第10話 読書タイム

 遺品の検分を終えて3時間ほど、二人は黙々と本や紙束に目を通していた。

 あらかた目を通し終えたと思われた時、

『ぐぅぅぅぅ~~』

 と太一の腹から平和な音が鳴る。

「ごめん、ごめん」

「……」

 恥ずかしそうに言う太一をジト目で見る文乃だが、その音を聞いて自分も空腹であることに気付く。

「まぁあらかた目を通したし、ちょうどお腹もすいてくる時間だからちょうど良かったわ。何か食べながらすり合わせでもしましょうか?」

 

 水に関しても問題無しとの結論が出たので、文乃もこちらの世界の食料を食べながらお互いが読んだ内容を共有していく。

 最初はこの世界の地理についての共有からだった。

 ここにあった地図だが、全て手書きと思われる物で、書いてある紙の状態や書いてある内容から想定される縮尺などから、新旧・地域ともにバラバラである事がうかがえる。

 どの程度の範囲を網羅しているか分からないため全体像を把握するのは難しく、ある程度把握できたのは、大陸が最低一つはあり、そこには複数の国がある事、その大陸における国の位置関係と大まかな地形、いくつかの国の主要な町の位置程度だ。

 他にも、随所に×印が書かれたメモ書きのような地図が結構な数あったものの、どこについて書かれたものなのかほとんど分からず仕舞いだった。


「とりあえず、でかそうな大陸が最低一つあるのは間違いないか。国もいくつかありそうだ」

「この名前の通りだとしたら王国が多いわね。後は帝国とか」

「封建制なのか絶対王政なのか……。あぁ立憲君主制って可能性もゼロじゃあないか。まぁ何にせよこれだけじゃ分からんな」

「そうね。ただ妙なトラブルに巻き込まれないよう、ある程度の身分制度がある前提で動いたほうが良さそうね」

「お貴族様の不興を買って処刑、とか勘弁して欲しいね」

「あとは地形ね。普通に海、山脈、大きな川や湖はあるし、大きな森とか砂漠、島もあるようね」

「一通りの地形はあるな。東西南北が分からないし、植生がどうなってるとか気候も分からんけど」

「そうね。あと、縮尺がどの程度正確なのか分からないけど、街というか人がいそうなエリアの割合がかなり低そうね」

「未開拓のエリアばっかにみえるわな。まぁ街が異常にデカいかもしれんが……。出た先が、せめて街であることを祈るか。欲を言えば地図に書いてあるとこだとありがたいなぁ」

「山の中とか深い森の中とかは確かに勘弁してもらいたいわね……。食料は定期的に補充してそうだから、街じゃなくても人がいるところだとは思うけど」

「よっし、地理についてはこんなもんか。これ以上はまた落ち着いてからだな」

「じゃあ次は召喚に関するものね」

 

 ひとしきり地理に関しての共有を終えると、次は召喚魔法に関する研究書や論文、伝承を伝える歴史書などを取り出す。

 全体的に古びたものが多いため、近年はあまり研究されていないのだろう。


「研究書と言っても、呼び出し方自体にはほとんど触れていないわね、どれも。精々、魔法陣が必要だとか生贄が必要だとか、その程度だわ。それにしたって、伝承の中にある内容から推察してるだけ。それと比べて、伝承や伝説は数が多いわね」

「一番古いと思われるのがこれかなぁ。1000年前にレンベックって国を興した王様だってさ。まぁこの本が書かれたのがいつか分からないから、最低1000年ってだけだけど」

「そういえば降神暦って暦が度々出てきてるわね。あ、今気づいたけど単位が普通に年ね……。これって普通なの?」

「呼び方自体は自動翻訳みたいなもんっぽいから、近い概念の年って俺らが認識してるだけなんだろうね。ただそれがどういう単位なのかは分からんな。年月日に該当するものがあるのか、例えば月は無くて年と日だけとか。逆に年の上のくくりがあって、何とかの10年とかって数え方の可能性もある」

