第25話 お土産
「はぁ、どんな服を着せられるのやら……」
「ふふふ。あんな楽しそうなベティーナは久しぶりだよ。ありがとね、タイチ」
「だから何もしてないんだけどなぁ」
「いいのいいの。あの子が嬉しかったんだからそれで良いんだよ。お礼はありがたく受け取ってあげておくれ」
不安の色を隠しきれない太一がそんな会話をしていると、奥から大量の服を抱えてベティーナが戻って来た。
「ひとまずこれくらいあれば最低限はOKかしらね?」
「いやいやいや、多過ぎ。何人で着るの、これ?」
「さっきも言ったでしょ。女の子にはオシャレをする義務があるのよ。これくらいは持ってないとダメよ」
「オシャレは別にいいけどさ、しばらくは物理的に無理なんだわ。仕事も、当面住む場所もこれから決めるんだから、物理的に身軽でいる必要がある。落ち着いたら本人連れてくるから、必要最低限以上はそれからにしてくれ」
「タイチ、あなた仕事してなかったの!? ちょっとエミリア、大丈夫?」
「まぁ、一昨日レンベックに来たばかりって話だからね、色々これからなのは仕方ないね。そういやまだ聞いてなかったけど、タイチはどんな仕事をするつもりなんだい?」
「これ、と決めたものがある訳じゃないかな。最終的には自分で商売をする予定だけど、何を売るかは色々調べてから決めるつもり。当面はやれることを色々やって、お金はもちろん経験と人脈を作ることになると思う。村にいた頃は狩りもやってたし、加護も調べたいから冒険者ギルドにも登録しないと駄目な事も分かった」
「なるほど。全く考え無しって訳じゃ無いんだね。冒険者ギルドへの登録もいい事だね。身分証にもなるし、自分の能力も分かるし」
「ただまぁ、この街で商売をするルールも何も知らないからなぁ。元々数日は、とにかく情報を集める予定だったんだよ。エミリアの店でも、腹ごしらえついでに軽く話を聞くだけのつもりだったのが、何故か気付いたらこうなってた」
「おや、それは悪いことをしたね……。なんかほっとけなくてね」
眉尻を下げながら申し訳なさそうに言うエミリアに、太一は手を顔の前で軽く振りながら笑顔で答える。
「いやいやいや、むしろ逆に感謝してるよ。結果的に他で色々聞かなくても良くなったってのもあるけど、何より何の基盤も無い状況から、頼りになる知り合いが出来たんだ。こんなありがたい話は無い。さっき会ったばっかだけど、2人、ラルフさんも入れて3人か。3人は信頼できる人だと思ってる。この街に来て最初に出来た知り合いがエミリア達だったのは、何よりの幸運だったよ」
そう言い切る太一に、エミリアとベティーナは互いに顔を見合わせ苦笑して肩をすくめる。
「やれやれ、アンタは天然なのかね。嬉しいことを言ってくれるよ、まったく」
「ホントね。アタシは救ってもらった恩もあるけど、それが無かったとしても仲良くしたくなってたと思うわ」
「はっはっは。美人2人に言われると悪い気はしないな。っと、いいかげん戻らないと妹に怒られるから、そろそろお暇させてもらうよ。ベティ、そういう訳だから今日の所は妹の2セットと俺のを1セットだけもらってく。また近いうちに本人連れてくるから、楽しみにしててくれ」
「分かったわ、仕方が無いわね。その代わり、必ず妹ちゃんを連れてきなさいよ」
「ああ、数日で落ち着くと思うから、必ず連れてくる。エミリアもありがとう。帰りに寄ってくから、土産の串焼きを包んでくれ」
「了解よ。ラルフが火の番をしてくれてるはずだから、すぐ渡せると思うわ」
「助かる。それじゃあベティ、またな。服、ホントに助かった」
「また来なさい。それまでに良いのをまた見繕っておいてあげる。エミリアも気をつけて帰ってね」
「ええ。またね、ベティーナ」
店の前で別れの挨拶を交わすと、太一とエミリアは陽が傾き始めたまぼろし小路を引き返し、エミリアの店へと足を向けた。
エミリアの店まで戻ってくると、店番をしていたラルフが気付き、ニヤニヤしながら声を掛けてきた。
「おう、お帰り。タイチ、ベティーナとは仲良くなれたか?」
タイチの替わりに、呆れた顔でエミリアが答える。
「仲良くなったなんてもんじゃないよ。タダで服を渡しただけじゃなくて、例の件まで初対面のタイチに全部話しちまうんだから。少なくとも、わたしが見てきた中では初めてだね」
「ホントかよ……」。何となくタイチはベティーナに気に入られそうな気はしてたけどよ、そこまでかぁ。まぁ問題無かったんなら良かったじゃねぇか」
「おかげさまで。色々想定外の事もあったけど、結果オーライかな。ラルフさんも長い時間店番ありがとう」
「いいってことよ」
太一とラルフが軽い会話をする横で、エミリアが手際よく土産の串焼きを焼いていく。
「ほらタイチ、お土産包んどいたよ。ウサギとオーク2本ずつだ。今日はもう店も閉めるし小銀貨1枚でいいよ。別にタダでも良いけど、それだとアンタ受け取らなさそうだし」
「良く分かってるな、エミリア。はい、小銀貨」
「毎度。さ、冷めないうちに持って帰って妹ちゃんに食べさせておやり」
「ああ。また近いうちに顔出すよ。ラルフさんも、次は一杯飲ませてもらうから!」
「おう、いつでも来な!」
「じゃあ、また!」
「気を付けて帰りなよ!」
別れの挨拶を交わし、雑踏へと消えていく太一の背中をエミリアとラルフが眺めていた。
「なんか、面白れぇ兄ちゃんだったな」
「ホント面白い子だよ。この街で仕事したいって言ってたから、これからが楽しみさ」
しみじみと、だが楽しそうに語る二人の声が、オレンジに染まり始めた街角に吸い込まれていった。
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