第22話 エミリアとベティーナ

 はじめはエミリアに引きずられるように連れていかれた太一だったが、ほどなくしてエミリアと並んで歩いていた。


 しばらく大通りを歩き、当初太一が目的地にしていた広場が近づいてきた辺りで、1本の脇道へと入っていく。

 人二人が並ぶといっぱいになる程度の細い路地ではあるが、両サイドには店舗がびっしりと並んでいるのを見て太一は既視感を覚える。

(この感じ、どっかに似てるな。原宿じゃないし、下北かな?)

 等と考えていると、エミリアから声がかかった。


「この辺りは商業区の中でも冒険者エリアに近い古い地区でね、見てのとおり道が狭いんだよ。その代わり家賃が安いから、商売を始めたばかりの連中や広い店が要らない連中なんかに人気でね。いつの間にか店が入れ替わってたりして、全容を誰も把握できないから“まぼろし小路”なんて呼ばれてるんだよ」

「へぇ、まぼろし小路か。中々面白いところだね」

 (商業区に冒険者エリア、ね。やはりある程度ゾーニングされてるのか。で、やっぱりあったと言うかいるんだな、冒険者。要確認だなぁ)

 エミリアの説明に頷きつつ、新しい情報を頭の中で整理していく。

 

「だろ? ただまぁ道が狭い上に真っすぐじゃないし、意外にアップダウンもある。しかもさっき言ったように店が急に入れ替わるもんだから目印も少ない。だから、店の場所を説明するのが難しいのが最大の欠点なんだよ。そうそう出られなくなるなんて事は無いけど、慣れないうちはタイチも気を付けるんだよ」

「うん。ここは時間のある時にゆっくり探索しないと駄目そうだ。今も来た道を引き返すのが限界だよ」

 肩越しに親指で後ろを指しながら、軽く首を振って太一が答える。

「ま、その分掘り出し物なんかが見つかることも多いから、こっちしか利用しない連中もいるんだけどね。これから行く店も、そんな掘り出し物がある店さ」

 

 大通りからまぼろし小路に入り15分ほど。何度か曲がった所でエミリアが足を止める。

「ここさね」

 そう言って指さした先には、周りにある多くの店と同じ造りをした間口の小さな店舗があった。

 ぱっと見看板も出ておらず、家なのか店なのか非常に分かりづらいが、よく見ると濃い緑色のドアに小さなプレートが掛かっており、“ベティーナの店”と書かれていた。


「確かにこれは、聞いただけだと間違いなく見逃すなぁ……」

「だろ? さて、早速入ろうか。田舎から出てきたタイチにはちょっと刺激が強いかもしれないけどね」

 振り返って悪戯っぽく一つウィンクをすると、エミリアが入り口のドアを開けた。

 

 ちりん、と小さな鈴のような音がドアの上方から聞こえた。

「ベティーナ! いるかい? お客を連れてきたよ」

 奥に向かって大きな声で店主に声をかけるエミリアの肩越しに、太一は店内を覗き込む。

 両側に上下二段のポールが店の奥の方まで続き、ハンガーに掛けられた服がそこにびっしりと並んでいる様は壮観だ。

 間口は狭いが奥行はかなりあるようで、どれだけの数の服が掛かっているのか杳として知れない。


「これは……、壮観だな。まるで服の森だ」

「あら、中々おしゃれな表現じゃない。褒めてくれてありがとう」

 思わず感嘆の声を漏らした太一は、急に背後から声を掛けられ慌てて振り向く。

 するとそこには、深紅のドレスに身を包んだが嬉しそうに立っていた。

 

「いらっしゃいエミリア。良いお客さんを連れて来てくれてありがとう。そっちのお兄さんもいらっしゃい。ようこそベティーナの店へ」

「なんだいベティーナ、出かけてたのかい。鍵もかけずに不用心だね」

「ふふ、大丈夫よエミリア。アタシの店と知って盗みに入るようなおバカさんは、この街にはいないから」

「相変わらずだねぇ、アンタは。ほら、タイチ。びっくりしてないで挨拶しなさいな」

「あ、ああ。初めましてベティーナさん。俺はタイチ。妹の服が欲しいとエミリアさんに相談したら、良い店があるって連れてきてもらったところだ」

 突然声を掛けられ面食らったものの、しっかりとベティーナの目を見て挨拶しながら右手を差し出す。


「へぇ……タイチね。あなた凄いわ。あらためていらっしゃい、ベティーナよ」

 ベティーナは嬉しそうに目を細め、差し出された手をしっかり握り返した。

「ねぇエミリア、どこで見つけたのこの子? アタシと初対面でここまでしっかり挨拶できる子は初めてよ」

「いや、この反応はちょっとわたしも想定外だったねぇ……。タイチなら、取り乱すようなことは無いと思ったから、驚かせようとアンタの事は何も言わずに連れてきたんだけどね……」

