第13話 精霊ギルド
店の中に避難して数時間。轟音が鳴り止んで、恐る恐る外に出てみると通りには矢が散らばっていたり、怪我人が倒れていたりと戦いの後が残っていた。おばちゃんが救急セットを抱えて、怪我人の元へかけていく。慣れた様子で手当てを始めた。わたしも矢を拾って、少しだけ片づけを手伝う。大変な様子だけど、この程度はたまに起きる小競り合いなのだそうだ。程なくすると、街は元の賑わいに戻っていった。その頃にはもう夕方だ。
「宿を探そうか」
エルメラがそう言うけれど、宿がどこにあるか分からない。結局、またあのおばちゃんに聞いて宿に向かった。そして一時間後。
「うーん。お風呂、最高!」
さすがは都の宿は違う。綺麗な上に、部屋にお風呂もついていたのだ。約一週間ぶりのお風呂で、髪も洗ってすごくサッパリできた。
「しかも、地下から引いているってことは温泉ってことじゃない! 肌がツルツルしている!」
「わたし、温泉って初めて入った」
一緒に入ったエルメラも満足そうだ。わたしは髪を拭きながら、鼻歌まじりに言う。
「明日はどうする? サラマンダーのところに行っちゃう?」
「イオたちを待たないといけないでしょ。それに、カカはユメノが行こうとしても、どうせ行けないって言っていたよね」
そういえば、前にそんなことを言っていた。街に来てもまだ理由は分からない。
「なんだろ? でも、行ってみたら分かるかも」
「もう、しょうがないなぁ」
試しに視察がてら、朝一番でシュウマ山の様子を見に行くことにした。
次の日の朝早く。腹筋や発声練習などのルーティンをこなして、わたしは宿を出る。外は霧が少し出ていて、行き交う人々も少ない。道に少し迷いつつ、街に入って来た門へと向かった。すると、門は閉じている。
あまりにも早く来てしまったのかと門を眺めていると、詰所から人影が出て来た。
「なに奴! ……なんだ、昨日の嬢ちゃんか」
「あ。昨日、わたしを掴まえた兵士さん」
朝の門の警備をしていたのだろう。兵士さんは構えていた槍を下ろして、首を捻る。
「もしかして、連れの様子を見に来たのかい? ここにはいないよ」
「ううん。そうじゃなくて、門の外に行きたいの」
わたしは閉ざされている門を指さした。
「なんでまた。ああ、精霊使いの修行しに行くんだな。熱心だな」
「ううん。サラマンダーのところに行こうと思って」
兵士さんは目を丸くした。そして、すぐに笑いだす。
「ハハハハハ! 冗談キツイよ! 君みたいな小さい子がサラマンダーのところに行くなんて、最近精霊使いになったばかりだろ?」
遠慮なく笑われてムッとする。確かにこの前精霊使いになったばかりだけど、わたしは一刻も早く元の世界に帰らないといけない。
「とにかく門を開けて」
滲んだ涙をぬぐいながら、兵士さんはかぶりを振った。
「どうしてもというなら通してもいいけれど、どうせサラマンダーのところには行けないよ」
「イオと同じことを言うのね。どうして?」
「山道の入り口にここと同じく警備がいるのさ。君みたいな無鉄砲者を止めるためにね」
なるほど。あれほどカカが断言していたはずだ。あまりに命を落とす精霊使いが多いから、入口を封鎖したのだ。力がないと入れないようになっているなら、むやみに死にに行くようなことはない。
だけど、そうなるとわたしも困る。登山口が固く守られているなら行くことは不可能だ。こっそり他のルートを探してもいいけれど、整備されていない道はそれだけで危険に違いない。それでも、手がかりを得ようと食い下がる。
「でも、皆がみんな、止めているわけじゃないでしょ? 通している人もいるはずよ」
「まぁ、そうだな。おっと、また誰か来た。すまないが、続きは別な人に聞いてくれ」
「え! 別な人って」
去り際、兵士さんは街の奥を指さす。
「この街には精霊ギルドがある。そこに行っていろいろと聞くといい」
「ギルド……」
確かにこの兵士さんに聞くよりも有用なことがたくさん聞けそうだ。
精霊ギルド。つまり精霊使いたちの組合ということだ。きっとお仕事を斡旋したり、もめごとを解決したり、情報交換をしたりする場所だろう。場所を人に聞くと、ギルドは街の中心部にあった。ギルドの建物も街と同じように石造りだ。入り口の前に四体の巨大な彫刻が横並びに置かれていた。
