第44話 見張り番のカッツェ



 出てきたのはイオと同じようにベスト姿の男の人だ。褐色の肌で割れた腹筋が眩しい。胸元には黄色い石のネックレスをつけていた。きっと精霊石だろう。




「ゴーレム共! 見知らぬ人間をむやみに入れるなと何度言ったら分かるんだ!」




 彼は出てくるなり、ゴーレム二体を見上げて叱りつける。




 まずい。見張りはうっかりゴーレムだけじゃなかったんだ。




 ジロジロとわたしたちの顔を順番に見ていく。




「以前来た商人はノーム王を襲いだしたんだぞ! お・ま・え・ら・は、無害そうには見えるが、本当に旅芸人なんだろうな」




「もちろんです。ほら、たて琴だって持っているでしょ」




 わたしはムウさんの持つ、たて琴を指さした。すると、ふんと男は鼻を鳴らした。




「それぐらいの偽装するもんだ。よしお前、何か芸をしてみろ」




「え、わたし?」




 指さされたのはわたしだ。男はふふんと腰に手を当てる。




「お前が一番何も出来そうにないからな」




 馬鹿にした言い方にムッとするけれど、わたしは怒りを抑えて一歩前に出る。




「じゃあ、聞いてもらいましょう。ムウさん」




「ええ」




 イオが下がり、ポロンポロンとムウさんのたて琴が優しい音色を立て始めた。




 スゥッと軽く息を吸う。ゆっくりとゆりかごを揺らすように物語を語り始める。




「これは、昔々のお話。ここではない世界のおとぎの物語」




 わたしは胸の前で自分の指を組んだ。演目は人魚姫だ。




「深い深い海の底には、人間の知らない人魚の国がありました」




「人魚とは何だ?」




 ああ、そうか。人魚はこの世界には存在しないんだ。




「人魚。それは上半身が人の姿、お腹から下が魚の姿をしている幻のような存在です」




 わたしは口調を変えずに説明を付け加えた。それ以降、男は口を挟まず、耳を傾けている。




 物語は人魚姫が王子を助け、海の魔女に声と交換に足を得た。




 わたしなら絶対に自分の声を何かと交換したりしないと思いながら語る。




 陸に上がり、王子を探し仲良くなる。人魚姫は恋心を抱くが、彼には婚約者がいた。王子からの愛が得られなければ人魚姫は泡となって消えてしまう。




 そんな彼女に助けが。人魚姫の姉たちが魔女から貰ったナイフで王子を殺せば人魚に戻ることが出来ると言う。だけど――




「人魚姫は愛する王子を殺すことも出来ず、海の泡へと消えていってしまったのです」




 わたしは閉じていた目を開ける。そして、目の前のものを見てぎょっとした。




「そ、それで、人魚姫はどうなったんだ……」




 見張りの男が鼻水を垂らして泣いていたのだ。




「えっと、ですから泡になって終わりです」




「そんなの悲しいじゃないかーッ!」




 さらにウォンウォンと泣き始めてしまった。ハッピーエンドじゃないとはいえ、お話ひとつで、これほど泣くなんて敵だけど憎めない人だ。




「それで通っていいんですか?」




「ああ、ぐすっ。こんな物語を付け焼き刃では作れないだろう。通っていいぞ。だが、俺も見張り番として一緒に行動する。いいな」




 わたしたちは顔を見合わせる。




 こんな入り口で騒動は起こせない。ここは受け入れるしかなさそうだ。









 見張り番の彼の名前はカッツェと言った。カッツェを先頭に森の小道を歩く。




「この先が町だ」




「町はノーム王が統治しているんでしょ。一度、挨拶したいんだけど、どうかな」




 わたしは怪しまれない程度にノーム王への接触を探ってみた。




「そうだな。町での興行の評判が良ければ、ノーム王に芸を奉納してもらうぞ」




 奉納。つまりノーム王に見てもらうということだろう。ハードルはそこまで高くない気がする。




 しばらく歩くと、門が見えてきた。ゴーレムが守っていたものよりも、低くてそれほど厳重ではない。むしろ開放的で歓迎されているように見える。




「ここが、ノーム王が統治なされている唯一の町だ」




「うわぁ」




 わたしは敵地だというのに思わず声を上げた。たどり着いた町はまさに楽園だった。




 白い壁の家々。ガラスのはめられていない出窓には色とりどりの花が植えられている。道はレンガで綺麗に整備されていて、道の脇に飾られている街路樹の根元にも可憐な花が咲く。




 街路樹自体も葉がない桜のように見たこともない色とりどりの花が咲き乱れていた。花に誘われるように蝶や蜂が舞う。穏やかな風も吹いていた。




 わたしたちが目を奪われている様子を見て、ふふんとカッツェが鼻息を鳴らす。




「美しいだろう。世界中どこを探してもこれほど美しい町はない。これもノーム王のお力だ」




「だが、どれもこれも、妖精の樹から奪ったものだろう」




「ん?」




 カッツェが振り向く。今、ボソッと言ったのはカカだ。




「え、えーと、奪いたくなるほどの美しさだなー」




 わたしは誤魔化すようにカカの声をまねる。




「奪いたくなるー?」




 カッツェが首を捻って顔を近づけてきた。奪いたくなるはさすがに物騒だっただろうか。そう思ったけれど、次の瞬間カッツェはわたしの肩をバシバシ叩く。




「そうだろ! そうだろ! だが、誰にも奪えない! それがノーム王の町、ノーマレッジだ!」




「……ノーマレッジ」




 そうつぶやくイオは、真っ直ぐ道の先を睨みつけていた。




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