第15話 大きな手がかり
階段を上がったり下ったり。ときには高いところから街全体を眺めたりして。街行く人に聞きながら、地図の最終地点へ向かった。
「ふーん。綺麗な場所だね」
そこは街の一角にある小さな広場だ。袋小路になっていて石畳の階段を数段下った先には水が壁から流れ出ている泉がある。辺りには誰もいないのでエルメラもフードの中から出て来た。
「ここで、設計図を持った精霊を見失ったってことよね。そのあと、どこに行ったのかな?」
キョロキョロと見回してみても、泉以外には何もない。周りはクリーム色の壁の同じような建物が並んでいる。もちろん足あとなんてあるはずもないから、設計図を持った精霊がどこに行ったかも分かりようがなかった。
「……ユメノ。そこの泉に近づいて」
なんだろうと思いながら、エルメラの言ったとおりにする。すると、水が流れ出ている方向から反対側に波紋が起きた。
「感じる。感じるよ! これって精霊の気配だよ!」
「えっ!」
目を凝らして泉を見てみるけれど精霊はいない。水面はゆらゆら揺れているだけだ。
「うーん、居そうな感じはしないけれど」
「ううん。精霊の気配だけがあるよ。きっと水に溶けているんだと思う」
妖精のエルメラが言うからには、そうなのだろう。これまでも精霊の気配を感じるのが遅れても、間違えることはなかった。
「なんで、まだここにいるのかな?」
設計図を盗った後に何処にも行っていないなんて気になる。それに、設計図は持っていないようだ。まさか、紙まで水に溶かせるとは思えない。用事が済んだのに精霊使いの主の元、精霊石の中に帰っていない理由も思いつかなかった。
「ここにいるか精霊自身に聞いてみるしかないかもね」
「え! 聞けるの?」
「分からないけれど、ルーシャって子の精霊をユメノは盗っちゃったでしょ? ユメノは他の精霊使いとは違うことが出来るはずだよ。呼び掛けてみたら反応があるかも」
確かにあのときは精霊の名前を呼んだら、勝手について来てしまった。でも、いまは名前なんて分からない。だから、ホムラを使役したときのように話しかけてみる。
「整列! 兵たちよ。よく集まってくれた! わたしから君たちに話がある」
水面は何一つ変わらない。せっかく張り切ったのに無反応だ。エルメラも困ったように言う。
「うーん。それじゃちょっと怯えて出てこないかも。やっぱりスイリュウに防御させたときみたいに、ううん。それ以上に優しく問いかけた方がいいんじゃないかな」
「優しくかぁ」
優しさが際立ったキャラクターの役はあまり経験がないけれど、プロだから誰だろうと声を演じ分けられないはずがない。とはいえ、設定は大事だ。
「エルメラは優しい人をどんな人をイメージする?」
「え! わたし!?」
「うん。キャラ設定に協力してよ」
エルメラは腕を組んでうーんと唸る。
「お母さん、とか」
「お母さんかぁ。うんうん。無難な所だね。それで、どんなときに優しいの?」
「え、えーっと、わたしが怪我をして帰ってきたとき、痛かったねって言って傷口を洗ってくれたとき、とか」
エルメラのお母さんを何となく想像する。エルメラと同じ水色の髪の毛で、同じ妖精。話しかけるときは、目じりを下げて優しい顔をしている。少しずつイメージが固まってきた。
「じゃあ、逆に厳しいときは? これはキャラに深みを出すための質問よ」
「お母さんはあんまり厳しいことは言わないかな。わたしがいたずらして物を壊したときとかに、厳しく言うのはお父さん。でも、お父さんが厳しいことを言うときは、お母さんもいつもそばにいて、わたしのことを黙って見ているの」
ある意味、厳しく言うよりも厳しさを感じるエピソードだ。
「うん。イメージが固まって来たよ。じゃあ、エルメラ名前を借りるわね」
わたしはコホンと咳払いする。優しく、でも芯が強い声をイメージした。そっと吐息を履くように声を出す。
「エルメラ。出てきなさい。悪いことをしたのでしょう。お父さんも探していますよ」
