怒りと鬼火 5
ぱちり、ぱちり、とわたしは瞬きを繰り返す。
何度瞬いても目の前の千早様は消えてなくならなくて――だからこそ、混乱した。
……嫁?
と、千早様は言った気がする。
だけどそれは、自分の耳に都合よく聞こえただけで、ただの聞き間違いではなかろうか。
なぜなら、千早様がわたしを娶りたいと思う理由がわからない。
わたしは千早様にとってただの下女で……、だから……。
驚きすぎて何も返せないわたしの頭を、千早様は変わらず優しくなでてくださる。
わたしを見つめる瞳には、冷たさはまったくない。
……わたしは、道間の生まれで。千早様の気まぐれで生かされているもので。
鬼の棟梁様である高貴な方の、妻に選ばれるような立場ではなくて。
でもそれを口にして、今のお話がなかったことになるかもしれないと思うと、それはそれで怖くて。
図々しいとわかっているけれど、頷いてしまいたいと思う自分がいて。
自分で自分がわからなくなるくらい、どうしていいのかわからないから何も言えなかった。
「俺の嫁の立場になれば、今よりもお前の安全は保障されるはずだ」
ああ、わたしの身の安全を千早様は考えてくれたのだ。
それは嬉しかったけれど、同時に落胆してしまいそうになる自分もいて、わたしは感情を誤魔化すように曖昧に笑った。
「わたしは、千早様に守っていただけるような立場では……」
「俺が、守りたいと思っている」
千早様がそんなことを言うから、沈みかけていた感情がまた浮上しそうになる。
「ずっと考えていた。なぜあの時、お前を鬼にして連れ帰ったのか。どうしてあの場で殺さなかったのか。どうして手元に置いたのか。俺はずっと、自分のその行動が不思議でならなかった」
それはわたしが道間だから、こき使って道間家への恨みを晴らそうとしたのではないのだろうか。
そんな、わたしの口には出さない問いかけに気づいたのか、千早様がふわりと笑う。
「あのとき俺は、お前に惹かれたのだろう。道間に生まれ、道間らしくないお前に、心惹かれたのだろう。そう思う」
とくり、と心臓が音を立てる。
とくりとくりと、徐々に徐々に脈が速くなって、それに伴い、顔に熱がたまるのがわかった。
「俺に、お前を守らせてくれ」
まっすぐで真摯な言葉が、わたしの胸に落ちて来る。
千早様の妻になるなんて、分相応だとか、恐れ多いとか、そんな感情は相変わらず胸の中でぐるぐるしているけれど、それ以上に、この方の側にいたかった。
わたしは、この方のことが好きなのだろう。
わたしを道間という軛から解放し、この里に連れて来てくれた、優しい鬼。
守らせてくれと言われたけれど、千早様は、出会ってからずっとわたしを守ってくれていた。
死を待つばかりだったわたしに、生きたいと、そう思わせてくれたのは千早様だ。
わたしは千早様の側で生きて、千早様の側で死にたい。
「わたしは、道間の生まれです」
「ああ」
「それでも、いいんですか?」
「俺が欲しいのは道間の女ではなく、ユキだ」
そんな風に言われたら、もう――
「わたし、も、千早様のおそばに、いたいです……」
じわりと涙の膜が張り、耐えきれず目じりを伝って流れ落ちた雫を、千早様が柔らかく微笑んでそっと拭ってくれた。
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