第50話 奉納祭
眠れない夜が明けて、ついに奉納祭当日になった。家のドアを開けた途端、色とりどりの華やかな光景が目に飛び込んでくる。いつもは白い壁の家々に赤や青、黄色の布を広げて飾り付けていた。パンパンパンとどこかで花火が上がる音がしている。
町を歩く人たちも、いつもにも増してにこやかだ。そんな中をむっすりとした顔で、わたしたちは進む。
「いい? 二人とも。何とか心は惑わされていないけれど、敵は人を樹木にしてしまう技を持っている。十分に気を付けてね」
奉納祭が行われるステージに来ても、わたしは分かりきった忠告しか出来ない。歌い手には選ばれなかったし、精霊石も盗まれてしまった。全てが終わるまで見ていることしか出来ないのだ。イオはそんなもどかしい思いをしているわたしの頭をポンポンとする。
「心配しなくても、十分に気を付ける。なあ、ムウ」
「ええ。ユメノさんは見守っていてください」
サラマンダーを呼び出すことが最後の決め手だった。二人は頼れるけれど、相手は得体がしれないノーム王を名乗る青年だ。この慕われ方を見ていると、護衛もたくさんいるはず。それをかいくぐるために、ムウさんが近くでたて琴を弾くのだけれど油断は出来ない。
合図はイオが舞台に飛び出すことだ。そこでムウさんの花の精霊ミラーが花びらで辺りを覆い、邪魔者を排除してノーム王を拘束する。
言葉にすると単純な作戦だけれど……。
「皆さん、今日は奉納祭日和ですね!」
声をかけられた方を見ると、ステラさんが立っていた。頭からすっぽり絹の布を被っていて、踊り子の衣装を見えなくしている。きっと踊るときに披露するのだろう。
わたしは少し無理に笑顔を作る。
「こんにちは、ステラさん。本当、いい天気ですね」
「ええ。もう少ししたら、町中で花びらが舞いますよ。ところで、いつも一緒にいるもう一人の方は?」
カッツェのことだ。いつももじもじして話しかけられないから、名前を覚えられていないようだ。
「ああ。何だか気分が悪いって、家で寝ているの」
本当はちょっと可哀想だけど、カッツェは縛ったままベッドに寝転がしている。それを聞くとステラさんは眉を八の字にした。
「そうなんですか。せっかくの奉納祭なのに残念ですね」
「ステラさん、ムウさん。そろそろ、準備を」
横笛を持った音楽隊の人が話しかけて来た。わたしはグッと拳を握る。
「それじゃムウさん、がんばって!」
「はい」
しっかりと頷いたムウさんはステージに向かう。
時間になると、太鼓の音が鳴り始めた。それに合わせて笛の音とムウさんのたて琴の音も重なる。一気に荘厳な雰囲気が広場を包んだ。音楽が最高潮と言う場面で、人々が騒ぎ始める。
「ノーム王だ!」
「ノーム王がおいでなさったぞ!」
広場に集まっている人たちの中から、そんな声が聞こえてきた。いよいよ、ノームを語る男が姿を現すのだ。
広場は円形状に座席が出来ている。階段状なので、どこにいても中のステージがよく見えるようになっている。わたしたちもそう離れている場所で見ているわけではない。
上座にはノーム王の花で囲まれた席も出来ていた。ムウさんの演奏する席はすぐ近くだ。これなら、きっと隙もつける。
シャンシャンという音が聞こえてきた。布が敷かれた道を、鈴を振りながら歩いてくる二人。すっぽりと白い布を被っていて顔は見えない。その後ろからやってきたのがノーム王と名乗る青年だ。
確かに彼はどう見ても土の精霊の王ノームではなかった。ノームは伝承によれば小人のおじいさんのはずだ。前を歩く二人と違い、彼を隠すものは何もない。金色の髪に褐色の肌、青い瞳。引き締まった肢体で、誰がどう見ても美丈夫だった。
町の人の声援にこたえるように手を振り、微笑みを浮かべている。
「あれがノーム王か」
隣に座るイオがギュッと拳を握る。その手には精霊石が握られていた。ステラさんの踊りが終わった瞬間に、ステージにイオが躍り出る手はずだ。
ゆっくりと広場を回ってノーム王は席に座る。お付きの一人が一歩前に出た。
「では、これより奉納祭を執り行わせていただきます。舞いを奉納するのは町の踊り子ステラ。前へ!」
呼ばれて出てきたステラさんは、美しい衣装を身にまとっていた。
黄色いお腹が出るシャツにはキラキラのビーズで刺繍がされている。薄い紗の布を身体にまとい、腕には宝石の光る腕輪をたくさんつけていた。
「恐れ多くもノーム王に舞いを奉納させていただけること、誉れに思います」
ステラさんはノーム王に向けて膝をついて礼をした。ノーム王は話すことなく、手だけをあげた。それで了承したという意味らしい。
やがて、音楽が始まる。太鼓の音に合わせて、ステラさんがステップを踏み始めた。足につけている飾りがその度にシャンシャンと鳴って、舞いと音楽が一体になる。空から花びらが舞う。
わたしは不思議な心地になった。舞を見ているとふわふわと心が浮き、幻想的な光景で世界が満たされているようだ。敵地だというのに。もしかしたら、また心を操られかけているのかもしれない。
だけど、終わりはやってくる。舞い終わったステラさんは、もう一度ノーム王に向けて頭を下げた。ノーム王が一番に拍手を送る。すると、会場中から歓声と拍手が響いた。
「行ってくる」
イオが立ち上がった。ハッとしたわたしも無言で頷く。
イオは静かに唱え始めた。
「我と契約せし土の精霊フリントよ。硬き意志をその身に纏わせ。その身を我にゆだねたまえ。その真なる力を解放せん」
目の前にキツネの耳としっぽが生えた男の子が現れる。
「剣を!」
「きゅる!」
イオが手にしている精霊石から伸びるようにイオの手に剣が現れた。解放しているから、石の剣ではなく、もっと鋭い鉄の剣に見えた。
イオが動いても誰もがまだステージ上に注目していた。敵はいない。石の橋を作って上空へとイオは上っていく。ノーム王の真上だ。
取った! そう思った。イオは真っ直ぐ剣を下す。
けれど、イオの剣は弾かれた。音はしなかった。
弾いたのは白い花びらの壁だ。ノーム王はイオの方を見上げて、変わらず微笑んでいる。
「あの花びら……」
シンと静まり返る会場。
「偉大なる土の精霊の王、ノーム様に何をなさるのです」
立ち上がったのは一人の女性。白い花びらの蝶の精霊が側にいる。
「ムウさん!?」
イオの前に立ちはだかったのは、すぐそばでたて琴を弾いていたムウさんだった。
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