第9話 妖精の役割



 三体目の精霊を使役することに成功した。わたしの元の世界へ戻るための旅は、少しは順調に滑り出したのかもしれない。




「……あ、あれ?」




 目の前の草原がぐにゃりと歪む。立ちくらみだ。そのとき、背中に温かい手の感触がする。目線をあげると、すぐ後ろに土の精霊を使う男の子がわたしを支えていた。男の子といっても、今のわたしより背が高くて年上だ。手にしていた剣も杖に戻っていた。




 男の子が声をかけてくる。




「お前、力を使いすぎたな!」




 やっぱり声と姿がアンバランスだ。キリリとした顔でシンプルな旅の装いを見る限り、もっと落ち着いた声を出しそうなのに。でも、口元を布で隠していることで、そう見えるだけかもしれない。甲高い声で男の子は続ける。




「お前、名前は?」




 立ちくらみは一瞬だけだったみたいだ。わたしは少し離れて男の子と向き合った。




「ユメノ。というか、名前を聞くなら先に名乗りなさいよ」




「俺はカ、イオ」




「カイオ?」




「いや、イオだ。お前、とんでもない精霊使いだな。ぼけーっとしたり、いきなり切れたり」




 やっぱり失礼な物言いにわたしはカチンとくる。




「何よ! しょうがないでしょ! つい一昨日に召喚されたばかりなんだから」




「召喚?」




 そのひと言だけの声を聞いて、あれ?と思った。これまでの声と違う。落ち着いた、どちらかというと男の子の雰囲気に合っている。わたしがジッと見つめていると、男の子はスッと口元の布を上げた。雰囲気と違うと思ったのは一瞬だけで、すぐに甲高い声に戻っていた。




「なんでもいいけどさ。妖精がいるのに何で襲われているんだよ」




「ん? 妖精がいるのに?」




 イオはわたしの横を飛んでいるエルメラを見つめた。妖精がいると精霊に襲われないとは聞いていない。エルメラも何のことという様子だ。




「知らねーのか? 妖精は精霊の気配を感じることが出来るんだ。なのに、みすみす組んでいる精霊使いが襲われるなんて、全然役に立たないじゃないか」




「なあッ!?」




 言いたい放題言われたエルメラは、イオの方へと詰め寄る。




「何よ! 失礼な奴!」




「はぁ!? 役に立たない妖精に失礼もなにもあるか!」




「ふんだ! 妖精にだって気分があるの!」




「なんだと!? 精霊を鎮めるために全力にならない妖精なんて妖精じゃなーい!」




 ひと際大きく叫んだときだ。




 すぽん!




「「へ?」」




 わたしとエルメラは目の前に出てきたものに、目を奪われた。イオは口元に布を巻いている。その間から小さな顔が出てきたのだ。ツンツン頭の男の子だった。




「あ、あれ?」




 男の子も自分が見られていることに気づいたらしく、だくだくと汗を流した。イオの手が布からその男の子を取り出すと、全身が見えるようになった。




「あ!」「妖精!」




 イオの手の平にちょこんと胡坐をかいているのは、透明な羽を生やした妖精だった。妖精の男の子は観念したのか、自ら自己紹介を始める。




「俺はカカ。イオとコンビを組んでいる妖精だ!」




 わたしはカカとイオの顔を見比べた。さっきまでのイオの声だと思っていた甲高い声は、間違いなくカカの声だ。さっき一言だけ話したのが、イオの声だったのだろう。理屈は分かったけれど、謎はまだ残る。




「でも、どうしてイオが話しているみたいにしていたの?」




「それは訳ありだ」




 イオはジッと黙って全く声を出そうとしない。わざわざ手を込んだことをしているのだ。きっと訳があるのだろう。




「ふーん。変なの」




 エルメラが遠慮なく言う。それに猛反発したのがカカだ。




「変なのはお前だ! 何でパートナーに精霊の気配を教えないんだ!」




 エルメラの元へカカが飛んでくる。エルメラはそっぽを向いたまま反論した。




「ちょ、ちょっと油断していただけだもん! みょみょみょって来ていたけど、うっかりしていたの!」




「精霊が襲ってきているのに、うっかりだと!? 大体、みょみょみょじゃなくて、ビビビーだろ!」




「みょみょみょだもん!」




「ビビビーッだ!」




 妖精たち特有の感覚のようだ。わたしには全く理解できない。




「ねえ、イオは精霊使いなんだよね」




 わたしはイオを見上げて尋ねた。やはり何も言わずにこくりと頷く。イエスかノーくらいは答えてくれるみたいだ。




「せっかくだから、いろいろ教えてくれない? わたし、駆け出しの精霊使いなの」




 ホークは捕えたけれど、イオの精霊を使った技は見事だった。杖を剣に変えたり、土の柱で空を駆け上がったり。きっと熟練の精霊使いなのだろう。この機会に教えてもらえることは、教えてもらえれば、後々楽になるはずだ。乗り合い馬車に置いていかれたことも、それで許せる。けれど、イオはジッと黙ったままだ。




