第21話 市場調査と言う名の買い食い
「にいちゃん、串焼きはどうだい? ウサギなら1本3ディル、鳥は10ディルだ!」
「串焼きのお供にエールはどうだい? 1杯3ディルだ!」
「お兄さん、お土産にリンゴはどうだい? 1個1ディル。5個買ってくれたら1個おまけするよ!」
(どうやらディルってのがお金の単位か。最小単位は銅貨か??)
これまで何となく買い物をしている人たちを見ていると、銅貨と銀貨のみで支払われており金貨は使われていない。
持っている貨幣が使えるかどうかと、1枚の価値を確かめるため、串焼きを売っている女性に声をかけようと目をやる。
20代後半だろうか。明るい茶色の髪をポニーテールにまとめて、手袋をはめた手で手際良く串を焼いていたが、太一が足を止めて見ているのに気が付くと、向こうから声をかけてきた。
「いらしゃい、お兄さん! 串焼きかい?」
「おねぇさん、ウサギは1本お幾ら?」
「ウサギは3ディル、オークなら5ディルだよ」
(おっと、オークと来たか!)
突然飛び出したファンタジーな種族名に内心ドキリとしつつ、顔には出さずにやり取りを続ける。
「じゃあウサギを2本と、オーク1本もらえるかな? 全部でえーーっと11ディルだから銀貨が……」
計算が苦手なふりをするため指を折りつつ、皮袋を覗いて思案する顔をしていると
「毎度! あはは、お兄さん計算は苦手かい? 11ディルだから銅貨なら11枚。小銀貨なら1枚と銅貨1枚だ!」
「はっはっは、いやぁ、お恥ずかしい。田舎から出て来て日が浅いから、どうもまだお金の計算に慣れてなくて……」
太一は頭をぽりぽりとかきながら、皮袋から小銀貨1枚と銅貨を1枚取り出す。
(銅貨1枚1ディル、でそれが10枚で小銀貨1枚か。こっちの大きいほうの銀貨はさらに10倍なのかね??)
「おや、そうなのかい? じゃあ今日の所は銅貨1枚はおまけしておいてあげるよ。その代わり、これからも贔屓にしておくれ!」
「えっ? ホントに? それはありがたいなぁ……。美人な上に親切なおねぇさんだ、もちろんこれからも寄らせてもらうよ」
「何だい、田舎から出てきたって割に口は中々上手いじゃないか。はいよ、ウサギ2本にオーク1本ね!」
太一の口から出た言葉にちょっとビックリしながらも、ほほ笑みながら店主が商品を渡してくれる。
「ありがと。じゃ小銀貨だからこっちかな。あ、ちなみにこっちのデカいほうの銀貨は100ディルでよかったっけ?」
「その通りだよ。その上は金貨だね。まぁ金貨なんて滅多に使うもんじゃないけど」
「なるほど。あー、せっかく焼きたてみたいだから、ここで食べていっても良いかい?」
「ああ、もちろん。他の客の邪魔にならなけりゃ問題無いよ」
「じゃあお言葉に甘えて、いただきます。…………うん、中々美味い」
店主の了解を得て、まずはウサギの串から頬張ってみる。
程よく火が通ったウサギ肉は、あまり臭みも無く程よい弾力があり、軽く効いた香辛料と所々付いた焦げ目が良いアクセントになっていた。
久しぶりに暖かい料理を食べた事もあり、あっという間に1本食べきると、すぐに2本目も食べてしまった。
「あはは、お兄さん、良い食べっぷりだねぇ! 男はこうじゃないとね!」
「いやいや、この串焼きホント美味いよ……。さてさて、オークの方はどうかな?」
軽くやり取りをしながら次はオーク串を食べてみる。
「お、こっちも中々。ウサギよりジューシーと言うか脂が多い感じか?」
「そうだね。この時期のウサギは割と淡白だけど、オークは年中脂が乗ってるよ。あの豚どもは年中繁殖期だから鬱陶しいけど、肉になっちまえば中々のもんさ」
「なるほどねぇ」
(あー、オークってやっぱりそういう扱いなのね……)
嫌そうな顔をして言う女店主に適当な相槌を打ちながら、オーク串もあっという間に胃の中に収める。
「ふぅ。美味しかった。ごっそさん!」
「毎度! 串はこっちで捨てとくよ」
「あ、そうだ。この串焼きって、お土産用に包むことって出来る?」
「ああ、フリームの葉っぱで良ければ包んであげるよ」
「ふりーむ?」
「何だ、知らないのかい? この葉っぱだよ。この辺じゃ食べ物を包むのに良く使うんだ。丈夫だし、何より元手も掛からないからね!」
「なるほどねぇ。ウチの地元でも葉っぱで包んでたけど、また違う種類の葉っぱだったよ」
「すぐに包むかい?」
「いや、まだちょっと行くところがあるから、また帰りに寄らせてもらうよ。って、そうか。おねぇさんに聞いてみりゃいいんだ……」
「??」
「いやね、俺は妹と一緒に最近田舎から出てきたんだけどさ、まともな服が無いから恥ずかしくて外に出たくないってゴネててさ。別に綺麗な服じゃなくても良いから、服を買ってきて欲しいって頼まれてるんだわ。でも、どこに売ってるかさっぱり分からなくて……。おねぇさん、どこかオススメのお店無いかな?」
