変化 3
うっすらと雪は積もっているけれど、今日は優しい日差しが降り注ぐいい天気だ。
牡丹様が「でぇと」なんて言うから、さっきからわたしの頬に熱がたまってしまって、ちょっと暑い。
外気はひんやりしているのに、わたしだけお風呂上がりみたいにほかほかしている。
お邸を出て、緩い勾配のある石畳の道を歩く。
わたしの歩幅に合わせてくれているのか、千早様の歩みはゆっくりだ。
少し歩いていると、道幅の広い場所に出る。人通りがやや多くなり、すれ違う人が千早様に頭を下げつつ、珍しそうな顔をしていた。
しばらく無言で歩いて、千早様が肩越しに振り向いた。
「牡丹に任せはしたが、あれの言うことを何でも聞けと言う意味ではない。嫌なことがあれば嫌と言わなければ、牡丹は調子に乗るぞ」
どうやら、わたしが牡丹様に遊ばれたと思っているらしい。
もしかしなくても、牡丹様に言われるがままわたしを連れ出してくれたのは、牡丹様からわたしを守ってくれようとしたのだろうか。
……そんな風に考えるのは、自意識過剰かしら。
だけど、それ以外に千早様がわたしを連れ出す理由がない。
「あの、嫌では、ないのですけど……、恐れ多いと言いますか……、それから、お掃除を途中で投げ出してしましました。申し訳ありません」
「掃除など青葉に押し付けておけ」
さすが叔母と甥の関係というべきか。千早様が牡丹様と同じようなことをおっしゃった。
「それから、牡丹の言うかふぇというものはここにはない。団子屋で我慢してくれ」
「え……?」
わたしが目をぱちくりさせている間に、千早様は歩みを進めて、軒先に白い傘が飾られたお店の前で止まった。
千早様が引き戸を開けて店の中に入ると、中から着物の上に割烹着を身に着けた三十代手前くらいの外見の女性が姿を現す。
「おやまあまあ、暁月様、いらっしゃいまし」
「団子を食べに来た。静かな席を用意してくれ」
「それでしたら奥の方にどうぞ」
女将さんがわたしを見て興味深そうな顔をした後、奥まったお部屋に案内してくれる。
赤い
「それにしても、暁月様が牡丹様以外の女性といらっしゃるなんて、珍しいこともおありでございますよぉ」
「詮索するな。成り行きだ」
「まあ、成り行き! 暁月様が成り行きで行動されるなんて、明日は大雪ですかねえ」
女将さんと千早様は仲がいいのだろうか。女将さんがふふふと笑いならが軽口を叩いて、「ごゆっくり」と部屋から下がっていく。
千早様は疲れたように息を吐き出した。
「気にするな。あの女将は俺の父の代からの付き合いで、そのせいか祖母のように揶揄って来る」
……祖母。
外見的には祖母という年齢では決してなかったけれど、長寿の鬼を人の理で判断することはできない。驚きつつも、そういうものなのかと納得していると、わたしの前にすっとお団子を乗せたお皿が置かれた。
「俺は一つでいい。あとはお前が食え」
お団子は全部で八本ある。
つまり、七本のお団子を食べろと言うことらしいが、いくら一つが小さめでも、七本は無理かもしれない。
困っていると、小さなお団子が三つ並んだ串を、一口でぺろりと平らげた千早様が怪訝そうな顔をした。
「どうした?」
「その……、全部は、多いかもしれません」
「そうか? 牡丹ならこの三倍はぺろりと平らげるが……お前は小食だな」
では半分食べろ、と千早様が残り三本のお団子をお皿から取った。
四本なら食べられそうだと、一本を口に運ぶ。
香ばしく焼かれたお団子は甘じょっぱくてとても美味しかった。
こんな贅沢をしていいのだろうかと思いつつも、手が止まらない。
「気に入ったようだな」
「……す、すみません。夢中になってしまいました」
「謝ることではないだろう」
あきれたように言って、千早様が手に持っていた三本のお団子をぺろりと平らげると、緑茶の入った茶碗に手を伸ばした。
お茶をゆっくり飲みながら、わたしがもそもそとお団子を食べるのを見て目を細める。
「髪が赤いから赤が似合うと思ったが、瑠璃も似合うな」
ぽつりと、まるで天気のお話をするかのような気軽さで言われて、わたしは危うくお団子をのどに詰まらせるところだった。
かあっと顔に熱がたまる。
「前も言ったが、俺に女のことはわからん。牡丹はあんなだが、悪いようにはしないはずだ」
悪いようにしないどころか、こんなに高価なものをたくさん買ってもらってどうしたらいいのかわからない。
……わたしは、下女、ですよ?
千早様の気まぐれで生かされている、いつ死ぬかもわからない立場なのに、こんなによくしていただくのは間違っている……はずだ。
こんなに優しくされると、分不相応にも、変な期待をしてしまいそうで怖い。
……わたしを殺して、わたしを鬼にした、優しい鬼。
どうしてわたしは道間家に生まれたのだろうかと、これほど強く思ったのははじめてかもしれなかった。
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