第16話 イエスか、ノーか
適当に市場の屋台で夕食を調達してきて、宿の部屋でイオと一緒に食事をする。わたしは泉に設計図を盗んだだろう水の精霊が留まっていること話が通じないことを話した。
「そうか。どうにかその精霊と意思の疎通が出来れば、分かることは多そうだな」
イオは相変わらずイラっとするほどイケボだ。一日離れたぐらいで変わるはずがない。ぶつくさとカカが文句を垂れる。
「しっかし、ズルくないか? 犯人捕まえただけでSランクに昇格とかさ。俺とイオがどれだけ苦労してAランクにまで上げたと思っているんだ」
エルメラとカカはテーブルの上に置いたさくらんぼを食べていた。カカは不服そうだけど、イオは心得ていると言う様子で言う。
「それだけの重要機密であり、困っているということだろう。ユメノ、俺たちも協力しよう」
「えっ! 協力してくれるの!?」
わたしがSランクになったら、イオたちが反対していたサラマンダー討伐に行けてしまう。それでも、協力してくれるなんて、どういう風の吹き回しなのだろう。
「ああ。俺たちもそう、のんびりはしていられない。Sランクに昇格するにしても、高難易度の依頼を受けなければならないからな。犯人逮捕でランクが上がるならそれに越したことはない」
「ユメノには逮捕は無理だろ。俺たちに任せとけ!」
カカは拳を上げる。けれど、それに素直に従うわけにはいかない。
「嫌よ! こんな千載一遇のチャンス逃す訳にはいかないんだから。大体、その精霊と話せるのは、わたしだけだもんね! 犯人を捕まえる機会があれば捕まえる!」
出来れば犯人逮捕と同時に設計図もゲット出来れば万事うまく行くのだけど。ただ、ルーシャちゃんが言っていた通り、もう既に敵国に渡っている可能性も高いのだ。
やっぱり自分で犯人を掴まえないといけない。これだけは譲るわけにはいかないのだ。
次の日、わたしたちは水の精霊がいる泉に向かう。前の日と同じように、エルメラのお母さんをイメージした声で話しかけた。
「出てきなさい」
『きゅる?』
水の精霊はまた顔だけをのぞかせる。イオのことを見ると、引っ込みそうになるけれどまたそっと話しかけて話をする態勢にした。わたしたちは腰を据えて話を聞くために泉の縁に座った。
「あなたに質問があるの。『はい』なら鳴き声のきゅるを一回。『いいえ』ならきゅるを二回よ。分かった?」
『きゅる』
どうやら通じたようだ。具体的な答えは聞き出せなくても、これならイエスかノーかで判断できることも多いだろう。
「じゃあ、最初の質問。城塞の設計図を盗んだのはあなた?」
『きゅる?』
首をかしげるから何のことか分かっていないみたいだ。
「えーと、マスターに紙を持って逃げろとか言われなかった? それで、誰かに追いかけられたりしたんじゃないかな?」
「きゅる!」
イエスだ。この水の精霊が犯人だとは分かっていたけれど、これで真相に近づける。
「次の質問よ。それはあなたのマスターに命じられてよね。そのマスターがどこにいるかは分かる?」
『きゅるきゅる……』
水の精霊は寂しそうに鳴く。答えはノーだ。この悲しそうな感じ、もしかして――
「あなたは迷子?」
『きゅるきゅる』
違ったようだ。ふと、イオが口を開く。
「ここで待っているように命じられたんじゃないか? お前の主に」
『きゅる!』
イオがそう聞いた途端、水の精霊が元気に鳴いた。当たりみたいだ。
「なんで、こんな所に待たされているの? 一緒に逃げればいいじゃない」
わたしが尋ねると、イオはあごに手を当てて考える。
「……おそらく犯人は精霊使いが疑われることを見越して、精霊をこの場に留まらせているのだろう。質問されたときには、全ての精霊を精霊石から出させられたからな」
