者ギルドも初めてか? 普通はまぼろし小路より先に行くもんだがな……。そうすると冒険街に行くのも初めてか?」

「冒険街?」

「ああ、この先は冒険者ギルドもあるし大門もあるからな。街の外に出てく冒険者向けの店が自然と増えて冒険者向けのエリアになってるんだ。その通称が冒険街だな」

 なるほど、と答えつつ周りを見ていると、確かに冒険者風の格好をした人が増えてきていた。

 

 まぼろし小路の前を通り過ぎ、さらに10分ほど進むと広場に出た。

「ここが大門前広場だ。馬車の乗り場とか出入りを管理している詰所なんかがある。冒険者は大体ここで待ち合わせしてるな。ああ、ここを右側へ行くと大門だ」

 広場は昼下がりという事で、やや落ち着きを見せているが、それでも人は多い。

 店の類はほとんど無く、数人単位で待ち合わせをしたり持ち物や装備の確認をしている姿が目立つ。


「玄関口、って感じかしら? さすがに人が多いわね」

「そうだな。ただこれでも一番空いてる時間なんだがな。朝と夕方はこんなもんじゃない。で、左側へ行くと冒険者ギルドがある大広場だ。活気って言うならこっちの方があるぜ?」

 そう言うファビオに先導され、大門とは逆側、広場から北に伸びる坂道を上がっていく。

 

 15分ほど緩やかな坂を上っていくと、急に視界が開け大きな広場へと出た。

 中心は様々な露店が軒を連ね市のようになっており、広場を取り囲むように高さのある建物が立ち並んでいる。

 露店からも店からも、そこかしこから客引きの声が絶え間なく聞こえてくる。


「これは……。熱気が凄いわね」

 思わず感嘆の声を漏らす文乃に、笑みを浮かべながらファビオが答える。

「さっきも言ったが、これで一番空いてる時間だ」

「それはまた……。うん、この時間に来て正解ね」

「じゃあ迷子にならないうちに、さっさとギルドに行くか」

 そう言ってファビオは、広場の奥、北側へと向かって歩き始める。

 足が向かう先には、大きな建物が多い広場の中でも一際大きな建物があった。

 広場の円周の1/16程度を占めていそうな幅があり、高さも5階以上はあるだろうか。さらに中心には塔のようなものも立っている。

「ここだ」

 ファビオは短くそう告げて足を止めた。

 

 目の前までやって来ると、さらにその建物の大きさに圧倒される。

 入り口は複数あり、脇には衛兵だろうか揃いの鎧に身を包み槍を持った人が立ってる。

「こりゃまた立派な建物だな……」

「だろ? エリシウムの中でも一番デカいギルドって話だ」

「へぇ。何か理由でもあるのムグっ?」

 建物の大きさに圧倒されながら何気なく太一が聞き返すと、慌ててその口をファビオが押さえ、周りを素早く窺う。


「おまえなぁ……。ここで二度とそんなこと言うなよ? レンベックを興した初代の王様が、冒険者ギルドを作った初代ギルド長なんだよ。つまりここレンベックは、冒険者ギルド発祥の地、総本山だ。この街の連中、特に地元の冒険者はそれを誇りに思ってるからな。滅多な事言うなよ??」

 口を押えられたままコクコクと頷く太一を見て、ため息交じりにファビオが手を放す。

 

「ぷは……ふぅ、なるほど、勉強になったよ。初代の王様って言うと、確かヘルムート王だったっけ? アヤノ」

 解放された太一が文乃へ話を振る。兄妹設定のため、名前は呼び捨てだ。

「そうね。魔王を倒してレンベックを起こした英雄王。お伽話の主人公だわ」

「なんだ、そっちの話は知ってるのか」

「ええ、村にあった絵本で読んだのよ。でもその絵本には国を興した所までしか書いていなかったわね」

「まぁ物語としちゃあそこで一区切りだから仕方が無いか」

「知らなかったとは言え、トラブルになる前に教えてもらえて助かったわ。ファビオ、ありがとうね」

「俺もトラブルは御免だからな。そいじゃ分かった所で行こうか」

 そう言ってからファビオは複数ある入り口の一つへ向かって歩き始める。

 それについて行きながら、文乃が太一へ耳打ちをした。


「しかし冒険者ギルドもヘルムート王が関わってたのね。伊藤さん、これって……」

「ああ、色々調べてみる価値はありそうだ」

 太一も短く答えると、ファビオについて行きながら改めて建物や衛兵を観察する。

 すると、入り口のドアや衛兵の鎧の胸元に揃いのマークが入っている事に気が付いた。

「あのマークが冒険者ギルドのマークか?」

 それ見て呟いた太一の言葉にファビオが反応する。


「マーク? ああ、ウィングサークルのことか」

「ウィングサークル?」

「そうだ。鳥の羽を円状に配置した、冒険者ギルドの紋章だな。自由と絆。鳥の羽が自由を表していて、それが円状になっていることで繋がりとか絆を表してる。冒険者ギルドの一番大切な理念だ」

「自由と絆か……。それも初代ギルドマスターが?」

「そう伝わってるな」

「なかなか良い理念だ。入るのが楽しみだよ」

 扉の前まで来ると、ファビオは扉の脇にいる衛兵に軽く手を上げる。顔見知りなのだろう、衛兵も笑顔で手に持った槍を軽く上げた。

 二言三言ファビオと会話すると、太一と文乃に笑顔を向け、扉を開けてくれた。


「ようこそ、冒険者ギルド総本部へ!」

「ありがとう」

「さすが総本部。立派な建物ね」

 2人も衛兵に笑顔で返し、冒険者ギルドの扉を潜っていった。

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