第33話 勘が鈍る



 夜の森からリリリと虫の音が聞こえてくる。わたしは眠る前にホットミルクを貰って、イオとテーブルに並んで話すことにした。一応誰かに見られないように用心して、フードの隙間から顔だけをだしているエルメラが言う。



「本当にノームに挑むの? 聞いた感じだと死ぬより怖いことになるみたいだけれど」



 イオが神妙に頷く。



「確かにかなり厄介な相手だ。……だが、誰かが行かなければ森が死ぬ。ここも例外ではない」



 ノームは土の精霊の王だ。土と森は強い繋がりがありそうなのに、一体何が目的で森を殺しているのだろう。



「頼む、ユメノ! ここに来て、やっぱりやめるとか言わないでくれ!」



 カカが懇願の目で見てくる。テーブルに立てかけている精霊石に話しかけた。きっと全部聞いていたはずだ。



「そりゃ、言わないけどさ。勝てそうなの? サラマンダー」



 正直わたしがどうというより、命運はサラマンダーに掛かっている。だけど、サラマンダーからはハッキリした返事はない。



「ううむ」



 サラマンダーの物憂げに唸りが聞こえて来る。








「ノームのジジイは元々小心者だったはずだぞ。それが何をやっているのだ?」



「いや、わたしに聞かれても」



 サラマンダーは疑問に思っているみたいだけど、わたしが知っているはずがない。代わりにイオが答えた。



「ノームのことは知らない。だが、ノームのやっていることは森の侵略だ」



 侵略。ノームは、おじいさんの姿をした小人のはずだ。どう考えても小心者のおじいさんがやることじゃない。サラマンダーが言うことが本当なら、おかしなことをしている。



 サラマンダーはふうと嘆息をつく。



「ここでも争いか……。だが、一つ良いことを思い出したぞ、ユメノ」



「良いことって何、サラマンダー?」



「うむ。ノームは土の精霊だから、鉱石にも詳しいし、自在に操ることが出来る。それどころか、この世に存在しない鉱石を生み出すこともできるのだ。その能力を使って、何でも斬れる剣を作ることができるはずである」



 わたしたちは首を捻る。



「それのどこが良いことなの? 敵対するのに、そんな剣ない方がいいじゃない」



「分からぬか? それがあればユメノとエルメラの結びつきを斬ることも出来るかもしれないのだ」



 わたしとエルメラは同時に息をのんだ。サラマンダーの言うことは、思ってもみないことだ。



「結びつき?」



「二人に何かあるのか?」



 事情を知らないイオとカカが聞いてくる。



「いや、こっちの話。でも、ノームに挑む理由が出来た!」



 吉報を聞いたわたしは両手をグッと握りしめた。



「わたしは別にユメノとゆっくり旅をしているだけでもいいけれど……」



 この期に及んで、エルメラはなおも及び腰だ。思っていたけれど、エルメラは世界を救う巫女と言ってわたしを召喚したのに、あまり精霊の王に挑むことに乗り気ではない。確かに強敵だろうから、怖気づいてしまうのも無理はないけれど、わたしはそうは言っていられないのだ。



「エルメラ! みんなノームに困っているんだよ! それをどうにか出来るのはきっとサラマンダーだけ。そのためにはわたしがノームに近づかないと。それに、いつまでもこのアニメもない世界にいたら、わたしも勘が……」



 言いながらはたと気づいた。最後にアフレコをしたのは、一体いつだろう。サラマンダーが言うにはわたしが元の世界に戻ると、召喚された時間に戻るらしい。



 でも、その間に長くこっちの世界にいて、声優としての勘が鈍ってしまったら。さすがにアフレコを長期間しないでいて、そのまま仕事に戻れるとは思えない。




「駄目だ! どうにかしないと!」

 