「いやいやいや、いきなりだったからさすがに十分驚いてはいるよ。でもまぁ、それだけかな。服装なんてただの個性だし、よっぽど場違いじゃ無けりゃ自分が着たいものを着るのが一番だ。だいたい個性なんて主観だからね。合う合わないはあるけど、人に迷惑をかけなきゃ良いも悪いも無いと思う」

「タイチ、あなた……」

 驚いたと言いつつも、さほど驚いていない太一にエミリアは目を丸くする。

「あなた、この格好を見てタダの個性って本気で言ってるの??」

 当のベティーナも信じられないものを見たという顔だ。


「ベティーナさん、ちょっと突っ込んだことを言いますけど、気分を害したらスイマセン。ベティーナさんが、見た目の性別と心の性別の違いに違和感を感じているのか、男として女性の服装が好きなのか、それともそれ以外に理由があるのかは知らないけど……。

そうするだけの理由がベティーナさんにはあって、ベティーナさんにとってはその格好をするのが普通であり大切なわけでしょ? だったら別に、どんな格好してようが一人の普通の人間として俺は付き合うだけだよ。エミリアさんやラルフさんと同じように」

 太一は、特に気負うことなく当然という顔で言い切った。


「っく、……ぐす……」

 しばらくして、鼻をすするような音がしてくる。エミリアが目を向けると、両目から溢れる涙を流すベティーナがいた。

 

「ちょ、ちょっとベティーナ大丈夫??」

「うっ、ぐすっ、ごめん大丈夫よエミリア。悲しいんじゃなくてね、嬉しいの、ものすごく」

「嬉しい?」

「ええ。これまでもね、アンタやラルフみたいにアタシと普通に接してくれる人はもちろんいたし、アタシと似たような子とも仲良くしてきたわ。でもね、私のこの格好を初めて見て、それがアタシにとって快適で普通ならば普通の人として付き合うなんて言ってくれた人なんて初めてよ」

「ベティーナ……」


「そして何より嬉しかったのが、見た目の性別と心の性別の違いに違和感を感じているんじゃないか、って言われたことよ。自分でも、どうして男の格好をするのが嫌なのか、これまでずっと分からなかったの。それこそ呪いだとか病気なんじゃないかって、ずーーっと悩んでた。

でもそれって、心の性別が見た目の性別と違うからだったんだって、タイチに言われて初めて気が付いた。これまで感じてた違和感が初めて言葉になったことで、まるで生まれ変わったみたいにスッキリしてるわ。タイチ、本当にありがとう」

 

 21世紀の地球で暮らし、性的少数者に関する知識があるのはもちろん、そうした友人が身近にいた太一にとっては、初見で見た目のインパクトに驚きこそすれ、ベティーナも文字通り普通の人だった。

 しかし、セクシャルマイノリティに関する研究などされていないここエリシウムで、生き辛さをずっと味わってきたベティーナにとっては、太一の発した言葉は正に天啓に等しかった。


「うーーん、ホント大したこと言ってないんだから、大げさだよ。でもまぁ、それで少しでも役に立ったんならいいか。それよりベティーナさん、自分の店なんだし突っ立てないで入ったら??」

「ふふっ、そうね。妹さんの服を探してるって言ってたわね。いいわ、腕によりをかけて見繕ってあげる」

「そりゃありがたい。まぁ今日は本人がいないから、無難なところでお願い」

「そうそう、それがちょっと不思議だったのよね。女の子だもの、普通自分で選びたいはずなのに……。とりあえず今日はこれでお店は閉めちゃうから、中で話を聞きながら見繕うわ」


 両目を赤くしながらも心から嬉しそうなベティーナが、太一の背中を押しながら店の中へと入っていった。

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