第48話 奉納祭の前日
わたしたちは騒ぎを聞きつけて、急いで階段を降りた。降りるとすぐそこは玄関だ。ムウさんの前にカッツェが立ちはだかっていた。
「どうしたの?!」
「ああ、ムウが夜だというのに家の外に出ていたんだ」
「え!」
まさかムウさんが一人で夜の偵察に出ているなんて。わたしたちはこれまで数回、夜に外に出ていた。もちろん、カッツェにはバレないようにこっそりと。
夜の街では、カッツェが言う通り精霊たちが活発になっていた。小さかったどんぐりの土の精霊が、合体して大きな精霊として道を闊歩していたり、巨大なカマキリのような草の精霊が空を飛んでいたり。城に近づきたかったけれど、見つからないようにするのが精いっぱい。見つかったら見つかったで、仲間を呼ばれて逃げるのも一苦労だった。
だから、とても一人では夜の偵察には出られない。
そう思っていたんだけど――
「ムウさん大丈夫だった?」
カッツェに見つかったことよりも、ムウさんのことが心配だった。見た目には怪我はないように見える。ムウさんは薄っすらと笑む。
「ええ。外に出ていたと言っても、ほんの少し夜風に当たっていただけです。何もありませんでしたよ」
そんなはずはないけれど、ムウさんはカッツェを欺こうとしているようだ。
「今日は疲れたので、もうお休みしますね」
ムウさんはそう言って階段を上がり、自分の部屋に入っていった。わたしとイオは顔を見合わせる。
「どうしたんだろう、ムウさん」
「明日になってから聞いてみるか」
この日はもう休むことにした。
翌朝。この町では、いつものように花の香で目が覚める。
「ムウさん、ムウさん」
わたしは朝のルーティンを済ませると、廊下に出てきたムウさんを小声で手招いた。ムウさんは何も言わず、部屋に入ってくる。
「昨日はどうしたの?」
「夜風に当たっていただけですよ」
「いやいや! そんなわけないでしょ! 夜、ちょっと外出ただけで精霊たちが襲ってくるじゃない!」
わたしに詰め寄られて、ムウさんはあごに手を当てる。
「そうですね。でも、昨日は何故か精霊たちの音が止んでいました」
「精霊たちの音が?」
「ええ、それで外に出てみたのですが……、特に何もありませんでした」
「音が止んだのに?」
「ええ。ただ精霊たちが眠っていたのかもしれません。だから、音もせず、襲われもしなかったのかもしれません」
わたしもうーんと腕を組んで考えた。どうして昨日に限って精霊たちが大人しくなったのだろう。
「また、音が止むときがあるかな?」
「どうでしょうか。もし、そんなときがありましたら、今度はお二人にも教えますね」
もし、精霊たちが大人しくなるときがあるなら、城に侵入するチャンスかもしれない。
ステラさんがイオの妹ジュリさんだと分かって、数日後。町の人たちは、ノーム王の奉納祭に向けて忙しなく働くようになる。
奉納祭はもう明後日だ。その間にムウさんの言う音が止む夜はなかった。ただでさえ、花だらけの町なのに、さらにスタンドを立ててそこに花を生けるそうだ。
当日は、精霊たちによる花びらのシャワーが町中を舞うらしい。すごく綺麗な光景だろうけれど、それも妖精の樹から力を奪って実現させている光景だ。
この町の花は種を植えて一日で花をつけて、ちっとも枯れないし、採掘所では無尽蔵に宝石が湧いて出てくる。
「結局、奉納祭でノーム王に近づけるのはムウさんだけだったね」
奉納祭はもう明日。わたしとイオは、稽古帰りで町を歩いている。奉納祭に参加できるか芸を判断する神官がいたけれど、首を横に振られたばかりだった。
「……すまない。俺の舞いがもっと上達すれば」
イオはそう言うけれど、仕方ない。元々、イオは戦うための剣が専門だ。わたしも語りには自信があるけれど、歌はそれ専門に習っていたわけではない。町の美声の女の子の方が歌い手として採用されたのだ。
イオはグッと胸の前で拳を握る。
「だが、少し離れてはいるが、同じ広場にいる。このチャンスを俺は逃さない」
ノーム王を捕えて、この町に掛けている心を操る術を解けば、ステラさんもジュリさんの頃の記憶も戻るだろう。
「そうだよね。わたしもイオが飛び出したらサラマンダーを召喚する!」
「うむ。吾輩がいれば恐れるに足りぬ」
わたしの腰にいつも持ち歩いている精霊石から頼もしい声もした。
――だけど、事件はその日に起きる。
「あー。いいお風呂だった!」
「サッパリしたね!」
わたしはエルメラと一緒にお風呂に入って、自分の部屋に戻ってきた。
「お風呂に入った後は、瓶に入った牛乳を飲みたいよねー」
けれど、台所で淹れたお茶で我慢する。
「わたしにも一口ちょうだい」
エルメラがコップに口をつけて、少しだけ飲んだ。
「あ、甘い! ユメノ、お砂糖入れすぎ!」
「えー、そんなことないよ。これぐらい普通入れるよ」
エルメラと話をしながら、ふと何かがおかしいと感じた。
「何か変じゃない?」
「ユメノの味覚が?」
「そうじゃなくて、そうだ!」
サラマンダーの茶々がないんだ。わたしとエルメラが話していると毎回、吾輩はストレート派だとか、実際ストレート派かは分からないけれど、言ってくるのに。
「サラマンダー? もう寝ているの?」
わたしは机の上にコップを置いて、呼び掛けてみる。しかし、返事はない。おかしい。さすがに寝るには早い時間だ。
「どうした、の……」
わたしは精霊石を隠している布を持ち上げた。しかし、そこには――
「え! ユメノの精霊石はどこ?!」
エルメラも飛んできた。そこにあったはずの精霊石が消えている。
「うそ! どこ!?」
ベッドの下を覗き込む。無い。
家具と家具の間を見てみる。無い。
「サラマンダー! 返事して!」
でも、返事は返ってこない。顔から血の気が引いて行くのを感じた。
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