第8話 最大火力
わたしたちは町を出る朝一番の乗り合い馬車に乗り込んだ。幌の屋根で粗末な造りだけれど、これが一番早く次の町につくらしい。森を抜けた後はずっと草原が続く。背の低い草ばかりで、所々木々が生えていた。
「お嬢ちゃん、一人で隣町にお使いか何かかい?」
外を眺めていると、隣に座っているおばさんが話しかけてきた。籠にはたくさんのきのこが盛られている。森で採れたきのこを売りに隣町にいくらしい。
「えーと、そんなところです」
精霊使いと分かることは必ずしもいいことばかりではないから、杖の精霊石は布で覆っている。宿に泊まるときだけ、見せることにしたのだ。
天気は快晴で、二頭立ての馬車は順調に進む。道は十分には整備されておらず、時折大きく跳ねたりするけれど歩くよりもずっと快適だ。馬車には他に人がいてエルメラと話をすることは出来ない。
ただ揺られるだけなのは暇なので、外側を向いて幌の隙間から景色を眺める。草原では時折、ウサギや鹿のような動物が歩いていた。精霊が宿っていなければ、大人しいものだ。
「ん?」
草原で何かが瞬いた気がする。そう思った次の瞬間だった。
『グギャアアアア』
悲鳴のような雄叫びが響く。
「なんだ?!」
「まさか、精霊が暴れているのか!?」
一緒に馬車に乗っている人たちが騒ぎ始めた。どうやらこの世界では何か異変があれば、真っ先に精霊の仕業を考えるらしい。そして、それは当たっていた。
「きゃあ!」
馬車が大きな衝撃に襲われる。そう思ったが途端に、ひっくり返りそうなほど大きく左右に揺さぶられ始める。わたしは必死に馬車の縁にしがみついた。他に人がいるからと言っている場合じゃない。
「エルメラ、外から確かめてきて!」
「分かった!」
エルメラが幌の隙間から馬車の外に出ていく。だけど、エルメラが戻ってくる前に、幌の天井を大きなかぎ爪が破り出た。バラバラと幌の骨組みが落ちて来る。
「きゃあ!」
頭を必死に抑える。おそらく大きな鳥に憑りついた精霊だ。ふら付きながら、なんとか杖の布をほどく。それを見たおばちゃんが床に這いつくばりながら、必死に懇願する。
「お嬢ちゃん、精霊使いだったのかい。頼むよ。どうにかしておくれ」
「何とかしてみます。出てきて、ホムラ!」
精霊石からホムラを呼び出す。前に呼び出したときは解放されていたホムラも、火の蛇の姿に戻っていた。エルメラの話だと、この方が消耗は少ないらしい。
「よし、ホムラ。天井に向けて攻撃を……」
「待って、ユメノ!」
エルメラが飛んで戻ってきた。まさに反撃しようとしていたのに、出鼻をくじかれる。
「エルメラ、何を待つのよ。早く攻撃して、馬車を離させなきゃ」
「いま離したら地面に真っ逆さまだよ!」
「え!? うわ!」
馬車が斜めになり、身体が後方へとずり下がる。何とか馬車の縁にしがみつくけれど、そこで見てしまった。地面ははるか下、走っていたはずの街道が細く見える。いつの間にか馬車ごと、宙に持ち上げられていたのだ。
「あわわわわ」
これではエルメラの言う通り、攻撃したら地面に真っ逆さまだ。馬車は大破して、中にいるわたしたちもバラバラになってしまうだろう。わたしが使役している精霊は火の精霊ホムラと水の精霊スイリュウ。どちらも馬車を持ち上げて安全に下ろしてなんて命令出来ないだろう。仮に言霊で馬車を掴んでいる精霊を捕まえても、馬車は地面へ落ちてしまう。
どうしようも出来ない状況に頭をかきむしる。
「うーん! どうにも出来ないぃぃ」
「あ! スイリュウで水のクッションを作るとか」
エルメラの提案は、成功するか分からないし、やったことが無い。でも、ぶっつけ本番でもやるしかなかった。
「よーし」
ギュッと杖を握り込んで腹をくくる。早くしないといつ向こうの気分で、馬車が落とされるか分からない。
「スイリュウ!」
声を張り上げ、杖を振り上げたときだ。ズンと下からの衝撃が馬車に走る。
「今度は何!?」
上にいる大きな鳥が下から何か出来るはずがない。次から次にトラブルだらけだ。すぐにエルメラが外に出て、確認して戻って来る。
「土の手が馬車を下から掴んでいる!」
エルメラが外に向けて指をさした。土の手なんて、自然に発生するものではない。
「新手の精霊?!」
グラグラ揺れる馬車から、何とか顔を出しては下を覗き見る。本当に武骨な土の指が馬車を掴んでいた。それだけではない。馬車の後方から、ボコボコと土の柱が立ち上がってきていた。
「ん? だれか、いる?」
一人の人物が飛び石のようにして、こちらに向かってくる。その人物の手には、鈍い黄色に光る大きな剣を手にしていた。身体つきから言って男の子だ。そのまま、わたしの頭上をも、飛び越して馬車の上へ。
『グギャアアアアッ!』
悲鳴のような鳴き声が響いた。同時に幌を突き破いていたかぎ爪が離れる。馬車が真っ逆さまに落ちることはなかった。土の手がしっかり下から支えていたからだ。土が軋むような音をさせながら、馬車はゆっくりと地上に降りていく。
完全に地面に降り立つと、わたしは思わず馬車から降りる。
「あなた……」
見た目は十七、八歳の少年が立っていた。戦闘をしていたせいか鋭い目つきをしていて、顔半分を布で覆っている。剣だと思っていたものは、黄色い硬質のものを纏っている杖だった。杖を土でコーティングしているのだ。よく見るとひし形の精霊石がついている。
