祝言 1
「鶴よ鶴! 絶対、鶴!」
純白のお着物を前に、牡丹様が拳を握り締めて熱弁を振るっていらっしゃる。
わたしは一歩離れたところでその様子を見ながら、並べられた豪華な婚礼衣装に何度目かのため息をついた。
千早様の申し出をお受けして、彼の妻になる決意を固めた翌日。
牡丹様が懇意になさっているお店から、たくさんの婚礼衣装が「見本」として運び込まれた。
鬼の祝言はよくわからないので、牡丹様を頼ろうと思っていたのだけど、お着物が運び込まれたあたりからどうにも雲行きが怪しい。
お着物の柄を何にするかと言うところで、牡丹様と青葉様の意見が対立し、激しい口論に発展したのだ。
「母上は何を言っているのですか? お館様の紋は紅葉です! お館様の妻となるのですから、紅葉の柄を選ぶべきです!」
「青葉こそ全然わかっていないわ! 鶴一択に決まっているでしょう? 婚礼衣装は昔から鶴って相場が決まっているのよ!」
「それなら帯に鶴を使えばいいでしょう! 紅葉です! 絶対に紅葉です!」
着るのはわたしなのに、完全に置いてきぼりにされていた。
わたしが口を挟める雰囲気でもないのだけれど、話を聞いていると、祝言の仕方は人とほとんど変わらないらしい。
強いて言えば、帝都では最近、西洋風の結婚式が流行っているらしいのだけど、鬼の里では伝統を重んじて古来の方法で行うと言うことくらいだろうか。
もっと言えば、西洋風の結婚式を挙げるための教会が、ここにはないらしい。
母子の会話に口を挟めないのはわたしだけではないようで、お着物を持って来てくださった店主様も弱り顔でお二人を見ていた。
柄を決めたら、これから反物から作るそうなのだが……、逆を言えば、早く柄を決めないと、いつまでたってもお着物が仕立てられない。
わたしとしては、持って来ていただいた見本をお借りしてもいいのではないかと思うのだけれど、千早様は棟梁様だ。棟梁様の祝言に、そのようなみっともないことはできないと言う。
「あ、あの、お茶をお持ちしますね……」
母子の口論はまだ続きそうなので、わたしが店主様にお茶をご用意しようと部屋を出て行こうとしたそのときだった。
「いったい何を騒いでいるんだ」
お二人の言い争いの声を聞きつけて、千早様がお部屋にやって来た。
牡丹様と青葉様が同時に千早様を振り返る。
「千早、鶴よね⁉ ね⁉」
「お館様、紅葉ですよね。紅葉しかありませんよね⁉」
「…………ユキ、これはどういうことだ?」
千早様がおおよそ何の騒ぎかを把握したような顔をしながら、念のためにとわたしに訊ねて来る。
だけど、わたしとしても何と答えていいのか。
お着物の柄をめぐってお二人が口論しています、と正直にお伝えするのは憚られた。何故なら、わたしの婚礼衣装でもめているからである。
仕方がないので、婉曲に、やんわりとお答えする。
「婚礼衣装が、決まらなくて……」
「そんなもの、ユキが好きなものを選べばいい」
千早様がそうおっしゃったせいで、牡丹様と青葉様の視線がわたしに向いた。
「ユキ、妻となるのだからお館様を立てるべきだ。そうだろう?」
そう言いながら、紅葉柄を強く推してくる青葉様。
「ユキ、鶴はね、縁起がいいの! 夫婦仲よく健康で長生きしましょうっていう意味がこもっているのよ! ユキは千早とずっと仲のいい夫婦でいたいでしょう?」
そう言って、鶴を強く推してくる牡丹様。
ずずいと近づいてきたお二人に挟まれて、わたしはあわあわとお二人が抱え持って来たお着物を見た。
千早様はおろおろしているわたしを、どこか面白そうな顔で見下ろしている。
「ユキ、紅葉だ!」
「ユキ、鶴よ!」
困り果てていると、千早様が衣架にかけられているほかの衣装に目を止めた。
「ほかにも柄があるようだが?」
すると、店主様がおずおずと口を挟まれる。
「はい。七宝、橘、鉄線、牡丹、鳳凰などをご用意しております」
「ユキ、二人が推すものを選んで角が立つと思っているなら、いっそ、他のものから選んだらどうだ?」
「ちょっと千早!」
「お館様!」
牡丹様と青葉様が抗議の声を上げた。
千早様の意見に一瞬そうしようかと考えたけれど、それはそれで、のちのちお二人から恨みを買いそうな気もする。
……婚礼衣装を選ぶのがこんなに大変なことだとは思わなかったわ。
そもそも、祝言を上げる機会が巡ってくること自体、あり得ないと思っていたのだけど。
衣架にかけられたお着物はどれも見事なもので、純白の生地に銀糸や金糸で鮮やかな柄が入れられている。
数か月後に、純白のお着物を纏って千早様と祝言を上げるなんて、いまだに信じられないような気持ちだ。
お着物を眺めてうっとりしていると、青葉様と牡丹様がそろってわたしの顔を覗き込んでくる。
「「ユキ?」」
ハッと現実に引き戻されたわたしは、結局どちらも選べずに、優柔不断なことを言ってみた。
「ど、どちらも、というのは……」
それは苦肉の策ともいえる発言だったのだが、互いに折れるつもりのないお二人によって、あっという間に採用された。
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