第37話 妖精の樹
森はずっと深い緑の葉の大木だった。けれど、いきなり森が開ける。木陰を通さずに直接浴びる陽の光が眩しい。精霊の海を囲う森はずっと円形に続いているはずだ。だけど、そこには森はない。横に立つイオがつぶやく。
「これは酷い……」
わたしも正面を見て声を失った。そこにはヒビの入った地面には乾いた土だけが広がっていた。見える限り、緑の茂った木々はない。
「ねえ、エルメラ。精霊の海の周りは全部森だって言っていたよね」
「う、うん。そのはずだけど……」
地図にも確かに森が描かれていた。イオは首を横に振る。
「あの地図は古い。森がこのようになったのはこの十年ほど前からノームが森を統治しはじめたからだ」
わたしはイオを見上げた。
「ん? 統治って、元々ノームは土の精霊の王で森にいたって……」
「ああ、元々ノームはこの森に住んでいたらしい。森を移動しながら、平和に暮らしていたそうだ。だが、あるときから自ら王と名乗り出て、実際に精霊や人々を連れて侵略を始めた」
「でも、侵略したらって、なんで森がこうなるの?」
「ここはノームの森があった跡地だ。カカ」
イオがカカの名前を呼ぶ。心得ている様子でカカは頷く。先を飛んでいたカカは、戻ってきて先を指さした。
「あっちだ。行こう」
イオが走っていく。わたしも無言でその後に続いた。
乾いた土地だ。たまに木が化石のように残っている。だけど、それも触れるとパラパラと風化して崩れてしまう。
「酷いものだ。これを本当にノームがやったのか?」
サラマンダーがわたしの精霊石を通して話す。
「そうだって、イオは言っているよ」
「ふむ。あの、小心者のじじぃがのう」
やっぱりサラマンダーの頭の中では、ノームはこんなことをしそうにないおじいさんのようだ。ザクザクと乾いた地面を進んでいると、あるものが見え始めた。
「なんだろう? すごく、大きな影?」
少し近づくと影の正体が分かる。
「わ……」
それは巨大な黒い樹だった。空に届きそうなほど大きい。わたしとイオが手を繋いで幹を囲んでも、全く手は届かないだろう。だけど、この樹もやはり枯れているようで葉や枝はなく、幹だけが立っていた。
「やっぱり駄目か……」
カカの声が寂しく響く。エルメラが困惑した様子で尋ねた。
「この樹……」
「ああ、エルメラは初めて見るのか。これは妖精の樹のなれの果てだ」
「「妖精の樹!?」」
わたしとエルメラは声を揃えた。村で聞いた歌では誰も知らない森深くと歌われていた。こんな簡単に見つかるなんて、思いもしない。でも、これだけ周りの森も、無くなっているから不思議ではないのかもしれない。
わたしたちは枯れた妖精の樹に近づいていく。イオが歩きながら話した。
「妖精の樹は精霊の海を囲う森に点在している。だが、ノームの侵略により森は枯らされ、この有様だ。それも、ここだけじゃない。おそらく森を移動するときに養分を丸ごと奪っていくのだろう」
「俺たちが把握しているだけでも、三本もの妖精の樹が枯らされているんだぞ!」
カカがイオの肩で目をつり上げている。イオも頷く。
「ノームは自分のために妖精の樹の生命力を利用している。そして」
「枯れてしまったら、ポイっと捨ててしまうんだ!」
使い捨てというやつだ。だから、ノームは森を移動しているんだ。
「そもそも、その生命力は妖精の樹が子供の妖精を生むために使うはずの生命力」
「そういえば、妖精の樹はお母さん。そう子供たちは歌っていたよね。じゃあ、それを奪われたら妖精は生まれてこない?」
「そうだ」
「その生命力だって、妖精たちが旅をして集めた……なんだ?」
話していたカカが途中で顔を上げる。
「何か聞こえるな」
イオの言う通り、耳を澄ますと音が聞こえてくる。ポロンポロンと何故だか懐かしいような優しい旋律だ。誰かがいる。音楽は樹の裏から聞こえてきていた。わたしたちは警戒しながら裏に回ろうとする。
そのときだ。
「何奴!」
「わっ!」
目の前に現れたのは杖を構えたおじいさんだ。ただのおじいさんじゃない。小さな羽根の生えた妖精だ。
「人間がこのような所に何の用だ! このような所に用があるのは、故郷を訪ねて来た妖精ぐらい……ん? 妖精?」
おじいさん妖精は、わたしとイオの肩にいるエルメラとカカを見比べた。カカが元気よく手を上げる。
「おっす! 故郷じゃないけれど、妖精の樹の様子を見に来たカカだ」
「わたしはエルメラ……」
二人を見て、気を抜いたおじいさん妖精は杖を引っ込めた。
「なんだ。妖精と一緒だったか。しかし、どちらにしても、ここに来ても手遅れ。妖精の樹は死んでいる。出来ることと言えば、弔うことだけ」
なるほど、弔いの音楽だったんだ。
「でも、あなたが弾いていたの?」
「いや」
「わたしです」
今度は女性のしっとりと落ち着いた声がした。妖精の樹の陰から出てきたのは、白いローブのような衣装を着た女性だ。その手にはたて琴を持っている。背後には女の子の妖精が隠れてこっちを見ていた。
「わたしはムウと申します。二人の妖精たちをここに送り届けにきた精霊使いです」
精霊使い。よく見ると、たて琴には精霊石がはめ込まれている。薄い桃色だ。わたしも自己紹介しようとする。
「わたしは……ブッ」
「まだ小さい方ですのね」
ムウさんに頬を両手で挟まれた。しばらくされるがままにしておく。なぜなら、ムウさんは目に布を巻いていたからだ。きっと目が見えないのだろう。目元は見えないけれど、他の顔のパーツからとても上品な美人だと分かる。
「まあ、お肌すべすべのもちもちだわ」
十二歳に若返っているからに違いなかった。
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