「あなたも精霊使い?」
馬車を助けてくれたのは土の精霊に違いない。彼が使役する精霊が助けてくれたのだろう。男の子は切れ長な目で、こちらをじっと見つめてくる。
「おい!」
「へ?」
顔にそぐわない甲高い声が聞こえた。
「精霊はまた襲ってくるぞ! ここは俺に任せて、今のうちに逃げろ!」
「逃げろったって」
わたしが質問しているのに、どうして答えないのか。そう思ったのは一瞬だった。襲われていた馬車はひひーんと馬をいななかせて、ガタガタと走り去っていく。
エルメラがわたしの髪をくいくいッと引いた。
「ユメノ……」
「あ、ああッ!?」
わたしたちがまだ乗っていないのに、馬車は行ってしまった。つまり、置いていかれたのである。
「何してくれてんのよ!」
わたしは思わず目の前の男の子に詰め寄った。男の子は視線をそらし、布の下をもごもごさせる。
「精霊使いが何、のんびり馬車なんて乗ってんだよ。それも、精霊にまで襲われて! ぼんやりしてんじゃねーぞ」
なんて憎まれ口を叩いたではないか。一気に頭に血が上るのも当然だろう。
「ユメノ! また襲ってくるよ!」
エルメラがわたしの髪を上に引っ張った。見上げると大きなかぎ爪が急降下してくる。
「きゃあ!」
地面を転がるように避けた。もちろん、あの男の子も飛びのいていた。わたしのようには転がらない。
杖を使って起き上がると、目の前には巨大な鷹が猛禽類の目を光らせていた。家一軒とはいかないけれど、小屋ぐらいの大きさはある。緑色の光と共に風を纏っているから、風の精霊が憑りついているのだろう。同じ風の精霊でも、小さな鳥のミルフィーユが可愛く見えた。
巨大な鷹はバサバサと翼を羽ばたかせて、上空へと飛んでいく。だけど、距離を取っただけで、旋回してわたしたちに狙いをつけていた。
「空を飛ぶなんて卑怯じゃない?」
「けっ、精霊に文句いっても声は届かないぜ!」
憎まれ口の男の子は剣を振って構えた。男の子は小さな声で何かを言っている。すると、黄色い光を纏ったキツネが現れた。土の精霊だろう。また、もごもごと何かを言うと、キツネはコンとひと鳴きする。すると、男の子の足元の地面がせり上がりだした。階段状に土の柱を作って、ひょいひょいと上空へと登っていく。
「うう。悔しいけど、すごい」
巨大な鷹に向けて剣で切りつける。剣は避けられるが、先回りしていたキツネが岩の弾丸を浴びせた。連携プレーだ。しかし、やはり自由に飛び回れる巨大な鷹に分があるようだ。
「そっか! わたしの火も空に飛ばせばいいんだ」
簡単なことだ。だけど、上空まで飛ばせるかは分からない。
「とにかくやってみよう。ホムラ!」
杖の精霊石からホムラが出てくる。
「我と契約せし、火の精霊ホムラよ。紅蓮の業火を燃やし、その身を我にゆだねたまえ。その真なる力を解放せん!」
火の蛇の姿のホムラが、解放されて燃え上がり男の子の姿に変わる。
『きゅるう!』
「よし、ホムラ。あの鷹に向けて炎を飛ばすのです!」
わたしは杖を上空の巨大な鷹に向けた。
『きゅる!』
ホムラは炎を身にまとわせる。そのときだ。
パリン
一瞬何の音か分からなかった。エルメラが近づいて来て、わたしの右手を指さす。
「ユメノ、指輪が……」
わたしの親指には言霊の指輪があるはずだ。その効果で、ホムラの力もパワーアップするはず。しかし――
「な、なんで!?」
顔の前に持ってきた言霊の指輪。その先についていたはずの赤い宝石は砕け散っていた。
宝石の破片が地面にパラパラと落ちる。一度も効果を実感することなく、跡形もなくなってしまったのだ。わたしは、ただのリングを見つめて、わなわなと震える。
「あの道具屋のじじぃ……、だましたわね!」
リングを思い切り草むらに投げつけた。
「偽物をつかまされたのね! 高かったのにぃ!」
乗り合い馬車にも置いていかれるし、そもそもアニメのない異世界に召喚されるし。全くもって良いことなどひとつもない。
「もうッ! 頭に来た!」
「ユメノ、顔怖い……」
エルメラが怖がるけれど、それどころではなかった。
「ホムラ!」
ホムラと目を合わせる。不思議と息があった。声にも力を入れる。
「最大火力噴射! 焼き鳥にしちゃえ!」
『きゅるるるる!!』
ホムラが纏う炎の色が赤から黄色、黄色から白に変わっていく。空飛ぶ巨大な鷹に向かって、炎を大きく噴射する。それは、まるで巨大な白い蛇が噛みついているようだった。
土の精霊を操っていた男の子は突然の下からの攻撃を慌てて避ける。巨大な鷹叫び声を上げて、消えていき透明な球に変わった。わたしはすかさず叫んだ。
「風の精霊、お前の名はホークよ!」
鷹を英語でホーク。そのままだけど、もうこだわってなんていられなかった。これまで通り、緑の光の球になって精霊石に吸い込まれていく。全てが終わると、わたしは胸を張る。
「ふん! ちょっとはすっきりした」
「や、やべー」
眼を見開いた男の子がこっちを見て言うけれど、興奮するわたしの耳には全く届かなかった。
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