第二章
第32話 森の中の小さな村
ひっそりと隠れるように森の中には木造の家々は建っている。最初に召喚されて来たロオサ村に雰囲気が少し似ているかもしれない。その村の小さな広場では、十人ほどの子供たちが集まっていた。
鈴のような可愛らしい声がする。
「おばあさん。どうしておばあさんの耳はそんなに大きいの?」
わたしのフードの中にいるエルメラの声だ。
「赤ずきんの可愛い声をよく聞くためさ」
わたしは狼がおばあさんの声を装ったような、しゃがれた声を出した。
「じゃあ、おばあさん。どうしておばあさんの口はそんなに大きいの?」
エルメラが次のセリフを言うと、目の前の紙をめくる。一拍置いて、わたしは声色を変えた。
「それは赤ずきん、お前を丸のみするためだ!」
「「「きゃーッ!!」」」
子供たちが悲鳴を上げる。ちょっと怖い声の演技に気合を入れすぎたようだ。
赤ずきんの紙芝居の前日。わたしとイオ、エルメラとカカはサラマンダーの背中に乗って、森の上空を飛んでいた。買った地図だとこの森の奥には精霊の海がある。大きな森が精霊の海を取り囲んでいるはずだ。わたしは前に座るイオに問いかける。
「ここがノームの森?」
「いや違う。南の森だな。精霊の海を囲む大森林は全て繋がっていて、大体の方角で呼ばれている」
イオの説明に味気ない土地の呼び方だなと思うけれど、一番分かりやすそうではある。サラマンダーが森の上を大きく旋回する。
「ふむ。ここがノームの森じゃないとすると、どこに向かえばいいのだ?」
「ノームの森の現在位置は分からない」
「分からない?」
「ああ。あそこに村がある。まずはあそこに行って情報収集をしよう。降りてくれないか、サラマンダー」
「よかろう」
サラマンダーはイオが指さした村がある方へと飛んでいく。サラマンダーを見られると絶対に騒がれる。面倒だから、村から少し離れた場所に降りた。
「では、吾輩はシュウマ山の火口に戻る。ユメノの精霊石を通して見守っているぞ。必要があれば呼ぶが良い」
また歌を歌って呼ばないといけないのだろうか。それはちょっと面倒だ。他の精霊みたいに名前を呼ぶだけで出てきて欲しいけれど、いまは言わずにおいた。さすがに、サラマンダーも長い距離を飛んで疲れているだろうからだ。
「うん。ありがとう。ゆっくり休んでね」
「久しぶりの空の旅、楽しかったぞ。ではな」
サラマンダーは身体が光だしたかと思うと赤い光の玉になって、シュンと杖の精霊石に入った。解放しているのは火の精霊だし、サラマンダーは召喚出来るし、完全に火の精霊使いになってしまったものだ。
「それじゃ、行こうか」
イオは口の布を上げて、村へと先に歩き出した。
村に行く途中、苔むした切り株がたくさん見られた。きっと林業を生業にしているのだろう。村に着くと、真っ先に探すのは宿屋だ。もう日が暮れ始めていたから、情報収集の前に宿を確保しておかないといけない。
村の通りを歩いていると、ちょうど斧を担いだ木こりのおじさんが通りかかった。カカが布の間から、イオの代わりに聞く。
「ちょっといいか? この村の宿屋はどこにあるんだ?」
「宿屋? こんな小さな村に宿はねぇべ。地図にも載らないから旅人も寄らん」
「確かに小さいもんね」
見える範囲だけれど、両手で数えられるほどの家しかない。
「それなら、泊めてくれる家に心当たりはないか? 俺たちは精霊使いなんだ」
わたしとイオは精霊石に巻いていた布を外した。精霊石は紅く、イオの精霊石は黄色い。それを見ると、木こりのおじさんはなぜか視線を伏せた。
「そうか。精霊使いさまべか。たぶん、村長の家なら泊めてもらえるべ。ほら、あの家だべ」
どうしたのだろうと思った。なんだか、精霊使いと聞いて反応がおかしい。これまでの村や町だと、あがめられるというと大げさだけど、精霊使いと聞くと誰もが歓迎してくれた。それとは対照的に、木こりのおじさんの視線からは憐みのようなものを感じた。
それは、村長さんの家に行っても同じだった。杖をついたおじいさんがテンション低く言う。
「おお、精霊使いさまが二人も。このような小さな村にお越しいただき、ありがとうございます。簡単なおもてなししか出来ませんが、どうぞごゆっくり」
「世話になる!」
「お世話になります」
長男夫婦と二世帯暮らしで、小さな子供が二人いた。大きな木のテーブルにお茶が用意される。丸太の椅子に座って、お茶を一口飲むと少し酸っぱい、変わったお茶だった。
目の前に座った村長さんが尋ねてくる。
「精霊使いさまのお二人は修行の旅の途中で?」
「いや、わたしたちは……」
「ノームの森を探している」
そうハッキリ言ったのは、カカではなくイオだ。ハッとしたように村長が顔をあげ、そばにいた長男さんも目を見開き、後ろの台所で作業をしていたお嫁さんも振り返った。
どうやら、声が変わったことに反応しているわけではなさそう。
村長さんがおもむろに口を開く。
「……それはご立派なことです。ですが、何もお二人のようなお若い方々が向かわなくとも……」
この言い方。サラマンダーのときと似ている。サラマンダーに挑戦したものは二度と帰ってこないって言われていたけれど、確かノームは――
「ノームに挑戦したものは皆、戦意を喪失してしまう。これって本当?」
わたしはイオを見上げて聞いた。
「ああ」
イオはしっかり頷く。だけど、村長さんが付け加えた。
「戦意を喪失するだけならば良い方です。ノームに挑んだ人の中には人が変わってしまうこともあるとか、物言わぬ植物のようになってしまうとか。そのような噂もございます」
「え……」
植物人間になってしまうなんて。思った以上にノームって厄介なのかもしらない。だけど、イオに動揺した様子は見られない。
「だが、こちらには切り札もある。そして、行かなければならない理由がある。ノームの森の場所を教えてもらえるだろうか」
切り札とは、間違いなくサラマンダーのことだ。でも、イオが行かなければならない本当の理由は聞かされていない。
そういえば、森は破壊されつつあると言っていた。それと関係あるのだろうか。この辺りの森は普通に見えるけれど、大きな森だから破壊されているところもあるのだろう。
「ノームの森は、いまは北東の森に場所を移したそうです」
村長さんが言うことにイオは頷く。森が移るという表現に疑問を覚える。だけど、わたしが尋ねる前に、テーブルの中央に鍋が置かれた。
「さあ、とにかくお夕食にしましょう」
色々と気になるけれど、後々イオが話してくれるはずだ。なんと言ったって、わたしはもう大事な旅のパートナーのはずだ。そう思って、皿に注がれたスープをスプーンですくった。
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