第11話 魔法陣を分析

 階段を降りてやって来た魔法陣部屋は、半日前に来た時と何ら変わりは無く、直径2mほどの複雑な文字が描かれた魔法陣だけが静かに佇んでいた。


「当たり前だけど、特に変化は無いか」

「まぁね。でも逆に悪い変化も起きていないとも言えるわよ?」

「確かに。ところでソレ、何持ってきたの?」

 文乃が小脇に抱えている本が気になった太一が問いかけると、表紙を見せながら文乃が答える。

「ああ、コレ? どうも魔法陣の専門書っぽいのよね。ほら、文字は読めないけど絵とか図は分かるでしょ? ざっと眺めて、これが一番魔法陣らしき図が多かったから、何かの参考になるかと思って持ってきたのよ」

 なるほどね、と返事をしながら太一が手に持っていたペットボトルの水を飲み干す。


「さて、こいつが予想通り出口だとすると、まぁ中に入るんだろうな」

「転移装置みたいなものと考えるのが妥当ね」

「だろうね。ただいきなり入るのも怖いから、まずはコイツを……」

 そう言うと太一は、ほいっという掛け声とともに先ほど飲み干したペットボトルを魔法陣に投げ入れてみる。


 ……が、カランコロンと乾いた音を立てながら転がるのみで、特に何も起こらない。

「ふむ。ものを入れるだけでは何の反応もしないか……。仕方がない、入ってみるか」

「き、気を付けてね」

 心配そうな文乃に見守られつつ、恐る恐る魔法陣へと太一が歩みを進める。

 ギリギリのところまで歩いて一瞬逡巡するが、まずは一歩足を踏み入れるが何も起こらない。

 無言のまま、さらに歩みを進めて、ついに完全に魔法陣の中に入るが、やはり何も起こらなかった。

 

「反応なし、か。何だかなぁ……」

「ここが出口じゃないとすると、ちょっと困ったことになるわね」

「そうなんだよなぁ。こいつを使って行き来出来ると踏んでたんだが、あてが外れたか」

「もう一度、あの大きい扉を調べてみる?」

「それしかないか。それでダメだったら、後は俺たちが召喚されたところくらいか……。 まぁあのおっさんが魔法かなんかで直接転送出来たりす、っっっ!!!!」

「えっっ!!?」

 落胆し次の選択肢を話していると、突然魔法陣がうっすら光りだす。慌てて魔法陣から太一が飛びのいた。


「ふぅ、勘弁してよ、もぅ……」

「大丈夫? でも、何で急に??」

 そう言いながら今度は文乃が魔法陣に入ってみるが、何事もなかったかのように静かなままだ。

「話をしてたら突然だったわよね。最後は確か……そうそう魔法かなんかで直接転移、じゃなくて転送でっっ!!」

 そこまで言ったところで、先ほどと同じようにまた魔法陣が光り出したため、慌てて文乃も魔法陣から飛び出した。

 

「……ふぅ、言葉がトリガーってことかしら?」

「そうみたい。で“転送”かな? キーワードは」

 そう言ってから再度太一が中に入る。

「ただ、それですぐに転そ――っと危ない……、起動する訳でも無いのか。ちょっと次はしばらく待ってみるか」

「気を付けてね……」

「はいはい。そいじゃあ転送っと」

 太一の転送の声と共に三度魔法陣に光がともる。


 魔法陣を構成している文字や図形のすべてが発光し、

 もっとも外側の円から、まるで光のカーテンのように円筒状に光が立ち上る。

 そのまま30秒ほど待ってみるが、それ以上の変化はどうやら起きそうになかった。

 ゆっくり魔法陣から出て、消えていく光を見ながら太一が文乃に問いかける。


「どう思う?」

「まずこれが転送できる魔法陣であることは疑いようがないわね」

「何せ、キーワードが転送だからねぇ」

「で、起動させるにはキーワードが必要なのも間違いない。でもそれだけでは足りない、ってとこかしら?」

「同感。転送、ってキーワードだけで動いたってことは、キーワードはこれで多分過不足は無いと思う」

「どういう事?」


「もし足りないのがキーワードだったとして、それはどういう物だと思う? いくつかパターンはあるけど、あり得そうなのは“プロセス”を踏んだキーワードだ。例えば、起動、転送準備、目的地名、実行、とかね」

「ああ、なるほど。確かにそういうパターンだと、少なくとも転送っていうキーワード単体のみで魔法陣が反応することは考えづらいわね」

「まぁこっちの言葉の文法が分からないから、確証はないけどね。それ以外だと、何かパスワードに該当するようなフレーズとかかな。簡単に誰でも転送出来ちゃうと悪用し放題で危険だから、何らかのセキュリティ対策がしてある可能性は高い」