「なるほどねぇ。妹思いの良いお兄ちゃんじゃないか。そうだねぇ……、予算はどの程度なんだい?」
「正直相場が良く分からない……。大銀貨一枚で上下揃えられたりする?」
「大銀貨一枚だと、古着になるね。でも、そこそこの古着が買えるはずだよ。古着でいいんだろ?」
「問題無いかな。新しいのが欲しいなら、自分で見て買ったほうが良いだろうし」
「分かった。ちょいと待ってな。昼の時間もお終いだし、連れてってあげるよ」
「えっ?いやいや、さすがにそこまで甘える訳には行かないよ。場所だけ教えてもらえればいいって!」
「遠慮するもんじゃないよ。それに、ちょっと分かりづらい場所にあるからね、説明するのも大変なんだよ」
「なんでぇエミリア、今度はそのにーちゃんに目ぇ付けたのか? ったく、ちょっと顔の良い男見つけると、すぐこれだよ」
太一が店主とそんなやり取りをしていると、様子を見ていた隣の店の店主がやれやれといった表情で声をかけてきた。
お酒をメインで売っているようで、大きな樽と瓶が店の奥に見える。
「うるさいよ、ラルフのおっちゃん! そんなんだから、いい年して独身なんだよ!」
「あ~っ!? んだとぉ? 俺は真実の愛ってのを探してるんだよ。あとな、俺に偉そうな事言えるほど、おめぇ若くないだろ、って痛っ! やめろっ、痛ぇだろがっ!」
「だ~~れ~~が若くないってぇ?? 串焼きにしちまおうかねぇ!!」
「いってぇ!! もう串差してんだろうがっ! 止めやがれっ!!」
「わぁ、仲が宜しいことで」
「「良くないっ!!」」
軽口を叩いたラルフと呼ばれた男が、エミリアに容赦なく串で刺されていく。
それを生暖かい目で見ていた太一の呟きを二人とも否定するのだが、見事なハモりのおかげで全く説得力が無い。
その後もしばらく続いた小競り合いは、どうやらエミリアの勝利に終わったようだ。
「分かった、俺が悪かったから、いい加減串で刺すのを止めやがれっ!」
「ふん、最初からそう言えばいいのよ。じゃあラルフ、ちょっとこの人連れて……ってそう言えばお兄さん、名前は何て言うんだい? あたしは聞いてのとおりエミリア、でこっちのおっさんはラルフね」
「俺はタイチ。ツェル村って言う小さな村から妹と出てきて、一昨日この街に付いたんだ。エミリアさんもラルフさんもよろしく」
「一昨日ってホント来たばっかじゃねぇかよ!? 俺はラルフだ。見てのとおり、このレンベック一(いち)イカした酒売りだ。これからよろしくな、タイチ」
「っ!! よ、よろしく!!」
(今確かにレンベックって言ったか!?ようやく街の名前が分かったけど、まさかレンベックだったとは……)
突然飛び出した街の名前に思わず声を上げそうになりつつも何とか堪え、差し出された手を太一が握り返す。
そんな太一を見て少し首を傾げながら、エミリアも笑顔で手を伸ばす。
「最近とは言ってたけど、一昨日だったのかい!? タイチ、あらためて御贔屓にしておくれよ」
「もちろん! こちらからもよろしく!」
「さて、それじゃあ古着屋へご案内だね。ラルフのおっちゃん、悪いけど少し店番頼んだよ」
太一と握手を交わしながら、エミリアがラルフに店番の依頼をする。
気軽にお願いしているところを見ると、普段からもこういったやりとりをしている良好な関係性が窺える。
「ラルフさん、すいませんがお願いします」
「おう、気にすんな。いつものこった。それにベティーナの店に連れてくつもりだろ?」
「ああ、あたしの知る限りじゃ、あの子の店が一番だからね」
「だったらなおさらだな。ここに来たばっかのヤツがすんなり辿り着けるとは思えねぇからな、あの店はよ」
「ええぇ、そんな難易度高い店なのか……」
「あっはっは、大丈夫だよ。ちょいと見た目が分かりづらいだけで、ここからすぐだよ」
心配する太一の背中をバシバシと叩き豪快に笑うエミリアに対して、それを眺めているラルフは何とも言えない表情だ。
「あ~~、まぁそうだな。うん、タイチなら問題ねぇだろ」
「え? 問題ある場合があるってこと??」
「大丈夫だって。さぁ、遅くならないうちにとっとと行くよ! おっちゃん後はよろしく!」
「え、ちょっとエミリアさん、待って待って!!」
なおも不安がる太一を一笑に付し、半ば引きずるように連れて行くエミリアを見て、ラルフが小さくため息をついた。
「逆に気に入られそうなんだよなぁ、アイツ……」
そのつぶやきが太一の耳に届くことは無く、雑踏へ消えていった。
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