第17話 暴走
イオが向かったと思ったら、すぐに人だかりは道を作る。犯人らしき人は腕を石の輪で拘束されて、イオに連れて来られた。
「やめろ! 俺が何をしたっていうんだ!」
拘束されてもなお、抵抗を続けている。兵士さんが見た途端に男の人を指さす。
「あ! この男です! 空の精霊石を持っていたのは!」
「首に下がっているものをよく見せろ!」
ニコ隊長が強引に首元を探った。すぐに四角柱の透明な精霊石が出てきた。そもそも精霊石は手に入れづらく、精霊使いしか持てないように厳重に管理されているらしい。これは間違いない。
「犯人はお前だな。城壁の設計図はどこだ!?」
問いただすニコ隊長の眼光は鋭く迫力がある。しかし、犯人らしき男の人は顔を背けて白状しない。
「設計図なんて知らねぇよ! なんなら、この場で裸になってもいい!」
「その言い方、他のどこかに隠しているな」
「とにかく俺は無関係だ! 離してくれ! 不法逮捕だ!」
犯人らしき男の人は身をよじってなおも抵抗するけれど、それでイオの拘束が外れるとは思えない。どちらにしても精霊使いなら尋問をすることになるだろう。
でも、困ったことになった。この様子だと意地でも自分が犯人だと認めないだろうし、設計図の隠し場所も教えないだろう。
だけど、わたしはいいことを思い付いた。
「ねえ、隊長さん。こういうのはどう?」
わたしは泉の方を指さす。
「あの水の精霊にあの男の人が声をかけてみるの。もし、水の精霊のマスターなら精霊石に戻れと言えば、あの首飾りに戻って行くはずだと思うわ」
これなら、犯人を捕らえた証拠には絶対になる。
「おおっ! 確かに! 早速やらせてみよう。おい、お前ら!」
二人の兵士さんたちが男の人を押しやって、泉の方へと近づけていく。
「や、やめろ……」
『きゅる♪』
水の精霊が噴水から顔を出した。待っていた主人に会えて嬉しそう。これは決まりだ。みんな、そう思っていたと思う。
「やめろ! お前なんか知らない!」
拘束された男の人が大声で叫ぶ。
『きゅ……』
そうは言っても、水の精霊に戻れと言えばすぐに分かる。兵士さんたちは男の人をさらに押す。
「お前の精霊だろうが」
「違う! 俺とは全く関係ない! 近づくな!」
いくら否定しても、もう無意味なのに強情すぎる。そう思ったけれど、予想外のことが起き始める。
「水の精霊の様子がおかしい」
イオが警戒するように言う。顔だけだしている精霊だけど震えている。何だか泉の水も不自然に揺れ始めた。
『きゅう……きゅうううううううううう!』
水の精霊が大きく鳴いた。それと同時に泉の水が大量に空へと逆巻いていく。
「な、なに!?」
腕で顔を覆うけれど大量の水がドッと落ちてきた。マントはずぶぬれだ。顔を上げると、いつの間にか真っ黒な雨雲で覆われている。しかも、ぼたぼたと大粒の雨が落ちてきた。
「水の精霊は!?」
泉に近づいてのぞき込むけれど、そこには水一滴も残っていない。
「空だ……」
イオがつぶやく。わたしも空を見上げた。そこにはつぶらな瞳の水の精霊はいない。だけど、解放する前の姿の精霊がいた。暗い空を泳いでいるのは魚だ。うろこが七色に反射している。巨大な水の精霊は胴が長く、リュウグウノツカイという魚に似ているかもしれない。
わたしたちだけでなく、兵士さんたち、野次馬をしていた人たち。みんな呆然とその光景を見ていた。
「な、なんだありゃ。解放する前でも、あんなデカくないぞ……」
マスターであるはずの犯人まで呆然としている。
「たぶん、主に関係ないと言われたことで、使役する前の暴走した精霊に戻ってしまったんだ! それも、力が増幅している。気をつけろ! 攻撃が来るぞ!」
カカの声で、みんな持っている武器や杖を構えた。わたしは咄嗟の行動がとれずに叫ぶ。
「攻撃って、空から!?」
そのとき、ビームのような閃光が走った。一瞬のことだ。
「ぐ、ぎゃああ!」
あの男の人が悲鳴をあげる。太ももを水のビームで貫かれたのだ。地面に倒れて、悶えている。一瞬過ぎて、眼で追うこともできなかった。
「また来るぞ!」
イオの声で再び空を見上げると、水の精霊が口を大きく開けている。口の中が青く光っていた。また水のビームだ。
「フリント、防壁を作れ!」
イオの精霊が倒れている男の人の前に石壁の防壁を作る。水のビームが当たって大きく砕けた。
「お、俺を狙って……」
「それほど精霊を裏切った代償は高いということだ。立て。建物の中に入る」
イオにかばわれながら、男の人は建物に向かう。それでも、水の精霊は落ち着かなかった。主を見失ったからか、移動しながら手当たり次第に街を攻撃し始めたのだ。
「きゃあ!」「敵国の攻撃か!?」「建物の中へ!」
街の人々が右往左往しながら避難する。兵士さんたちも、鐘を鳴らしに行った。完全な非常事態だ。非難に慣れているのがまだ不幸中の幸いだ。
「お嬢ちゃんも早く」
ニコ隊長が避難を勧めてくれる。でも――
「わたし、行くわ!」
「お嬢ちゃん!?」