「……お母さん」
そんなに似ていたのだろうか。何だかエルメラの声は涙がにじんでいるように聞こえた。
「出てきなさい」
もう一度声を掛ける。すると、水面に変化が起きた。水が流れ出ている方から波が立っていたのに、反対側に水紋が動いたのだ。それも何回も続けて。
「「あ!」」
『きゅる?』
水面に顔だけが出てくる。青い顔に爬虫類のような黒い目。解放された水の精霊だ。
「やったね、ユメノ!」
「うん。これで犯人を捕まえたも同然!」
しかし、そう簡単にはいかなかった。わたしはまたエルメラのお母さんの声を意識して話しかける。
「さあ、出てきてくれる?」
『きゅる! きゅるきゅる!』
水の精霊は出ている顔面を素早く横に揺らす。出てこないと言っているのだろう。確かに声に反応して見に来ただけだろう。出て来ないならばと、質問を変える。
「ねえ、あなたのご主人様はどこにいるの?」
『きゅる? きゅるる』
きゅるきゅる言うばかりだ。これでは話が通じない。
「えーと、ちょっとごめんね」
わたしは袖をまくって水面に手を入れた。水の精霊を直接捕まえようという作戦だ。
「あ、あれ?」
完全に掴んでいるはずなのに、スカスカと手は通りぬけてしまう。
『きゅるるるる』
水の精霊は姿を見せたけれど、警戒しているようだ。
「うーん! これじゃどうにもならないよ!」
わたしは頭をかきむしる。言葉も通じなければ身体を捕まえることも出来ない。つまり設計図も犯人もゲットできないも同じだ。わたしがエルメラと悩んでいると、背後から声がした。
「おーほっほっほ。ど素人さんはのんきに水遊びをしていますの?」
「あ。ルーシャちゃん」
ルーシャちゃんがわたしの後ろに来ると、水の精霊はびっくりしたように顔を引っ込めた。エルメラもフードの中に飛び込む。
「わたくしは、もう既に逃走経路を全て確認してきましたのよ。分かりますわ。犯人はまだこの近くにいますのよ!」
「へー」
ハンカチで手を拭きながら適当に返事をする。ルーシャちゃんが泉を見つめながら、真剣な顔をした。
「ここが逃走経路の最終地点ですのね。感じる。感じますわ! 精霊の気配を!」
「え!」
妖精でもないのに気配を感じることが出来るなんて驚きだ。少しルーシャちゃんのこと見直したかもしれない。
「こっちですわ!」
だけど、ルーシャちゃんは見当違いな方向を指さし、街の方へ走り去って行ってしまった。
「はあ、エルメラ。精霊のことは一度諦めて、他を探してみよう」
だけど、他の手掛かりがないか逃走経路を探してみても、収穫はゼロ。結局、犯人が使役していた水の精霊が今も泉に留まっているということしか分からなかった。
今日のところはここまでにして宿に帰る。
「お! ユメノ!」
「あれ? イオ?」
宿屋の受付にイオが立っていた。もちろん、カカも一緒にいる。
「なんでこんな所に?」
わたしの質問に答えるのは、人目があるからカカだ。
「おう! ユメノが門の兵士に泊まっているところ教えていただろ。それで来たんだ!」
「いや、そうじゃなくて精霊使いへの質問は二、三日ぐらい時間がかかるって言っていたじゃない」
まだ門で止められてから一日しか経っていない。
「ああ。精霊ギルドに行ったんだろ。だったら、ランクの説明も聞いたはずだ。イオはAランクなんだぜ! だから、順番を早くしてもらえたんだ!」
「へー」
どこの世界も、権力には甘くて初心者には甘くないと実感する。
「それで聞いたんだろ? サラマンダーの所に行くのは諦めたか?」
きっとランクのことを言っているのだろう。でも、わたしは胸を張った。
「ぜーんぜん! これからイオも追い抜いて一気にSランクに昇格するんだから!」
設計図を盗んだと言う水の精霊を見つけているのだから、あながち見当違いとは言えないはずだ。
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