第49話 消えた精霊石



 わたしは這いつくばりながら、部屋の隅々を探す。




「どうして、どこにもないの!?」




 ベッドの下も、クローゼットの中も、出窓も見た。けれど、どれだけ探してもどこにも精霊石はなし、サラマンダーは答えない。




「どうしたんだ、ユメノ」




「どうなさったのです?」




 声を聞きつけてイオとムウさんが部屋に入ってきた。ベッドのシーツを滅茶苦茶にめくっていたわたしは、半分泣きそうになっている顔を上げる。




「わたしの精霊石がないの!」




「精霊石が……?」




「一緒に探して!」




 全員総出で部屋中を探して回る。クローゼットを開けて、荷物を全部取り出したり、ベッドのマットレスまで持ち上げたりしてみた。それでもない。




 イオが部屋を見回してつぶやく。




「ここまで探してないとすると……」




「盗まれたんじゃないか!?」




 カカが枕の中身をぶち撒けた羽根の中から飛び出て叫んだ。嫌な汗が手のひらににじんでくる。




「やっぱり、そう思う? お風呂に入る前は確かにあって、サラマンダーとも会話したの。だからきっと、その間に」




 自然とどこかに転がっていったとは思いにくい。盗まれたとすると――




「カッツェ! カッツェはどこ!?」




 わたしは怒りに任せて部屋を出て行こうとした。しかし、その肩をイオに掴まれる。




「待て、ユメノ。本当にカッツェなのか?」




「だって、怪しいのはあいつしか」




 同じ家で生活して、お風呂に入っているのも少し耳を澄ませれば分かる。敵対するのはカッツェ一人しかいない。




「もしカッツェでなければ、わざわざ俺たちが精霊使いと知らせることになる。いいのか」




 そう言われると黙ってしまう。確かに証拠がないし、もし違えば手の内を見せるようなものだ。




「……だからって、手をこまねいているわけにはいかないでしょ。肝心の奉納祭は明日なんだし。縛り上げて精霊石の場所を吐かせましょう」




 よりにもよって前日に精霊石が無くなるなんて最悪だ。手段を選んでいる場合じゃない。わたしたちは階段を降りて一階にいるカッツェの元へ向かう。




「なんだ。お前らも、淹れてやろうか」




 カッツェは台所でお茶を淹れていた。わたしの精霊石を盗んだ割には、のんびりしている。呑気な顔を見るとさらに怒りが込み上げてきた。




「カッツェ。あなた、わたしの部屋に入ったわね」




「は?」




「しらばっくれても無駄よ! 調べればすぐに分かるんだから! イオ!」




 イオが前に出てくる。カッツェの腕を掴んだ。だけど、当然カッツェはすぐに振り払おうとする。




「な、なんだよ! ユメノの部屋になんて、何で俺が入るって言うんだ」




「少しの間、大人しくしてもらう」




 イオは拳を握ってお腹にパンチをしようとした。だけど、カッツェも伊達に門番をしているわけではない。




「レンジ! 守れ!」




 カッツェの首飾りが黄色く光る。すると、黄色い宝石のような角を生やしたカブトムシが出てきた。カッツェの精霊だ。角を使ってイオを押し出す。たまらずイオは後ろにひいた。




 だけど、イオだって黙ってはいない。後には引けない選択をしたのだ。




「フリント。剣を!」




 ポケットに忍ばせていたひし形の精霊石を掲げると、イオのキツネの精霊が出てくる。コンと鳴くと、すぐに精霊石を中心に石の剣が発現された。カッツェも警戒心を顔に表す。




「お前、精霊使いか!?」




 ガキン!




 カッツェの精霊の角と剣が交わり、金属音が響く。しかし、相手は精霊だ。空中を飛びながらイオを押し込み、壁際に追い詰める。




「イオ!」




 こんなときに精霊石が無いと、わたしには何も出来ない。




「ムウさんお願い」




「いや、俺に任せろ、フリント!」




 イオは剣を構えたまま、精霊の名を呼ぶ。キツネはコンと鳴いて、イオの足場を土で盛り上がらせた。そのまま上から、カブトムシの角を抑え込む。ガッとひっくり返すように、剣を反転させる。




 きゅうう!と鳴いてカブトムシは床に仰向けにひっくり返った。




「レンジ!」




「油断している間に、えいっ!」




 わたしは倉庫から拝借していたロープをカッツェにグルグルと巻き付ける。




「や、やめ……!」




 スッと出て来たムウさんが口を布で塞いだ。




「よし!」




 カッツェの動きは完全に封じた。身をよじることしか出来なさそうだ。そうこうしているうちに、カブトムシの精霊は消えて、カッツェの首飾りに戻る。恨みがましい視線だけが、わたしたちを刺した。イオも精霊石をしまって剣を戻す。




「ユメノの精霊石があるといいが……」




 わたしたちはリビングや台所、カッツェの私室、あらゆる場所を探した。棚と言う棚を開け、荷物をひっくり返す。それでも精霊石は出てこない。




「いったいどこに隠したの!?」




「何のことだ!」




 わたしたちはカッツェの口元の布を外して詰め寄った。




「しらばっくれても無駄なんだからね! カッツェ以外に誰がわたしの精霊石を盗むって言うの?」




「……お前も精霊使いなのか。精霊使いだと知ったのは、まさに今だぞ。精霊石を隠し持っているとも思わなかった」




「どう思う?」




 みんなを振り返る。みんな探し疲れて雰囲気は暗い。




「嘘を言っているようには見えないが……」




「演技じゃないかな?」




 イオが言うとことも、エルメラが言うことも確証がない。




 ムウさんが口を開く。




「ですが、確かなことがひとつあります。これだけ家中を探してもないのです。他の者の手に渡っていると考えるのが普通でしょう」




 みんな黙ってしまう。




 他の者の手。ノーム王の手下ということだ。ただの精霊石と思ってくれたらいいけれど、サラマンダーが呼び出されると知ったら、どういう扱いを受けるか想像つかない。




「じゃあ、城にあるかもしれないね」




 まだ遠くに捨てられたという可能性は低いはずだ。乗り込む気満々で言うと、エルメラが心配そうに肩に乗って来る。




「でも、ユメノはサラマンダーどころか、普通の精霊も呼び出せないよ」

今のわたしは無力そのもの。ただの中身は大人の十二歳の子供だ。




「もう奉納祭は明日だ……」




 イオが口を開く。他の精霊石を調達して、精霊を捕まえる余裕もない。




「この機会を逃すわけにはいかない。俺とムウでノーム王を押さえよう。大丈夫だ。ユメノなしでもやってみせる」




「ええ。ユメノさんは安心して見ていて下さい」




 そもそもの作戦は三人で、ノーム王を直接チェックメイトするはずだった。そこからわたしだけが作戦が外れることになってしまった。無理は言えなかった。




「……大丈夫だよね」




 不安だけど、次を待ってはいられない。こうしている間にも、妖精の樹の寿命は刻一刻と短くなっている。




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