 わたしは頭を抱えて立ち上がった。イオたちは目を丸くしているけれど、なりふり構ってはいられなかった。





  ◇◇◇





 こうして、わたしは村の広場での声のトレーニングをすることにしたのだ。エルメラが締めのセリフを話した。



「ありがとう、猟師さん。あなたのおかげで助かったわ」



「こうして、おばあさんと共に助け出された赤ずきんは、言いつけを守るいい子になりました。おしまい」



 最後の紙をめくって、わたしは子供たちにお辞儀をした。わたしのひねり出した苦渋の作戦は、紙芝居だった。昨日の夜書くものを借りて作ったのだ。アフレコをするときは、まだアニメになっていない簡単な絵で声を入れるときがある。それだと思って、声を当てることにしたのだ。



 子供たちは紙芝居が終わるとパチパチと拍手を送ってくれる。



「最後助けてもらえてよかったね」



「面白かったー」



「いろんな声が出て、一人じゃなかったみたい」



 子供たちには好評だけれど、わたしはぎくりとした。一人じゃなかったみたいじゃなくて、本当に一人じゃなかったからだ。おかあさんとおばあさんと狼の声はわたしが、赤ずきんの声はエルメラが担当していた。



 描いた紙芝居は赤ずきんの物語。丸まる一晩、ほぼ寝ずに描いた絵はお世辞にも上手いとは言えない。なるべく子供にも馴染みやすい絵柄にデフォルメして、物語も分かりやすくはしてあった。これを何千枚も描くというのだから、やっぱりアニメーターさんはすごい。しかも、わたしが描いた紙芝居は色も塗っていないから白黒だ。



 完成すると、エルメラもなにか手伝いたいと言って来た。それならと、割り当てたのが赤ずきんの声だ。主役なんて無理だとエルメラは言うけれど、一番地声に近いのは赤ずきん。それ以外は任せられなかった。



 こっそりフードに隠れているエルメラに話しかける。



「良かったよ。エルメラ」



「ユメノがとにかく声をはっきり出せって言うから、言われた通りにしただけだよ」



 そうは謙遜するけれど、よく声が通っていたと思う。それにセリフを読むだけじゃなくて、わたしにつられて演技もしていた。まだまだ改善の余地はあるけれど、はじめて人前で演技するには良く出来きていた。



 杖から覗いていたサラマンダーも楽しんでいたようで、こっそり話しかけてくる。



「吾輩も次は赤ずきんとおばあさんを救う猟師の役で出演したいものだ」



「はは……」



 サラマンダーなら狼役の方が合いそうだ。いや、あまりに凄みがありすぎて、わたしよりも子供たちが怖がってしまうだろう。ちなみに紙芝居をしている間、イオは別行動でノームの森の詳しい情報を聞きに行っていた。



 紙芝居が終わり、遊びに走る子供たち。だけど二人の女の子がわたしの傍に近づいてきた。



「ねえ、お姉ちゃんの国のお話変わっているね」



「そう?」



 世界が違えばおとぎ話も違う。聞けば、たまに旅芸人が来て同じようなことをするそうだから、紙芝居や人形劇の文化はあるようだった。



「この辺りの伝わるお話はあるの?」



 彼らに馴染み深い話も知れば、紙芝居のバリエーションも増えるだろう。



「いろいろあるよー」



「わたしが好きなのは妖精の歌」



「妖精?」



 頭上にはまさしく妖精がいるのだけど、そうとは知らず子供たち二人は歌いだす。







 誰も知らない森深く 妖精たちは眠っている


 お眠りなさい、よい子たち


 お母さんはささやくよ


 コロコロコロコロ鳴る たくさんのベルの音


 おかえりなさい、大きくなって


 お母さんは待っている





「……コロコロ? ベルの音なのに?」



 普通はリンリンとか表現しそうなのに。疑問に思うけれど、女の子たちはカラカラと笑う。



「なんでかは知らなーい」



「そういう歌だからねー」



 口伝えに歌われてきたのだろうから、どこかで変わってしまったのだろうか。じゃあねと言って、子供たちは去って行く。



「エルメラはあの歌知っていた?」



「ううん」



 どうやら世界中と言うより、この森の村にだけ伝わる歌のようだ。もしかしたら、この大きな森には妖精たちがたくさん住んでいる場所があるのかもしれない。




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