鬼の隠れ里 3
さらりと艶やかな金色の髪が、一房わたしの頬に触れた。
それほど長いわけでもない前髪がわたしに触れるくらい近くに、鬼の綺麗な顔がある。
わたしに覆いかぶさっている彼は冷ややかな笑みを浮かべていたけれど、その綺麗な赤紫色の瞳は、わたしを値踏みするような光を宿していた。
……気分は、どうか?
そんなことを訊ねられたのははじめてだった。
道間家では、わたしの気分なんて誰も気にしない。
だからわたしの気分を気にされたのははじめで、初対面の彼がどうしてわたしにそこまでの心を割くのかもわからなかった。
彼によると、わたしは鬼になったらしい。
鬼になったと言われても、何か違いがあるのかと問われればよくわからない。
わたしの気分を答えるには、まず、わたしが何に変質したのかを知るべきだろう。
「鬼になったそうですが、わたしは、何が変わりましたか?」
それは、久しぶりに口に載せた疑問だった。
そのあとで、問うてよかっただろうかと不安になる。
だけど鬼はわたしの問いに気分を害した様子もなく、ただ意外そうに眉を上げた。
「その問いが、姿かたちを問うているのなら、変化はない」
「そうでございますか」
「ただ、先ほども言ったが、お前は死んだ。もはや人ではない」
「はあ……」
わかるような、わからないような。
死んだと言われたけれど、実際にこうして生きている。どういうことなのだろう。
「……お前は本当に道間か?」
「生まれは道間家で間違いございませんよ。ただ、『破魔家』としての意味で問われているのならば、わたしは道間ではありません。わたしは無能の忌子ですから」
無能だけなら忌子と呼ばれることはなかっただろうが、わたしはこの色を持っている。ゆえに、道間であって道間でない。子を産む道具としても使われる予定がなくなったのなら、わたしはただの忌子だ。
「……なるほど、無能、か。道理で違和感があるわけだ」
鬼はそっと息を吐き、わたしの上からどいてくれた。
だけど、わたしは起き上がっていいものかどうかがわからなかったので、そのままの体勢で首を巡らせる。
「先ほどの質問に答えよう。外見的な変化という意味であれば、お前に変化はない。だが、肉体的な変化という意味であれば大きく違う。……鬼は、千年生きるからな」
「え……?」
「そもそも、鬼という種族は、神の亜種だ。人の理でも、神の理でも生きられない存在、それが鬼である。お前たち道間は俺たちと魑魅魍魎を同列に考えるが、そもそもそこも間違いだ。魑魅魍魎は幽鬼の類であり、あれらには寿命と言うものがない。まったくの別物なのだ」
「ええっと、つまり……」
「本来であれば、人であるお前は、死ぬと同時に黄泉へ下るか、幽鬼となるかのどちらかだった。俺がそれを無理やり鬼に変質させたのだ。ゆえにお前は人の生を終え、鬼となった。理解できたか?」
わたしを見る視線は相変わらず冷ややかなのに、彼はとても丁寧に状況を教えてくれた。
教えてくれたが――やっぱり、すぐに理解できるものではなかった。
……だって、なんでこの人は、わたしを鬼にしたの?
そんな疑問が、顔に出ていたのだろうか。
彼はふんと嗤い、ちょっとだけ機嫌がよさそうに口端を持ち上げた。
「お前をここに連れてきたのはただの気まぐれだ。気まぐれゆえ、お前の命を刈るかどうかも俺の気分次第。せいぜい俺の機嫌を取ることだな」
わたしはわかったようなわからないような気持で、上体を起こして頷いた。
「つまり、わたしはあなた様にお仕えすればよいのですね。どうぞ、よろしくお願いいたします」
鬼は、虚を突かれたような顔をして、しばらく目を見張ったまま動かなくなった。
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