第39話 目覚めない少女



 ムウさんの実力はよく分かった。目が見えないなんて、ハンデにもならない。強さだけならSランクの人たちにも匹敵するだろう。聞くと精霊ギルドには登録していないそうだ。




「あ。見えて来た」




 しばらく歩いていくと、ムウさんが言っていた集落が見えていた。




 枯れた大地の上に、四角い土壁の建物の姿が見える。建物だけで緑もなく、見るからに寂しい所だった。カサカサと枯草だけが揺れている。木造の建物は、乾燥しすぎていて所々ヒビが入っていた。




 わたしたちはキョロキョロしながら、村とも言えないぐらい小さな集落を進む。




「人……、いるかな?」




「訪ねてみないとわかりませんね。すみませんが、どなたかいらっしゃいますか?」




 家の一つの玄関をムウさんがノックする。しかし、返事はない。




「誰もいないのかな?」




 カギは掛かっていなくて、開けてみると中は家具もなく空っぽだ。これだけ周りも何もないところだ。住人はみんな、移動していても不思議じゃない。




「仕方がない。場所だけ借りて、一泊しよう」




「それしかないね」




 わたしがそう頷いたときだ。イオが杖を、ムウさんがたて琴を構えた。




「誰だ」




「えっ、えっ、なに?」




 一気に高まる緊張感。精霊が出たのかと思って、わたしも一応精霊石にかぶせていた布を外す。その割には、妖精たちは反応していない。




 微かに声が聞こえてきた。




「子供……、しかも精霊使い」




 キョロキョロしていると、建物の陰から斧を持ったおじさんが出てきた。




「すまない。この辺りは野盗が出るんだ。お前さんたちもそうかと思って……」




 おじさんは斧を地面に置いて、両手を上げる。それを見てイオも杖を下ろした。




「この集落に住んでいるのか?」




「ああ。ここにはわたしと娘しかいない」




 こんなところで、二人だけで暮らすなんてとても暮らしていけるとは思えない。食料なんてどうしているのだろう。




「すごく不便でしょ。どうして移動しないの?」




「……実は、移動したくても出来ないんだ」




 おじさんは地面を見つめて、苦悩を浮かべた顔をする。移動したくても出来ないとは、どういうことだろう。他の人たちは移動したに違いないのに。




 ムウさんが近づいて尋ねる。




「理由を聞いても構いませんか?」




 おじさんはパッと顔を上げて懇願した。




「頼む! 娘を助けてくれ! 精霊使いなら、どうにか出来るかもしれない」




 祈るように握られた手は、ブルブルと震えていた。









 わたしたちは集落の奥の方の家に案内される。中に入ると、木工の彫刻がたくさん置かれている。熊に鹿、兎。たぶん、おじさんは元々木こりで、仕事の合間に彫ったんじゃないかと思う。おじさんが木彫りのフクロウを手のひらに乗せる。




「森があったときは、動物たちもよく見かけたんだ」




 わたしが物珍しくしげしげと眺めていると、おじさんが奥の部屋のドアを開けた。




「この部屋だ」




 一歩中に入っただけで、パキパキと何かを踏みしめる音がする。




「わっ!」「これは……」「……。」




 部屋の中と外は、全く別の世界だった。部屋全体が緑で溢れている。葉を茂らせた細い枝が部屋を覆っているのだ。




「娘って……」




 どこにも人の影は見られない。おじさんは枝をかき分けていく。




「ああ。この子がわたしの娘だ」




 そこには髪の長い女の子がベッドに横たわっていた。でも、ただ横たわっているだけじゃない。目を閉じている女の子自身が、葉と枝に覆われていたのだ。




「ちょっと目を離した隙にこれだ」




 おじさんは枝をバリバリと強引に剥ぐ。すると、女の子の全身が見えるようになった。部屋の枝は全て、女の子の背中を中心に生えてきているように見える。




「ど、どうして、こんなことに……」




 驚愕しているわたしの横で訳知った様子でイオがつぶやく。




「ノームに挑んだか」




 そう言えばと思い出す。ノームに挑んだものは物言わぬ植物のようになってしまうと、南の森の村で言っていた。植物人間というより、植物そのものになってしまうなんて。




 おじさんは肩を落として頷く。




「その通りだ。この子は小さな精霊石を一つ持って家を飛び出した。ノームに奪われた森を取り戻すと言ってな。数か月後なんとか帰って来たのはいいものの、ベッドに寝てばかりいて、ついには目覚めなくなった。そして、こうして樹の一部になろうとしているんだ」