「それはもっともだけど、そうだとしたらほぼお手上げね……」

「ああ、だからその可能性は一旦目を瞑る。じゃあキーワードじゃないセキュリティ対策とは何か? って話になる」


「言葉じゃないとなると、地球じゃあ指紋とか静脈とか? あの大きい扉がそれっぽいセキュリティだったし」

「うん。そう言った生体認証系もある。ただ、あの大きな扉にしろ小さい自動ドアにしろ、その手の認証をしてそうなヤツには、プレートなりなんなり物理的な装置が付いてた」

「言われてみれば……。そうなると後は鍵とかカードとか??」

「そう、それ系じゃないかと見てる。物理的、もしくはこの世界だから魔法的なアイテムが制限解除のキーアイテムになってるんじゃないかな?」

「可能性は十分ありそうね。問題はそれが何か、って事だけど……」

「限られた人、おそらく個人単位でしか使えないようにするための魔法的なもの。無くしたり落としたりしたら大変だから、落としにくいもの。どう?心当たり、あるでしょ?」


「落としにくくするには身に着けるのが無難よね……あ! あのアクセサリー!」

「正解。アレが一番怪しい。あと、その本にさ、何かヒントとか載ってないかな? せっかく持ってきたのに、見てないでしょ」

「すっかり忘れてたわ……。ちょっと待ってね。相変わらず文字は読めないけど魔法陣自体は載ってるから、似たものが無いか調べ……。いや、それだと効率が悪いわね。キー、指輪と併用するのが正解なら、それが併記してあるものを探すほうが早そうね」


 そう言いながら指輪に関する記述が併記されているものが無いか調べていくと、魔法陣と共に指輪の絵が記載されているものが3つほど見つかった。

 次にその3つの魔法陣と目の前の魔法陣を比べてみると、細部は異なるもののよく似たものがひとつ見つかった。

 他の2つが1個だけ指輪が描かれているのに対して、その魔法陣には2個の指輪が描かれていた。

 

「どうやらコレのようだけど、指輪は2個必要なようね」

「いやぁ、調べてみて良かった。理由は分からないけど、わざわざ2個描いてあるってことはやっぱり両方とも必要なんだろうし。さて、それじゃあちょいと試してみるか」

「そんな“ちょっとコンビニ行ってくる”みたいな感じで試すこと!?」

「このまま考えてても進展しないしね。でも、無駄なく検証するために多少は実験内容を考えてはいる」

 二つの指輪を指にはめながら太一が語った転送実験の方法は、要約すると以下とおりである。

 

 ・指輪は一組しかないため、まずは1人で実施する

 ・魔法陣内外にモノを置いて、一緒に転送されるのか、される場合どこまでの範囲かを調べる(食料等を持ち込んでいることはほぼ確実なので、その仕様を検証する)

 ・転送先が魔法陣であった場合、速やかに帰還する。ただし、安全性確保や状況確認のため最大10分間周囲の確認を行う

 ・無事往復できることが分かった場合、持ち運べるものは全て持ち運んだ上で2人で転送する

 ・再度こちらに戻るかどうかは、転送先の状況次第

 

「妥当な所ね。往復可能な事と物が運べることは多分間違いないでしょうけど、確定させたいものね」

「さーて、じゃあ行ってくるか。あまり物を持って行きすぎてもアレだし、ひとまずこれくらいかな」

 魔法陣内には布の袋や本を何冊か床に直置きし、太一自身は食料と水を2日分詰めたバッグを背負って、いよいよ魔法陣に入る。

 すると、人差し指にはめた赤いほうの指輪がぼんやり光りを放ち始めた。同時に床の魔法陣の一部からも赤い光が立ち昇る。


「どうやらこっちの赤いほうが行きの切符だな」

 しばらくそのまま待ってみるが、これ以上の変化は起こらない。

「入ったら問答無用って訳じゃないのはありがたいわね」

「うん。そこそこ親切設計でありがたい限りだ。それじゃあ行ってくる」

「えぇ、気を付けてね」

「はいはい。そいじゃあ“転送”っと」

 そう言った途端、魔法陣と指輪の輝きが一段と強さを増し、同時に魔法陣の外周部分に光の壁が現れる。


 内側から太一がそっと光の壁を触っているが、光の壁より外にその手が出てくることは無い。どうやら物理的にも壁になっているようだ。

 そのまま10秒ほど経過するとさらに光が強まり部屋が真っ白に染まったかと思うと、唐突にすべての光が消えた。

 

 魔法陣に目を向けると、床に置いた物と一緒に太一の姿が消えていた。部屋の中をしん、と静謐な空気が満たす。

「成功、したのよね?無事に戻って来れればいいんだけど……」

 こちらに来て初めてと言って良い静寂の中、自分の独り言が嫌に大きく聞こえたことに文乃は苦笑する。

 

 しかし、予定の10分が経過しても1時間が経過しても、太一が戻ってくることは無かった。

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