第10話 イケボ
あれはまだ、わたしが声優になりたてだった頃の話だ。昔は人口も少なかったという声優という職業。最近ではなりたい職業にあげられるぐらい人気だ。志望する人が多いということは、ライバルは山のようにいるということだ。
しかし、役は限られている。そんな中でやっと回ってきたのが、少年Bの声。つまりモブの声だった。それでも何とか制作陣にアピールできるよう、必死に演じた。一回撮り直したけれど、出来は上々だった。
しかし、言われたのだ。そのアニメの主役を演じている声優に。
「君の声、何だか特徴ないね。全然ダメ」
――んだと、この野郎!? お前なんてイケボだから採用されているだけで、全然主人公の演技になってないじゃねーの!
と、盛大に心の中で叫んだ。とはいえ、素直にそう言ったら問題になることは目に見えている。なんとか顔に出さずに適当な会話で流した。案の定、その声優の名前はそれ以降、どこでも聞かない。しかし、それ以来、アニメやゲームのイケボは楽しめるが、現実のイケボは大嫌いになったのである。
そして、異世界へ。異世界人も声が出るのだから、イケボの人間ぐらいいる。イオがまさしくそうだった。再びイケボが草原に爽やかに響き渡る。
「なにをしている! 避けろ!」
我に返るといつの間にか、火のハリネズミが近づいてきていた。ぶるりと身体をふるわせて、針を飛ばしてくる。
「わッ!」
飛んでくる針を必死に飛んで避けた。防いだ杖にも当たってしまう。
「防御をするには攻めの言葉ではだめだ! 言霊を変えろ!」
助言に対して、わたしは必死に考える。攻めの言葉ということは、これまで想定していたユーリでは駄目だということだ。守られる側のキャラクターを考える。
「それなら。スイリュウ! 水の防壁を展開させて、僕を守って!」
戦えなさそうな幼い少年の声を演じた。スイリュウはわたしの前に飛び出てきて、ワオォンとひと鳴きする。すると、目の前に水の柱が沸き上がってきた。水の柱の勢いで火のついた針ははじけ飛び、火も消える。
「やった! この隙に総攻撃をかけよ!」
今度はユーリの声で命令する。スイリュウは水の柱の横から躍り出て、泡を飛ばす。みるみるうちに、不意を突かれたハリネズミを包み込み、火が消えていった。ついに透明な球に変化する。
「よーし、名前は……」
「待て」
「なにッ!」
止められたこととイケボに、つい険しい顔で振り向いてしまう。
「あいつは明らかにユメノの持つ精霊より弱い。配下に下してしまうと、力が平均化されて今の火の精霊が弱くなってしまうぞ」
「そうなの?」
エルメラを見上げる。
「確かにそう。でも、普通の精霊使いなら気にならないくらいだけど……」
精霊使いにもいろいろ制約があるみたいだ。つまり、本気で強くなるためにはホムラやスイリュウより強い精霊を捕まえないといけない。そう、考えている内にハリネズミだった透明な球は消えていく。
「荒ぶる精霊よ。静かに眠りたまえ」
イオは杖を持っていない方の手を立てて、祈りの言葉を口にした。わたしもそれにならって、手を合わせて目を閉じる。昔は仲よくしていたと言うし、どうしてかは分からないけれど、精霊も戦いたくて戦っているわけじゃないのかもしれない。
「さてと」
わたしはイオを振り返り睨みつけた。
「何で話しているの? 話さないんじゃなかったの?」
「そりゃ、ユメノを注意するためだろ。イオは俺を介していると間に合わないと思ったんだ」
そう言うのはカカで、イオはまた口元を布で覆ってしまう。すると、エルメラがイオの前に飛んでいく。
「えーっ! なんで話さないの? せっかくいい声なのに!」
普通の女の子ならメロメロになるイケボだ。エルメラも例に漏れないようだ。しかし、そのエルメラの前にカカが飛んでくる。
「イオはお前みたいに媚びてくるのが嫌なんだ! ちょっと話しただけで女が寄ってくるから、どの町に行っても大変でさ! だから、話さないようにしているんだ」
「べっ、別にわたしは媚びてないもん!」
「甘えた声を出しておいてよく言うぜ!」
妖精同士が争っている中、わたしは視線を感じた。なぜかイオが無言でこちらをじっと見ている。用があるなら、さっさと話しかければいいのに。イケボだと分かると、態度も変わる。わたしはフンッとそっぽを向いた。しかし、予想外のことが起こる。
ぽんぽん。イオがわたしの頭を撫でたのだ。
「な!?」
目撃した妖精たちも目を丸くしていた。カカがイオに尋ねる。
「どうした、イオ」
「態度が妹に似ている」
布でくぐもった声だが、はっきりそう言った。
妹。つまり子供扱いされたのだ。イケボというだけで、嫌になったけれどさらにムカついて来る。
「イオ、あんた何歳よ?」
わたしはイオの顔を睨みつけながら尋ねた。
「十七だ」
「そう。わたしは二十五歳」
一瞬の沈黙がある。だけどイオとカカは顔を見合わせて、くつくつと笑いだした。余計に腹が立った。エルメラがこっそりわたしに耳打ちする。
「ユメノ、いま若返っているから……」
「そう! わたしは訳あって、こんなお子様ボディになっちゃったけど、中身は立派なレディなの! 子供扱いしないでくれる?」
「はいはい」「立派なレディな」
イオはまたわたしの頭をぽんぽんした。全然分かってない。わたしはぐぬぬと拳を握りしめた。頭に血が上って来る。
「こうなったら、精霊をじゃんじゃん倒して実力でねじ伏せてやる! エルメラ、精霊の場所が分かるんでしょ。教えてよ!」
「うん!」
わたしとエルメラは街道沿いに草原を駆けだした。後ろを振り返ると、イオはつかず離れず、後ろを歩いてきていた。目を細めてこちらを見つめている。
そのお兄ちゃん目線やめろ!
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