第35話 雪の精霊とは相性が悪い



 冷たい向かい風が吹く。精霊の海は風すらも凍っているようで、吐いた息の水蒸気で前髪が凍った。すごく進みにくいけれど、それでも進まないと脱出は出来ない。イオが自分を風よけにしていいと言うので、わたしはイオの真後ろを歩いていた。




 氷山地帯には誰も住んでいないのだろう。どこまでも誰も触れたことのない真新しい雪が積もっている。イオの足跡を踏むように進むけれど、それでもいつもよりずっと体力を使う。先を行くイオはもっと大変だろう。




 空を見上げて、イオはつぶやいた。




「……吹雪いてきたな」




 確かに冷たい風が強くなって、横殴りになって来た。元から雪が降っているので、前を見るのもかすんで見える。




「早く精霊の海を抜けないと」




 だけど、大森林はほんの少しは近づいたものの、まだまだ遠い。太陽の光は雲の隙間から少ししか見えなかった。このまま、夜までにつかなければここで野宿なのだろうか。そんなことしたら、みんな凍死してしまう。凍り付いたわたしたちを想像して、ゾッと悪寒が走った。すると、わたしが被ったもこもこのフードの中で震えているエルメラが言う。




「あ。ユメノ。この吹雪おかしいよ」




「おかしい?」




 吹雪くことは困るけれど、ここは氷山地帯だから吹雪くこと自体はあまり不思議ではない。だけど、カカも慌てたようにイオのスヌードから顔を出した。




「エルメラの言う通りだ! 精霊の力がある周りの氷のせいで気づくのが遅れたけれど、降ってくる雪に地面の雪とは違う精霊の力を感じるぞ!」




 そこまで言うなら間違いないだろう。イオも警戒するように立ち止まった。




「……いるのか? 精霊が」




 そう言うや否や、吹雪は勢いが増す。まるでわたしたちを取り囲むように、不自然に雪が高速で回り始めた。わたしとイオは背中合わせになって、杖を構えて警戒する。




「もしかして雪の精霊?」




「間違いないだろう」




 だけど、肝心の精霊らしき姿は見えない。




「ホムラ! 出て来て!」




 精霊石の中からホムラが出てくる。




「あ、あれ? 小さい……」




 炎の蛇の姿だけれど、いつもより一回り小さかった。




「おかしいな。でも、言霊で大きくすれば。ホムラ、ここは戦場だ! 油断してはならぬぞ!」




 戦う姫ユーリの声で鼓舞すると、ホムラは炎を大きくする。そのとき、周りを取り囲んでいる雪混じりの風から手のひらほどの雪玉が、ホムラ目がけて、ビュンビュンといくつも投げつけられた。




「わっ! ホムラ、避けて!」




 だけど、ホムラの動きはいつもより緩慢で、全く避けられずにほとんどの雪玉を食らってしまう。シュウゥゥと蒸気を上げて、また小さくなってしまった。

イオが心得ているように話す。




「いつもよりずっと炎の威力が弱いな。場所が悪い。サラマンダーでさえ、弱ったくらいだ。ここでは火の精霊は活躍できないだろう」




 精霊の海は炎の精霊にとって不利な所みたい。それなら、他の手を試みるのみだ。




「イオは手を出さないでね。ホムラ戻って」




 ホムラは赤い光になって、精霊石の中に戻る。




「代わりに、ホーク! 出てきて!」




 精霊石が一瞬緑色に光って、風の精霊の鷹ホークが出てきた。




「風でこの雪の壁を吹き飛ばして!」




 ホークは緑色の風をまとって、大きく羽を広げる。吹雪の壁を吹き飛ばすべく、猛烈に風が吹いた。しかし、向こうも踏ん張る。雪玉の攻撃が向かってきた。




「ホーク! 敵陣までいま一歩だ! 踏み込め!」




 わたしはユーリの声で応援する。すると、ホークの起こす風がさらに強くなり、一気に視界が開けた。見晴らしが良くなったそこには、わたしの身長ぐらい大きな雪うさぎがこちらをにらんで威嚇している。




「あれが雪の精霊の正体ね。ホーク、風で攻撃して!」




 ホークは鎌風を起こす。真っ直ぐ雪うさぎに向かった。




『ぎゅうううッ!』




 悲鳴を上げて、雪うさぎは白い光の玉になった。




「よしッ! えーと、名前は、ら、ラビタン! おいで」




 やっぱりいい名前がとっさには思いつかない。しかも、タンなんて呼ぶにも恥ずかしい名前だ。それでも、いつものように光の玉は杖の中に吸い込まれていく。かのように、見えた。




「え!」




 杖の精霊石に入る前に、じゅわっという音がして光の玉は消えてしまったのだ。わたしはまじまじと精霊石を見つめる。




「うそ! なんで!? 精霊が消えちゃった!?」




 いままでこんなことは無かったのに、何が起こったのか分からない。イオも精霊石をのぞき込んできた。




「おそらく、雪の精霊だからじゃないか?」




「雪の精霊だから?」




「ああ。ユメノの元にはサラマンダーがいる。一緒にいるには熱すぎて溶けてしまったのだろう」




「えー……」




 一緒にいると言ってもサラマンダーの場合は、シュウマ山の火口にいる。それでも、力が強すぎて影響しているのだ。




「白うさぎの精霊なんて可愛いと思ったのにな」




 白うさぎは既に消えてしまった。精霊として眠りについたのだろう。サラマンダーのことといい、ホムラのことといい。わたしは雪や氷と、とことん相性が悪い。




「まあ、サラマンダーを召喚出来るだけで、贅沢なんだけどな! それより、早く進もうぜ!」




 カカが布の隙間から震える声で言う。イオも鼻を隠すように布を上げる。




「吹雪も止んだ。急ごう」




「止んだけれど、雪が続いているのは相変わらずなんだよね。……そうだ!」




 わたしは良いことを思い付いた。








 カカがテンション高くこぶしを上げる。




「ひゅーひゅー! 飛ばせ飛ばせ!」




「あんまり速いと、振り落とされちゃうよ!」




 エルメラは怖がってフードの中から出てこようとはしない。目の前を走るのは水の精霊の狼スイリュウ。わたしたちが乗った土の板を引いている。つまりソリみたいに、わたしたちを運んでいるのだ。




「スイリュウ! 進め! 風よりも速く!」





 スイリュウは水の精霊だから、周りの影響で凍ってしまう。だけど、わたしが声を掛けると氷を振り払って力強く前へと進んだ。




「早くこうすればよかった」




「これなら夜までに森に戻れそうだな」




 辺りは暗くなってしまったけれど、わたしたちは精霊の海を抜け、森にたどり着くことができたのだった。



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