わたしは街を攻撃しながら移動している水の精霊の方へと駆けだす。エルメラがフードから飛び出してきた。
「ユメノ! 今は逃げた方がいいよ!」
「何言ってんの、こんなの放っておけるはずない! 逃げたって水の精霊が収まるの? ホムラときみたいに鎮めないといつまでも暴れっぱなしなんでしょ!?」
「それはそうだけど、ここにはユメノ以外にも精霊使いがいるよ!」
「それに一度、心を通わせた精霊だから放っておくわけにはいかない!」
わたしにとって全くの他人には思えないということだ。
「あ!」
前を見ると、道の真ん中に小さな女の子が転んで泣いている。そこに、青い光が襲ってきた。
「スイリュウ、あの子を守って!」
出てきた青い狼のスイリュウが女の子の前に躍り出て、水柱を上げる。しかし、全てを防ぎきれずに貫通した水がスイリュウを吹き飛ばした。そのまま、一撃で消えてしまう。あの水の精霊はスイリュウよりもずっと強いみたいだ。ホムラに防壁を作らせても、火と水では負けてしまうだろう。ホークもたぶんあれほど暴れている精霊には敵わない。
「ねえ、エルメラ。あの子を安全なところに避難させて」
「ユメノは?」
「わたしはまた、語り掛けてみる」
両手でぐっと杖を握った。そう、ホムラのときと同じだ。黒い雲からは大粒の雨が降り、暴風が吹き荒れる街には、未だにカンカンカンカンと絶えず鐘の音が響いていた。わたしはエルメラのお母さんをイメージした声で話しかける。
「水の精霊。降りて来なさい。降りてきて、一緒にお話しましょう!」
だけど、水の精霊は長い胴体をくねらせて、次々に街に向けて水のビームを放っていた。声が届いていないみたいだ。わたしは声を掛け続けた。だけど、いくら走って水の精霊の下へとたどり着いても、また主人を探しながら移動してしまう。
そして、わたしの方に向けても青い光が光る。直感的に避けられないと背筋が凍った。精霊たちでは防げないし、わたしも素早く動けない。しかし、たった一言が響く。
「守れ」
わたしの目の前に頑丈な土の壁が現れた。ビームが壁に当たった衝撃に身構えていたけれど、わたしには傷一つつかない。
「イオ!」
後ろを振り向くと杖を構えたイオが立っていた。カカもキツネの精霊フリントもいる。カカが叫ぶ。
「ユメノの出る幕じゃないぜ! ここはイオや他の高ランクの精霊使いに任せていろ!」
「他の精霊使い?」
「ああ、見ろ。集まってきているぜ」
カカが指さす方向に、わたしも目を向ける。そこは雨にさらされながら、屋根の上に立っている人たちが三人。皆、杖を持っている。たぶん、Sランクの人たちなのだろう。
彼らは口々に口上を述べ始めた。
「我と契約せし雷の精霊よ」
「鮮やかなる蕾を開花させ」
「その身を我にゆだねたまえ」
「「「その真なる力を解放せん!」」」
次々に精霊たちが解放された。そのまま、水の精霊に三体の解放された精霊が向かっていく。轟音を立てて雷が水の精霊を直撃し、花が咲いたツタが縛り付けた。どの攻撃もとんでもない威力で、水の精霊は苦悶の表情を浮かべている。
「駄目! やめて!」
わたしは思わず叫んだ。
「ユメノ」
走って行こうとするけれど、イオが肩を掴む。わたしは抵抗しながら、何とか進もうとじたばたする。
「離して! あの子は怯えているだけよ! ずっと待ちぼうけをさせられて、やっと来た主人には酷い言葉で傷つけられて! それなのに、あんなの可哀そうじゃない!」
「でも、街を攻撃している」
「そんなの、わたしが使役すればすぐに止められる! ホーク!」
緑色の風を纏った鷹、ホークが杖から出てきた。捕まえたときはかなり巨大だったけれど、今はわたしの背より少し大きいぐらいだ。
「どうするつもりだ」
「ホークに乗って、声を届けに行く」
地上からでは声が届かない。ホークに乗って飛べば近づける。カカが上空を指さす。
「無謀だぜ! あんな中に突っ込むつもりかよ!」
水の精霊が暴れて、精霊使いたちが猛攻撃を続けていた。ただでさえ暴風雨が吹き荒れているのに、あの合間を使い慣れていないホークで進むことはわたしでさえ無謀だと思う。
女の子を避難させて戻ってきたエルメラも心配そうに言う。
「そうだよ、ユメノ。もうあの人たちに任せておこう」
「でも、あの叫び声が聞こえるでしょ?」
水の精霊は魚の姿に変わっても、きゅるきゅると鳴いていた。どんな声にも感情がある。いま聞こえて来る悲しみと苦悶に染まっていた。泉で話したときは、あれだけ楽しそうな声を出していたのに。
「あのまま倒されたら、あの子の悲しみはそのままじゃない! だから行くの!」
わたしはホークにまたがろうとした。しかし、またイオが肩を掴んだ。わたしは振り返って睨みつけた。
「なに! 止めたって無駄だから」
「俺が道を作る」
「え?」
「ユメノの声を安全に届ける」
イオが前に出て杖を構えた。
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