さっそくエルメラが説明してくれる。
「本にも載っている四大精霊たちの像ね。一番右がノーム」
ノームは土の精霊だ。ひげの生えた小人が四体縦に重なっている。
「その次がウンディーネ」
ウンディーネは水の精霊。ウェーブがかった髪の長い綺麗な女性に見えた。
「その隣がサラマンダー」
サラマンダーは火の精霊。羽の生えた竜が柱に巻き付いている。
「そして最後がシルフ」
シルフは風の精霊。こちらは透明な羽が生えた中性的な人物像だ。
わたしはその内の一体、サラマンダーの像を杖で指した。
「ふん。見てなさい、サラマンダー。わたしがすぐに会いに行って、異世界からの帰り方を吐かしてやるんだから」
通行人が少し見ているけれど気にしない。満足すると、杖を下げて数段ある階段を上る。
「さっ。入りましょう」
立派な両扉の入り口を開ける。さぞや精霊使いたちがひしめいているかと思いきや、中は閑散としていた。並んでいるソファにぽつぽつと数人座っているだけだ。広々としているだけに、寒々しい。
「なんか、人が少ないね。どうしたのかな」
エルメラがキョロキョロしながら尋ねて来た。心当たりは一つしかない。
「建物が大きいから、普段はもっと人がいるはずだよ。たぶん、事件のせいじゃないかな」
「あ! そっか」
イオだけではなく、かなり多くの精霊使い達が拘束されているというわけだ。
「でも、人がいるってことは、ギルドも一応機能しているってことでしょ。サラマンダーのところへの行き方を聞いてみないと」
奥に行くと、大きな掲示板があり、カウンターの受付が並んでいた。受付にいる白いブラウスを着た女の人に声をかける。
「こんにちは。お尋ねしたいことがあるのですが」
「はい。何でも聞いてね」
わたしを見ると、小さな子を見るような目線になる。また子供扱いにちょっとムッとするけれど、グッと堪えた。
「シュウマ山の山道に入りたいの。どうしたら行けますか?」
「はい?」
受付のお姉さんは一瞬キョトンとした。でも、すぐにまた子供に諭すように話し始める。
「えーとね。シュウマ山に昇るには通行証がいるのよ」
「はい。だからその通行証はどうやったら出ますか?」
お姉さんは完全に困ったなという顔をするけれど、丁寧に説明をしてくれる。
「山を登るためにはサラマンダー討伐隊に入る必要があるわ」
「討伐? サラマンダーは何か悪さをしているの?」
「ええ。サラマンダーは山の麓に狂った火の精霊を気まぐれに解き放って、町や村を焼こうとして来るの。だから、定期的に力の強い精霊使いを募って山に登るのよ。山で暴れる精霊を祓ったり、サラマンダーの様子を見たりね。でも、未だにサラマンダーと戦闘したのはごくわずかな人間しかいないわ」
「ふーん。じゃあ、その討伐隊に入るにはどうすればいいの?」
お姉さんがまだあきらめていないのかと言った表情をする。それでも、丁寧に説明してくれた。
「討伐隊に入るためには、この精霊ギルドで功績を上げなきゃいけないわ。ここには精霊に関する依頼が集まってくる。その依頼を受けて報告することで、ランクが上がっていくの。難易度に応じてお金も貰えるわ」
つまり経験を積んだ精霊使いしか討伐隊には入れないし、山には登れないのだ。お姉さんもわたしが討伐隊に入るには時間もかかると思って話してくれているのだろう。
だけど、わたしは精霊使いとして結構いい線いっていると思う。きっと普通より早く昇進できるだろう。
「サラマンダーに挑むためにはSランクにならないといけないの」
「ちなみに、わたしは」
「あなたはまだギルドに登録してないのでしょう? Eランクからスタートね」
「Eランク……」
わたしはその場にしゃがみ込んだ。床を殴りたいけれど、そこはグッと我慢する。ここまで来たからもうすぐだと思ったのに、こんなところで足止めだ。一日一ランク上がっても五日はかかる。さすがにそれほど早くランクは上がらないだろう。
「はぁ、それでもやらないと……」
肩を落としているそのとき、甲高い声がギルドに響き渡った。
「おーほっほっほ。やっぱりど素人さんはEランクですのね!」
背後を振り返ると、以前町で会って模擬戦をした女の子が口元に手を立てて高笑いをしていた。
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