 ハッと理由に思い当たる。教えようにも、喋らないと教えられない。




「えーと……」




 さっきまでどうとも思っていなかったが、こいつ何で喋らないんだと苛立ってきた。




「そういうことなら、俺が教えてやろう!」




 カカがわたしの前に来て、ふんぞり返った。




「妖精が教えられることなんて、大したことないと思う」




 エルメラがぷりぷり頬を膨らましていた。精霊に気づかなかったことを指摘されたことをよっぽど怒っているみたいだ。




 それでもニッと笑うカカ。




「それがそうでもないんだな! 次の町に向かいながら話そう。そのうち、憑りつかれた精霊も出てくるだろうし!」




 カカは街道の先へと飛んでいった。










 街道を歩きながら、どうせイオは何も言わないだろうと思ってカカに尋ねる。




「ねぇ。イオは何であんな所にいたの? 何もないよね」




「ああ。イオは修行中だったんだ。だから、デカい精霊を狙っていたんだけど、逃げられちゃってさ。馬車を襲っていたときは焦ったよな! な!」




 カカがイオを振り返って同意を求める。イオは無言で頷いた。




「焦ったよなって、それなら馬車が襲われたのはイオたちのせいじゃない」




 わたしの頭の上にいるエルメラは未だに機嫌が直っていないみたいだ。




「ユメノは風の精霊を使役できるようになったんだからいいじゃん。おっ! ちょうどいいところに、火の精霊がやってきたぞ」




 カカが指さす方には、猫ぐらい大きなハリネズミがいた。火の精霊だと言ったように、針に赤い炎を纏っている。




「あいつを鎮めてみろよ、ユメノ」




「よーし、スイリュウ出てきなさい!」




 わたしの声に反応して、杖から青い光が飛び出てきた。すぐに青い狼に早変わりする。わたしはフフンと鼻息を大きくした。火に水の精霊なんて楽勝過ぎるからだ。




「スイリュウ、バブル攻撃!」




 スイリュウは口を開けて、シャボン玉をたくさん飛ばした。シャボン玉は真っ直ぐ火のハリネズミに向かっていく。それにハリネズミが気づく。ハリネズミはギュウウッと鳴くと、火がついた針をこっちに向けて何本も飛ばしてきた。




「へ?」




 パンパンパンパン!




 針が当たったバブルは、派手な音を立ててはじけ飛ぶ。それだけではない。火がついた針はそのまま貫通して、スイリュウやわたしの方にまで飛んで来た。




「きゃあ!」




 わたしは避けることが出来たけれど、スイリュウの背中に火のついた針が刺さっている。火がスイリュウを焼こうとしていた。




「スイリュウ! 早く消火して!」




 スイリュウはブルブルと身を震わして、何とか火を消した。ホッとしたのも束の間、肩の上にいるエルメラが叫ぶ。




「また攻撃が来るよ!」




「きゃー! 避けて、避けて!」




 スイリュウは素早く避けるけれど、攻撃が止まない。だから、こちらから攻撃する隙がなかった。




「ちょっと! 教えてくれるんじゃなかったの!?」




 少し離れているところで、傍観しているカカとイオを振り返る。わたしは声優なんだから実戦経験なんてあるはずがない。




「お、おう! えーと、防御させるんだ! そいつは水の精霊だから水の防壁を作ればいい!」




「な、なるほど」




 防壁を作って、隙をついて攻撃するという戦法だ。でも、スイリュウはバブル以外に何ができるのだろうか。




「まずは解放!」




 ハリネズミから針の攻撃が届かないよう距離を取って、杖を横に構える。何となく解放すれば出来ることも増えそうだと思った。その意図をくみ取ったのか、スイリュウがわたしを見上げる。息はピッタリだ。




「我と契約せし、水の精霊スイリュウよ」




 水の精霊だから、水のせせらぎが聞こえて来るようなセリフを……。




「待てッ!」




 すぐには誰の声か分からなかった。エルメラを見ると、首を横に振る。




「火の精霊を既に解放しているだろう! 解放するのは一体だけだ!」




 その声は不思議と耳に馴染む低音だ。しかも、その声がするだけで、涼やかな風が吹いたよう。これは、まさしく――




「精霊石にいる状態でも、一度でも解放してしまうと力が分散されてしまう!」




「イオ!?」




 喋っていたのは間違いなくイオだった。口元を覆っていた布を下に降ろして、口元を現わしている。イオはもう構わないと思ったのか、わたしに声をかけ続けた。




「集中を途切れさせるな!」




 だけど、わたしはそれどころではない。じわりと眉間にしわがよるのを感じる。エルメラが不思議そうにわたしの顔を覗きこんだ。




「ユメノ? なんでそんな嫌そうな顔をしているの?」




 まさしくイオの声はイケメンボイス、イケボであった。





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