水の精霊の目撃者は居るわけだから、その精霊を使役している精霊使いが犯人というわけだ。犯人はそれを予期して水の精霊をここに留まらせた。
「え。でもそうしたら、精霊使いたちを拘束しているのは見当違いなんじゃ。犯人は普通の人を装っているってことよね」
「そうだな。この話、兵士に教えよう。俺たちだけでは見つけられない。協力してくれるはずだ」
イオが立ち上がる。わたしたちだけで犯人を掴まえたかったけれど、そう簡単にはいかないようだ。
兵士たちに設計図を盗った水の精霊がいたことを伝えると、すぐにニコ隊長が駆けつけてきた。泉を覗き込んで、水の精霊を確認する。精霊の方は警戒しているけれど、興味があるのか少しだけ顔を出した。
「なるほど。犯人は精霊使いだが、精霊使いではないように振舞っている。そういう訳だな」
「そうです」
ニコ隊長はわたしの頭に手を置く。ニッカリと目を細めて笑った。
「うん! お手柄だ、嬢ちゃん! 他人の精霊とも意思疎通が出来るなんて、大した精霊使いじゃないか! このことは精霊ギルドにも報告しておく。一気に一、二ランクは昇格するんじゃないか?」
「はは……」
嬉しいけど、一、二ランクでは意味がない。Sランクはまだまだ遠い。それならば俄然犯人を捕らえることに意味が出て来る。
「だけど、犯人は一般人に紛れているっていうことよね」
「そうとも限らないぞ。精霊使いだってまだ疑いが晴れたわけじゃない。この子だけをここに留めている可能性もある。設計図を持っていなくても、どこかに隠している可能性もあるし」
つまり、街にいる全ての人物に疑いが掛かったということだ。これでは謎は深まるばかりだ。そのとき、あ! と大きな声が響く。振り返ってみると、門の所にいた兵士さんだ。
「どうした」
「え、えっと、ニコ隊長。一昨日だったかな。怪しい人物がいまして」
「どんな」
兵士さんは指で五、六センチの幅を作る。
「街を出ようとする人たちの持ち物を検査していたら、これぐらいの透明の精霊石の首飾りを持っている男がいたんです」
「なに!? それでその男どうした」
「ただのアクセサリーだと言うんで、捕えはしなかったのですが。一応、騒動が落ち着くまでは街に留まるようにと言い置きましたが……」
「よしッ! その人物の顔をよく思い出せ! 人相書きを書くんだ!」
ニコ隊長が叫んだ。本当に犯人は捕らえられるかもしれない。そのとき、わたしは偶然見てしまった。
兵士が集まってきていたことで、何事かと野次馬もこの路地に集まっている。その中に紛れるようにして、一人だけ目つきの悪い男の人がこっちを探るように見ていたのだ。帽子をかぶって顔を隠すような仕草をしている。
放火魔は自分が火を放った現場に戻ってくると聞いたことがある。そうでなくても、兵士たちがどういう動きをするか犯人は知る必要があるんじゃないだろうか。留め置いていた水の精霊も気になるはず。
男の人とわたしの目が合った。すると男の人はすぐに背を向けて去って行こうとする。間に合わない。わたしはイオの服を引いて、指をさした。こっそり言う暇もない。
「ねえ、イオ! あの人を捕まえて!」
わたしの声を聞きつけて男の人は走り出した。でも、そのおかげで誰を捕まえないといけないかイオにもすぐに分かったのだ。
「来い、フリント」
イオがつぶやくと杖の精霊石からキツネの精霊が出てきた。
「足場を作れ」
そう言うが否や、フリントはイオの足元を素早く往復する。すぐにズズズズと土がせり上がりだした。そのまま、地面は伸びて人々の頭を超えていく。土の波に乗るようにイオは逃げようとする男の人の背中へたどり着いた。
「う、うわああ!」
叫び声がわたしの所まで届く。よしっと小さく拳を握った。
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