 

 おじさんがすごく助けを必要としていることは分かった。でも、どうやって助け出せばいいのだろうか。イオが壁に生えている枝をいじりながらつぶやく。




「強い火の精霊の炎ならこの枝も燃やせると聞いている」




 イオが振り返って、わたしの顔を見つめた。この中で火の精霊を解放させているのは、わたしだけだ。




「というか、サラマンダーに燃やしてもらえればいいんじゃない?」




 イオにだけ耳打ちする。戦争になっているところを武器と防具だけを燃やすことが出来たのだから、これぐらいの枝はお手の物だろう。




「ここにあいつを呼び出せるか?」




「……確かに」




 この小さな部屋にあの巨大なサラマンダーを呼び出したら、家の方が壊れてしまう。女の子も踏みつぶされてしまうだろう。




「分かった。わたしがこっち側の枝で試してみる」




 わたしは寝ている女の子に背を向けた。壁側の枝を練習台にするのだ。




「ホムラ! 出てきて!」




 精霊石から火の精霊の蛇、ホムラがするりと出てくる。




「試しにこの枝を燃やしてみて」




 枝を掴んで、ホムラに見せた。ホムラはすぐに理解して、ポウッと火の玉を吐く。枝に炎が燃え移った、ように見えたけれど……。




「全然、燃えていない」




 枝はぴんぴんしている。イオが首を横に振った。




「言っただろう。強い火の精霊じゃないと燃やせない。それ相応の炎じゃないと、燃えないだろう」




「じゃあ、まずは解放させてみよう」




 わたしは杖を両手で握って、目をつぶった。




「我と契約せし、火の精霊ホムラよ。紅蓮の業火を燃やし、その身を我にゆだねたまえ。その真なる力を解放せん」




 戦闘をするわけでもないので、静かな声で解放の口上を唱える。ホムラはぼうっと燃えて、炎を大きくした。おじさんが「おぉ」と声を上げる。火の蛇だったホムラは蛇の尾が生えた男の子になった。




「強い炎よね。よしッ! ホムラ、これより全軍を上げ、総攻撃をかける!」




 精霊石を壁の方に向け、ユーリの声で言う。




「きゅるるるる!」




 ホムラはひと鳴きして、白い炎をまとった。




「よしッ! 行け!」




「きゅるぅぅぅ!」




 ホムラは壁の樹に向かって、炎をぶつける。ぶわっと壁一面に炎が広がった。わたしはグッとこぶしを握る。




「燃えている!」




 さっきは焦げもしなかった枝が、火に当てられてボロボロと崩れていく。




「……燃えすぎだ。火を消せ!」




 イオが叫んだ。わたしも、あまりの勢いに慌ててしまう。




「ホ、ホムラ! 火を消して」




「きゅる!」




 ホムラがひと鳴きすると、すぐに火は消えた。炎を放った精霊本人だと自在に消せる。だけど、炎がぶつかったところは、壁も燃えて穴が開いて、向こう側が見えるようになってしまった。




 わたしは気まずい思いで、後ろを振り返った。




「おじさん、ごめんなさい」




「いや、穴は塞げばいいだけだ。俺は木こりだから、簡単さ。でも、これだけの炎が出せるということは」




 おじさんは女の子の方を見つめる。




「確かにこの子を覆う枝も燃やせるとは思うけれど、この子も一緒に燃やしちゃわないかな」




 すごく難しい問題だ。女の子を燃やさずに、枝だけを綺麗に燃やす。もし女の子を燃やしてしまえば、壁のように塞げばいいというものではない。




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