第14話 お得な情報
二つのハーフアップしたお団子頭に緑のワンピースを着ている。最初に訪れた町で興行をしていた女の子だ。だけど、名前が出てこない。
「あ、えっと、たしか……、ミーシャちゃん? いや、シャリーちゃんだったかな」
「ルーシャですのよ!」
「ああ、そうそう。ルーシャちゃん」
しゃがみ込んでいたわたしは立ち上がって、ルーシャちゃんを見る。相変わらず元気そうだ。しかし、興行以外でもこのテンションなのだろうか。すぐに疲れてしまいそうだ。
名前を間違えられたからか、ルーシャちゃんは頬を膨らませた。
「誰が親し気に『ちゃん』付していいなんて言いましたかしら? まぁでも、この前はお世話になりましたわね」
何のことだろうと思うけど、ひとつだけ思い当たる。ルーシャちゃんから風の精霊のミルフィーユを偶然だけど盗ってしまった。それをわたしがミルフィーユに直接、ルーシャちゃんのところに帰ってと言ったことだろう。
「ううん、お世話になったのはわたしだよ」
お手本を見せてもらい解放の仕方を教えてもらったから当然だ。あのときが無かったらきっとまだ精霊を一匹倒すにも苦労しているだろう。
ふふんとルーシャちゃんは胸を張る。
「分かっているとは思いますけれど、あの後ミルフィーユはわたくしの元へ帰ってきましたのよ! ええ、あなたの元ではなくてね! やっぱり、何だかんだ言ってもわたくしの方が優れた精霊使いですのよ!」
「そ、そっか」
もしかして、ミルフィーユは自分の意思で帰ってきたと思っているのかもしれない。本当のことは、また難癖付けられるだろうから黙っておくことにした。
ルーシャちゃんは腕を組んで、少し難しそうな顔をする。
「だけど、ユメノ。お互い困ったことになりましたわね」
「ん? ルーシャちゃんも、山に登れなくて困っているの?」
まさか、ルーシャちゃんもサラマンダーに挑もうとしているとは知らなかった。
「何を言っていますの? いま、このギルドでは依頼が受けられないのですわ」
「ええ!?」
ぐるりと首を回して、受け付けのお姉さんを振り返った。お姉さんはすまなそうに頷く。
「そうなんです。例の事件で精霊使いたちが民間の人にも警戒されてしまって。依頼が来ないんです。来るのはSランクやAランクの信頼されている人への指名依頼ばかりで……」
わたしは掲示板の方に駆け寄って、へばりついた。
「一枚、二枚……三枚だけ!?」
貼られている依頼の張り紙はあまりにも少ない。その上、ランクはSとAばかり。依頼が受けられないなら、実力を見せようと思っても見せられない。
「じゃ、じゃあ、ランクを上げたくても上げられないっていうこと?!」
わなわなと震えながら叫ぶ。
「そういうことですわ」
ルーシャちゃんが深く頷いた。そもそも足止めだと思っていたのに、さらに身動きが取れないなんて思いもよらなかった。
「ちなみに、ルーシャちゃんは何ランク?」
「わたくしはCランクですわ! あなたより二つも上ですのよ!」
こんなときでも自慢げに胸を押さえるルーシャちゃんに、へーっと適当に返事しておく。依頼受けられなくて困っているんじゃなかったのかな。お金はどうしているのだろう。
「それにしても困ったよ。せっかくこの街に来たのに何も出来ないなんて」
「ここでは精霊使いも珍しくないから、興行も上手くいきませんわ」
二人で肩を落として、ため息をつく。そこに、「あのー」とお姉さんが声をかけてきた。
「張り出してはいませんが、こんな依頼がありますよ」
取り出したのは、一枚の羊皮紙。何か色々書かれているけれど、こちらの世界の文字で読めない。わたしはお姉さんの顔を見る。
「どういうこと?」
「つまり、こういうことです。城壁の設計図を取り返した者、もしくは盗み出した犯人を捕まえた者はどんなランクでもSランクに昇格する」
