第18話 ランクアップ



 その頃。Sランクの精霊使いたちは、水の精霊に対して代わる代わる攻撃を繰り出していた。花の精霊を操る彼女は、黒いマントを被りびしょ濡れになりながらも華麗に杖を振る。




「いいよ! プルメリア! そのまま絞めちゃって!」




 風の精霊を操る彼も調子がよさそうだ。




「雷が稲光り、豪雨が降り、そして暴風が吹く。ここは俺の独壇場だ」




 雷の精霊を操るもう一人の男はどちらかと言うと、乗り気ではなかった。




 ギルドでのんびりしているところに、いきなり叩き出されたのだ。ギルドを出ると、あれほど天気が良かったのに横殴りの雨が降っている。逆立てているお気に入りの髪型も一瞬でぺしゃんこになってしまった。




 その上、暴れているのは主人に拒絶された水の精霊だそうだ。




 例の設計図を盗み出した精霊。経験上、この手の精霊は非常に厄介だ。滅多なことでは倒れないし、実際に天候まで操り、荒れに荒れていた。反抗も強い。もう一度、言霊で使役など、とてもではないが不可能だろう。完全に倒して、ただの水に帰すしかない。




「よし。長期戦だが勝てない相手ではない。行くぞ!」




 そう力強く言ったときだ。




「な、なに、あれ」




 花の精霊を操る彼女が手を止める。彼女が見る方向には、石の階段が空中に作られていた。作るのはキツネだ。おそらく土の精霊なのだろう。そいつが、ぴょんぴょんと跳ねる度に、上へと石の階段が出来ていた。




 そして、ひとりの人影が階段を登っている。




「女の子?」




 その子は黒く長い髪を濡らし、赤茶色いマントを羽織っていた。よく見ると傍には妖精がいて、精霊石をついた杖を持っている。見習いの精霊使いだろう。ただ、この場にいるにはあまりに幼い。




「お、おい。危険だ! 風を止めてあの子を守れ!」




 風の精霊を操る彼が真っ先に精霊に指示を出した。花の精霊を操る彼女も精霊に指示を出し、花で石の階段を補強する。雷の精霊の彼は落ちてきた場合のために下で待ち構える。




「ありがとう」




 女の子の声がこの暴風雨の吹き荒れる中、わたしたちの耳に届いた。不思議と耳に心地よい声だ。石の階段が暴走している水の精霊の元に続いていることに気づく。




『きゅるるるるるるる!』




 水の精霊は彼女を威嚇するように鳴いた。三人の精霊使いは緊張感を持って杖を構える。




「大丈夫。辛かったよね」




 女の子からは子供とは思えない大人びた声がした。水の精霊に声が届くところに立つと女の子は止まる。




 まさか、使役するつもりか。Sランクの精霊使いでも不可能だというのに。




「一人で待っていて寂しかったよね。大丈夫よ。これからはわたしがずっと一緒にいるから」




 そう言った途端、雨が止む。あれほど濃かった曇天の隙間から光が差した。




「まさか……」




 巨大な魚の水の精霊が小さくなっていく。透明な球になって浮かんだ。




「あなたの名前はオトヒメ。よろしくね」




 そう言うと、水の精霊だった球は女の子の精霊石に吸い込まれていった。




「あ!」




 風の精霊を操る彼が声を上げる。土の精霊が作り出していた石の階段が消えていったのだ。即席のものだから当たり前だ。これまでよくもった方だと思う。




「わたしが……」




 花の精霊を操る彼女が助けに行こうとする。しかし、その必要はなかった。




 女の子が落下することを予期していたように、真下に一人の男が待ち構えていたからだ。彼が女の子を抱きとめて、水の精霊の暴走事件は全てを終えたのだった。









  ◇◇◇







 わたしたちはすぐに宿屋に帰ってお風呂に入り、雨風でびしょ濡れになった身体を温めた。




「あーっ。温まるー」




 お風呂の中でうーんと大きく手足を伸ばすと、エルメラも一緒に伸びをする。




「でも本当に良かった。オトヒメがユメノの声をすぐに聴いてくれて」




「まあ、一度、話した仲だからね。通じやすかったんじゃないかな? それもよかったけれど、イヒヒヒヒ」




 思わず声を出して笑いが出てしまう。




「……品のない笑いだね」




「そう言わないでよ、エルメラ。だって、犯人を捕まえたから、これでSランクにランクアップだよ!」




 思わず水しぶきを飛ばしながら、拳を振り上げた。




「すごいよね! まだ一番下のEランクなのに。でも、本当にシュウマ山に行くの?」




 エルメラは不安そうだ。よほど討伐が怖いのだろう。だけど、行かなければ始まらない。




「もちろん! 何のためにランクを上げると思っているの! Sランクになって討伐隊に入ってサラマンダーに会いに行くためなんだから。ああ、ここに来るまですごく苦労したけれど、もう山は目の前! 絶対、元の世界に帰るんだから!」




「……この前来たばかりなのに」




 仲良くなったエルメラには悪いけれど、ゆっくりはしていられない。もう何日も仕事場にも顔を出していないのだ。帰ったら、すっぽかしてしまった仕事のことを真っ先に謝らないとならないだろう。突然失踪したことになっているだろうから、マネージャーも心配しているに違いない。










 お風呂から上がって服をホムラに乾かしてもらう。カラッと乾いた服を着て宿屋の一階に降りると、イオがわたしを待っていた。カカがちらりと布の隙間から顔をのぞかせる。




「兵士が来て、二人とも精霊ギルドに来るようにだってさ!」




 わたしは来た来た!と気分が一気に高揚する。これから、Sランクに昇格しますって言われるに違いなかった。




「それじゃあ、行きましょう!」




 わたしは意気揚々と宿屋を出て行く。その後にイオが続いた。雨上がりの街は所々壊れていて、街の人は忙しそうに木材や石材を運び駆けまわっている。




「ランクアップ、ランクアップ、ランクアップ~♪」




 わたしは思わずスキップしてしまう。すると、どこからか声が聞こえて来る。




「あら、ど素人さんは随分ご機嫌ですわね。後ろの方におこづかいでも貰えたのかしら?」




「ん?」




 声のした方を振り返ると、ルーシャちゃんがテラスカフェでお茶を飲んでいた。ティーカップを持つ手の小指が立っている。




「ルーシャちゃんは何をしているの?」




「リラックスタイムですわ。もう設計図を盗んだ犯人を捕まえる必要はなくなったのですから。先ほどの暴走した精霊も、Sランクの精霊使いの方々が鎮めたらしいですわね」




「あ。その水の精霊はわたしが使役したんだよ」




 自分を指さした。ルーシャちゃんはカップを止めて、目を丸くする。そして、すぐに笑いだした。




「おーほっほっほ。何を言いだすかと思いましたら! 暴走したのは天候を操るほどに力を解放した精霊でしたのよ! ど素人さんごときに、鎮められるはずはございませんわ!」




「でもわたし、精霊ギルドに呼ばれているし」




「……なんですって」




 急にルーシャちゃんは真顔になる。




「ユメノ、そろそろ行くぞ!」




 カカが急かすので、じゃあねと言ってルーシャちゃんに背を向けた。けれど、すぐにガタガタと椅子を動かす音がする。




「お、お待ちなさい! そ、そうですわ! わたくしも精霊ギルドに用がございましたの。一緒に行きますわ」




「えー……」




 いちゃもんを付けられそうだと思うけれど、用があるというのに止めるわけにもいかない。わたしたちは三人連れ立って精霊ギルドに向かった。




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