第40話 コントロールとエーテル
わたしが腕を組んで唸っていると、後ろからムウさんが話しかけてきた。
「燃やす力は十分なのですから、樹だけを燃やすように精霊をコントロールするのですよ、ユメノさん」
「精霊のコントロール……って? どうするの?」
言われてみたら、わたしは精霊と戦うときも炎を出してぶつけるを繰り返しているだけのような気がする。Sランクの人たちは花籠を作ったり、槍を作ったりと技を駆使している。イオだって、剣を作っていた。そのイオが口を開く。
「基本中の基本だが、言葉で命令する。ただ、それだけでは駄目だ。頭の中にそのイメージが出来ていなければならない。もし、炎の剣を作り出すなら、その柄から剣の切っ先の細部までイメージするんだ」
「うーん、分かった」
樹を燃やせるほどの力を持たせながら、イメージする。それなら炎の剣で樹を燃やし、斬ってしまえばいいのだ。わたしは頭の中に炎の剣をイメージする。
「ホムラ! 剣を取れ!」
ユーリの声で命令した。ホムラがきゅるっと鳴く。目の前に炎が集まってくる。
「やった!」
わたしは目の前の剣を手にしようとする。しかし、スルッと手をすり抜けた。
「手でつかめなければ、あの樹を斬って!」
剣のような、ただの棒のような炎は女の子の方に向かう。
「う……。消えちゃった」
樹に当たると同時に霧散してしまった。おそらく、先ほど壁に穴を開けたような火力はなかったのだろう。
「む、難しい」
「やはり駄目なのか……」
しょんぼりと、おじさんが肩を落としている。わたしが落ち込んじゃだめだ。わたしはやっと見つかった希望の光みたいなものなんだから。
「だ、大丈夫! 壁の樹は燃やせたもの! わたしに任せて!」
元気に拳を作って見せた。そもそも樹に同化しようとしている人を放っておくことなんて出来ない。大丈夫、出来るはずだ。
「ホムラ! もう一度剣を!」
わたしは、もう一度ホムラに声をかける。
だけど一時間経っても、女の子には変化なし。剣は作られては消えることを繰り返している。イオも土の剣で樹を斬ろうとしているけれど、やっぱり炎じゃないと無理みたいだ。
「ぜぇぜぇ、ホムラ!」
だけど、止めるわけにはいかない。もう一度――。
ポロンポロロン
突如、部屋にたて琴の音が響く。わたしは椅子に座るムウさんを振り返った。
「あまり力を入れ過ぎても、精霊はわたしたちの意思を読み取っては下さりません。もう少し肩の力を抜かれた方がよろしいかと」
ムウさんはたて琴の弦を綺麗な指先でつま弾く。確かに早く助けないとと焦って、肩に力を入れ過ぎていた気がする。
「わたしの娘のために、頑張ってくれてありがとう。お茶を淹れたから一休みしてくれ」
部屋に入ってきたおじさんが木で出来たカップを渡してくれた。ハーブティの爽やかな匂いが鼻をくすぐる。
「そうだよね。気合を入れ過ぎても、空回りしちゃうよね」
わたしも声優の仕事を始めたばかりの頃はそうだった。ただ、泣く演技でも大声を出して泣けばいいというわけじゃない。静かに泣く演技もある。
戦う姫君のユーリだって、そうだ。何もいつも戦場に出ているわけじゃない。どんなアニメでも、日常パートというものがある。わたしはカップをおじさんに返して、目をつぶって集中した。
「……わたしは戦う。この国、この国の民たち、この景色を守るために」
ユーリのセリフだ。目の前には青い可憐な花、ネモフィラの花畑が広がっている。力強く誓うセリフだが、その表情は戦場では見られない柔らかな表情だ。
目の前に青い炎が点った。ホムラの炎だ。
今ならイメージ出来る。ネモフィラの花畑のように、燃えて――
「おお」
おじさんがどよめく声がした。一つの小さな炎だった青い炎は広がっていく。女の子の背中、壁、床。青い炎はほんの数秒だけ燃え上がり、はびこっていた枝と一緒に霧散した。
「イリア!」
おじさんはベッドに寝ている女の子に駆け寄る。さっきまで、身を起こすことも出来なかったけれど、おじさんはぎゅっと抱き上げていた。
「よくやったな、ユメノ」
「サラマンダーの炎みたいだった」
イオとわたしのフードに隠れているエルメラがねぎらってくれる。
「うん。良かった。これで一件落着だね。ホムラ、声を聴いてくれてありがとう」
ホムラを労っていると、ムウさんがわたしの頭をなでてくる。
「さすがはユメノさんです。あなたの声なら出来ると信じていましたよ」
ムウさんが優しく褒めるから、何だか照れてしまう。
「イリアさんにお話が聞けるかな」
拘束していた枝は消えたけれど、イリアさんはぐったりとしている。目を覚ます気配はない。
「どうして……」
イオが訳知った顔で頷く。
「枝払いをしただけではダメだということだな。カカ」
「おう! ここからは俺の出番だな!」
イオの顔周りの布に隠れていたカカが飛び出てきた。突然の妖精の登場におじさんはすごく驚いている。
「妖精……。妖精に目覚めないイリアをどうにか出来るのか」
カカは自信満々に頷いた。
「ああ。この子は生命力を樹の養分にされていたんだ。いま、ユメノがそれを断ち切った。あとはその生命力を補ってやれば、目を覚ますはずだ!」
「なるほど。だが、具体的にはどうすれば」
「生命力を補うにはエーテルがいる」
イオが言うことに、おじさんは目を瞬かせた。
「エーテル! そんな希少で高価なもの、買えるわけが……!」
エーテルって、あれだよね。ゲームだと魔力を回復させるアイテムだ。でも、この世界ではとても珍しい物みたい。
「そうか、だから」
エルメラもわたしのフードの中から飛び出てきた。エルメラも知っているみたい。
「どういうこと?」
「妖精の身体にはエーテルが流れているの」
カカが指を口元に当てて、みんなに言い聞かせるように話す。
「こいつはトップシークレットだぞ! 昔、妖精のエーテルを狙って悪い奴らが暗躍したからな」
なるほど。高価なエーテルが妖精から取れるなら、それを狙う人もいるだろう。
「というわけで、おっさん。針を持って来てくれ」
「あ、ああ」
カカに言われておじさんは部屋から駆け出て行った。
「針でどうするの?」
「指をちょんと突いて、血を出すんだ。その血にはエーテルが含まれている」
エーテルが身体を巡っているって、血に入っているんだ。おじさんがすぐに裁縫道具を持って来て、イオがカカの指を刺す。出てきた血というか、サラサラとした気体は水色をしていた。その指をイリアさんの口に含ませる。
「少量でいい。本来なら人間にエーテルは劇薬だからな」
カカはすぐに指を抜いた。
「う、ううん……」
イリアさんのまつ毛が微かに動く。
「イリア、イリア」
おじさんがイリアさんを優しくゆすった。すると、イリアさんはまぶたを開く。
「お、とうさん……?」
「イリア!」
「よかった!」
こうして、イリアさんは完全に目を覚ましたんだ。
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