「「ええっ!」」
わたしとルーシャちゃんは揃って声を上げた。
「一気にすっ飛ばしてSランクになれるの!?」
「わたくしは三ランクもアップできますの!?」
「そういうことですね。精霊ギルドとしても、このまま野放しにしていたら仕事がやりにくくてしょうがないですから」
こんなに都合のいいクエストが転がっているなんて、願ってもないことだ。ひとつひとつランクを上げていくよりずっと都合がいい。やっぱり声優の神様はわたしを見放していなかった。
「はいはい! 絶対やります! 犯人捕まえます!」
「いいえ。捕まえるのはわたくしですわ!」
受付のお姉さんはクスクス笑いながら、一枚の紙を出す。受注書のようで、名前がずらずらと書かれている。ルーシャちゃんは勝手知ったる様子で名前を書きつけた。わたしもその下に習ったばかりの文字を書きなれない羽ペンで書く。
「ユ、メ、ノと……」
「あなたは、はい。これがギルドの登録カードよ」
一枚のカードを渡された。いつの間に描いたのかわたしによく似た似顔絵が書かれ、名前とやはりEランクと記されている。ルーシャちゃんは腰に手を当てて、お姉さんに尋ねる。
「それで、犯人の手がかりはありますの?」
「分かっているのは、盗まれた場所と精霊の逃走経路だけ。はい。これよ」
受付のお姉さんはわたしたちにそれぞれ一枚の紙を渡してきた。紙には街の地図が描かれ、一本の長い矢印が描かれている。逃走経路に違いない。
「それじゃ、気を付けてね」
たぶん捕まえられないと思っているのだろう。お使いに行く子供にするように、受付のお姉さんは入り口へと駆けて行くわたしたちに手を振った。
貰った紙を眺めながら石畳の道を歩く。
「うーん。手がかりはこれだけかぁ。設計図を盗っていったのは、確か水の精霊なんだよね」
知っている情報はそれぐらいで、他に情報はない。地図を辿ってもそれだけで捕まえられるなら、他の人が捕まえているだろう。
前を歩くルーシャちゃんが立ち止まって振り返る。
「ところで、ユメノ。わたくしに付いて来ないでくださいます?」
「え? だけど、どうせ同じ方向だし、一緒に捜査した方がいいじゃない。それにSランクになれるのは二人でしょ?」
わたしがそう言うと、ルーシャちゃんはふふんと鼻で笑った。
「何を言っていますの? 確かに設計図を取り戻すか、犯人を捕まえた方がSランクに昇格ですわ。でも、設計図は既に敵国に渡っているかもしれませんわ」
鋭い指摘にわたしは「確かに」としか言えない。二つ方法はあっても、どうやっても不可能ということは存在する。現にあれだけ受注書に名前が書いてあって、誰も見つけられていないのだ。設計図どころか犯人だって逃げてしまって、この街にはいないかもしれない。いくら、厳重な検問を設けていても抜け道はあるだろう。
「ですから、あなたとわたくしはライバルですの! わたくしは盗まれた場所を見てきますからついて来ないでくださいね!」
犯人はいると信じているルーシャちゃんは、ツカツカと靴音を立てて去って行った。ずっとフードの中で黙っていたエルメラが顔を出す。
「むーっ! あのルーシャって子、相変わらず嫌な感じ!」
「悪い子じゃないんだけど。言っていることも、全くの的外れじゃないし。設計図も犯人ももうこの街にはいないかもしれない」
「あの子の言っていたこと信じるの?」
とはいっても、Sランクにはこの方法しかないし、他にすることもない。
「まっ、気にせず、わたしたちは逃走経路の最後のところを見に行こう」
盗まれた場所よりも、見失った場所の方が重要だろうと、わたしはそちらに足を向けた。
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