「そうよね。考えたらそもそも10進法なのかどうかも分からないし……」

「おっさんの指の骨が俺たちと同じ片方5本で両手で10本だったから、数については10進法の可能性は高いとは思うよ。ただ単位系はなぁ……。地球でもヤード・ポンド法とか普通にあったし」


「面倒なものじゃないこと祈るしかないわね」

「何から何まで祈るしかないってのは、どうにも落ち着かんね。まぁ開き直るしかないかぁ。で、その降神暦って何年まで確認できる??」

「ちょっと待ってね。そこは気になってメモってたから……、これね。一番古いのが降神暦913年で、魔王が生まれたとかって書いてあったわね」

 

「魔王……。やっぱいるのかぁ魔王サマ」

「その後が降神暦1708年ね。あ、これがレンベックを興した王様の話ね。魔王を倒して国を興したそうよ」

「約800年か……。魔王サマ長生きなこって」

「で次が1955年。10年続いた世界的な大飢饉を救ったそうよ」

「これまたスケールがでかいな」

「その後も100~200年単位で、災害を未然に防いだとか魔法具に革命を起こしただとか、何人かそれっぽい人がいたみたい」


「最新は?」

「2200年前後ね。この時期に、数年違いの似たような伝承が複数集中してるの。ふたたび降臨して世界を恐怖で包んだ魔王を倒した勇者伝説……」

「レンベックが1000年前だと仮定すると、今が大体降神暦2700年だから、少なくともここ500年は目立った召喚は無いのか。そこまで古い記録しかないと、そりゃおっさんも一生かけて調べないとダメだわなぁ」


 これまでに複数の人が召喚されていたのは間違いが無さそうだったが、どの伝承にも帰ったと言う記述は無い。

 また、太一たちと同じように地球から召喚されたのかどうかもいまいちハッキリしない。


「分かってるのは何人かの名前と伝説として語り継がれてる功績くらいか……。レンベックの初代王様の名前はヘルムートか……。ドイツ人によくある名前っちゃあ名前だし、レンベックってのも何となくドイツっぽい語感だけど、これだけじゃなぁ」

「こっちの人の名前がどんな感じなのか分からないし、そもそも自動翻訳だからどこまで正確なのか……。人名は固有名詞だから、そのまま音を当てはめてる気はするけどね」

 

 他に何か手掛かりが無いか、あらためて召喚者の名前を見ていた太一の目が一人の名前で止まった。

「ユーリ、か……コレ何した人だっけ??」

「えーっと、これまでに無かった魔法具を数々生み出してエリシオルの文明に革命を起こした女傑で、魔法具の女王とか呼ばれてるみたい。トミー商会を興し初代会長を務め一代で世界最大の商会にのし上げた、らしいわ。珍しいパターンね、伝承の類じゃなくここまで足取りがはっきりしてるのは」

「トミー商会、ユーリ……。ユーリ・トミー、いやトミー・ユーリ。トミイ・ユウリ……」

「トミイユウリ。日本人っぽいわね……」

「ああ。ようやくちょっとした手掛かりが出来た。ここから出たら、行ってみるか。世界最大の商会だ、多分まだ存在してるはずだし、国に関係なく支店があってもおかしくない」

「短期目標に加えておくわ」

 

 その後もすり合わせを続けたものの、伝承に出てくる地名の一部が地図にあった地名と一致している事が分かった程度。

 これと言った手掛かりは見つからなかったため、研究書の検証はそこで打ち切られた。


「ひとまずこんな所ね」

「ほとんど何も分からなかったと思うか、少しでも手掛かりがあってラッキーと言うべきか。まあ収穫ゼロよりマシかぁ。っくぅぅ……本を読んでばかりってのも疲れるな」

 太一はぼやきながら小さく背伸びをして立ち上がると、首をコキコキと鳴らしながら続ける。

「あとは物語と読めないヤツだよね? ちょっと散歩がてら魔法陣調べてみない?」

「だいぶ時間を使っちゃったし、脱出の算段もつけないといけなから調べてみましょうか」

 そう言って文乃も立ち上がり、メモと1冊の本を片手に魔法陣のある部屋へ向かっていった。

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