祝言 2
お着物の柄が決まったと思ったら、今度は帯でもめ始めた青葉様と牡丹様を残し、わたしは千早様に連れられて庭に降りていた。
一人で庭に降りないようにと言われていたけれど、千早様が一緒なら問題ないらしい。
雪で白くお化粧された前庭は美しく、平橋の上から池を覗き込めば、紅白の鯉が泳いでいた。
裏庭にはよく降りていたが、前庭に降りるのははじめてだ。
「あの、お二人に衣装選びをお任せしてよかったのでしょうか?」
わたしの婚礼衣装なのに、二人に完全に丸投げしてしまった形になるのが申し訳ない。
千早様は苦笑すると首を横に振った。
「あの二人は親子だけあって、ああなれば長い。付き合うのは骨が折れるぞ。それに、お前はあの二人の間に入れるのか?」
無理としか思えないので、わたしは首を横に振る。
「衣装にこだわりがないのならば、任せておけばいい」
「わかりました」
わたしは婚礼衣装どころか普段のお着物にも詳しくないので、千早様のおっしゃる通り任せておくのが無難だと思えた。
千早様と手を繋いで歩く。
昨日と今日で、千早様との距離がぐっと近くなったような気がして、彼の隣にいるだけでどきどきと心臓がうるさくなった。
……わたし、千早様と結婚するのね。
時間が経つほどに、じんわりと喜びが胸の中に広がっていく。
昨日の今日だ。
恐れ多いという感情が消えてなくなったわけではないけれど、今はそれ以上に、安堵というのか、千早様の隣にいさせてもらえる権利をいただいたことが、どうしようもないほどに嬉しかった。
だけど、婚礼の前にどうしても聞いておきたいことがあって、わたしは千早様を見上げた。
「あの、千早様。このようなことを聞くのは失礼かもしれないのですが……、あの、わたしを娶るということは、鬼の棟梁のお血筋に、道間の血が混じると言うことになりませんか?」
妻になるのだ。そのうち、子ができることもあろう。その子が、わたしの血で嫌な思いをしないかどうか、わたしはどうしても不安だった。
すると、千早様は不思議なことを聞かれたと言わんばかりに目を丸くした。
「何を言うのかと思えば、そのようなくだらないことを気にしなくてもいい。それに、そもそも道間には鬼の血が混じっているだろう」
「え?」
「なんだ、知らなかったのか?」
わたしがぱちりぱちりと瞬きながら頷くと。千早様がわたしとつないでいない方の手を伸ばして、わたしの赤茶色の髪に触れる。
「千年近く前になるだろうか。道間の先祖は、鬼と交ざっている。ゆえに手に入れた妖力……道間は法力と呼ぶがな。道間の力は鬼から手に入れた力であり、道間が黒を尊ぶのは、先祖のその血を否定したいがためでもある。鬼は色素の薄いものが多いからな」
それはつまり、わたしのこの赤茶色の髪は、鬼由来のものであるということだろうか。
「道間は、鬼から手に入れた力を鬼退治に使っているのだ。鬼を否定することで、自らを人だと証明しようとするかの如くだな。もっとも、すっかり血も薄れているため、やつらを鬼だなどと言うものはいないだろうが」
確かに、道間の人間の寿命は人と変わらない。外見も、普通の人と変わらなかった。
「俺だって、ただの人を鬼に変質させるのは難しい。お前の中にわずかながらでも鬼の血が混じっていたからできたことだ」
「そう、だったのですか……」
父が、黒を持たずに生まれたというだけで血を分けた子を処分までしたのは、わたしがきっかけで自分たちの中に鬼の血が流れていることを知られたくなかったからだろうか。
おそらく、道間にとって、黒を持たずに生まれる子は最大の禁忌なのだろう。
ようやく、父が、母が、道間家の人間が、わたしのすべてを否定した理由がわかった気がした。
だけど不思議と、それを悲しいとは思わなかった。
何故ならこの色がなければ、千早様には出会えなかっただろうから。
「驚きましたが、すっきりしました」
「そうか?」
「はい。……何故、わたしは否定されるのだろうかと、ずっと考えていたんです。道間家では黒以外の色を持って生まれた子を、鬼の呪い子と呼びます。何故色だけでそう呼ばれるのかずっとわからなかったのですが、道間に鬼の血が混じっていたからなのですね」
先祖返りの色を持って生まれた子を否定することで、道間は自分たちの中に流れる鬼の血を否定していたのだ。
「鬼の血が薄まれば薄まるほど、鬼から受け継いだ力は弱くなる。ごく稀に、百年前の道間の女狐のように先祖返りとも呼べる化け物が生まれることもあるが、そうそうあるものではない。この先、年月を経ることに道間は弱くなるだろう。道間家であることを誇れるのも今の内だけかもしれないな」
道間が弱くなり、他の「破魔家」の力も弱くなれば、いずれ、鬼が現世に戻ることもあるのだろうか。
未来のことなんてわからないけれど、道間家のせいで現世を捨てた千早様たちが、いつか、もっと自由に生きられるようになったらいいなと思った。
「鬼の中にも、人の血が混ざった者もいる。だからお前がその血を気にする必要はどこにもない」
千早様はわたしの小さな不安を、こうして押し流してくれる。
この先悩むことが生まれても、千早様と一緒ならきっと大丈夫だろうと思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます