第43話 変身セット
森の中を歩くが、不思議と精霊は襲ってこなかった。その代わり、野生のリスや鹿やウサギが姿を見せる。
「なんだか穏やかな森ね」
慎重に周りを警戒しながら進むけれど、必要はないぐらい何も起きない。むしろ、快適な森林浴だ。カカが宙を飛びながら嘆息する。
「昔はどの森もこんな感じだったんだぜ」
わたしは横を飛ぶエルメラを見上げた。
「エルメラの生まれた森もそうだった?」
「えっと……」
ムウさんの肩に座っているエルメラは何を言おうか迷っている。何をそんなに迷うのだろう。不思議に思っていると、代わりにカカが答えた。
「エルメラはまだ故郷の森に帰ったことがないんだろ? 生まれたばかりの妖精はみんな、生まれた場所を知らない」
それでエルメラは言い淀んでいたみたいだ。行ったことがないなら、どんな森かも分からない。
「じゃあ、どうやって帰るの? というか、本当に故郷かどうか分かるの?」
「妖精なら何となく帰るべき場所を知っているもんさ! 妖精の樹に触れればすぐに自分の中に流れている血と同じかどうか分かるしな!」
「ふーん。鮭の帰巣本能と同じようなものかな」
なんてことを話していると、前を歩くイオが足を止めた。
「わっ」
わたしはその背中にぶつかりそうになる。
「もう! 止まるなら止まるって言いなさいよ! 後ろからムウさんも来ているのに!」
と言いつつも、ムウさんは自然と足を止めていた。
「あれを見ろ」
イオが前方を指さした。しかし、何もなくただ森が続いているだけ。まだ、ノームの森の建物も見えてきていない。
「何もないじゃない」
「分からないか?」
少し歩いて苔むした樹木に手を置くイオ。普通の樹に見えるけれど……。
「あ!」
気づいたら自然と声を上げていた。
「これ、人の顔!?」
苔むした樹木の枝分かれしている所に人の顔があった。よく人の顔に見える木や岩があるけれど、そんなレベルじゃない。くっきりと顔が浮かび上がっている。
「その木だけじゃないみたい」
飛んでいるエルメラが森の奥の方を指さす。首をそらして、覗いてみると――
「何これ!?」
森の奥には人が樹木に絡みついたり、ぐったりと倒れた人から木々が生えたりしていた。どの樹木もやはり苔むしている。
「もしかして、これってイリアさんと同じ?」
「だろうな。俺たちが行かなければ、こうなっている運命だったのだろう」
ということは、ここに居る人たちはみんな精霊使い。ノーム王に挑んで跳ねのけられたのだろう。脱出したかはここで放置されたかは分からない。けれど、力尽きてここで植物になってしまったことは間違いなかった。
「どうしたら、こんな風になっちゃうのかな」
「おそらく何かしらの精霊の力だろうな。それも相当強力な」
「そう、そうだよね」
イオの言う通りだ。こんなこと人の力で出来るわけがない。
わたしたちは木々になってしまった人々に背を向けて、ノームの森を再び目指した。
「ふわあぁ」
樹の影に隠れて、高々とした城壁を見上げた。石を積み上げたような簡単な造りだけれど、要塞都市ゲーズよりも高い造りだ。中は全く覗き見ることもできない。
ただ壁があるだけではない。ちゃんと門のような入り口がある。両側を大きな岩の人形のような巨大なゴーレムが守っている。
ピクリとも動かないけれど、近づくときっと動き出して襲ってくるのだろう。
「どうやって中に入る?」
「俺が囮になろう。そのうちに二人が」
「あー、それは止めた方がいいね!」
「なに!?」
突然、わたしたちではない声がした。振り返ると顔の丸いおじさんが、わたしたちと同じように茂みに隠れている。
「……いつのまに」
精霊使いには見えない。大きな荷物がパンパンに入ったリュックを背負っていた。
「どなたですか」
ムウさんがわたしを背にしてかばうようにして問う。おじさんは態度を変えずにニヤニヤしながら話した。
「そう警戒しなさんな。わたしはお前さんらノームに挑む精霊使いの為にここにいるのだから」
そうは言っても信用できない。
「俺たちの為?」
イオも杖の構えを解かずにいる。
「そう。ノームの森に入るには簡単さ。ちょいと精霊石を隠して、ノーム王の好みの人間に変身すればいいだけ」
「ノーム王の好みの人間?」
わたしはムウさんの後ろから顔だけを出して、おじさんを見る。おじさんはわたしと目が合うと、ニッと笑って指で丸を作る。
「そう。変身セット。今なら二割引き。お買い得だよー」
怪しいおじさんは商人だった。ノームの森に突入しようとする精霊使いに商品を売りつけて、儲けているらしい。二割引きと言ってもかなりの値段だった。ぼったくりだ。
とはいえ、安全に中に入れるならそれに越したことはなかった。おじさんの変身セットで変身したわたしたちは、門へと近づく。
ポロンポロロン
先に行くのはムウさんだ。彼女の姿はあまり変わっていない。たて琴を鳴らしながら歩いていく。ゴーレムには反応がない。このまま、通れるのかと思ったときだ。
「トマレ」
間を通り抜けようとすると、一体のゴーレムがズズズと動き出した。カタコト混じりの低い声でしゃべりだす。
「ココはノーム王の領地。如何なるモノも通すことはデキナイ」
それでもムウさんは、たて琴を弾く手を止めない。
「それは残念です。わたしたちは旅の一座。ぜひ、ノーム王様に自慢の芸を見ていただかったのですが」
ゴーレム二体は互いに顔を見合わせる。
「オマエがたて琴を弾くのか」
「ええ。そして彼女が物語を語ります」
わたしは丁寧にお辞儀した。おへそのでたピッタリした赤いTシャツに、裾が膨らんで足首で絞ってある白いズボンを履いている。まるでアラビアンナイトの世界の服のようだ。腰に杖から外した精霊石を布に包んで巻いている。
「彼は剣舞を舞います」
イオも変身していた。頭にはターバンを巻いて、わたしと同じようなズボンを履く。上はベストだけを着ていた。いつもの布で口元は隠している。
「デハ、通レ」
本当にあっさり中に入れた。そう思ったときだ。
「待て!」
明らかにゴーレムではない人間の声がした。
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